マイクロソフトは「新しいBing」によるチャット検索でグーグルに先制パンチを加えた。2月7日の発表以降も手を休めることなく改善を続けている。
同社が続く策として矢継ぎ早に投入したのが「スマホでのチャット検索」だ。マイクロソフトはどんな戦略で臨もうとしているのだろうか?
「新しいBing」の発表会でも壇上に立った、マイクロソフトのモダンライフ/サーチ/デバイス部門担当バイスプレジデントのユスフ・メディ(Yusuf Mehdi)氏を直撃した。
マイクロソフト・サーチ部門担当バイスプレジデントのユスフ・メディ氏。「新しいBing」の発表会でのもの。
画像:筆者によるスクリーンショット
新しいBingの「スマホ検索」とは何か
マイクロソフトが2月7日に発表したのは、あくまでPC用のウェブブラウザーでBingを使う方法だった。同じウェブにスマートフォンからアクセスしても使うことはできなかった。
しかし、2月22日深夜に公開された、スマートフォン版の「Bing」アプリを使うと、スマホからでもチャットAIが使えるようになった。もちろん、プラットフォームはiPhoneでもAndroidでもいい。
スマホ版「Bing」。アップデートにより、チャット検索に対応した。利用には「新しいBing」が使えるMicrosoftアカウントが必要。
筆者キャプチャー
スマホから使う場合にはさらに「音声入力」にも対応。PCに比べ、スマホは文字入力がしにくい。そのため、音声認識はより相性が良い。
スマホ版Bingでは、チャット画面の下方にあるボタンを押すことで、しゃべった内容を認識してテキスト変換した上で、Bingに問いかけてくれる。
結果は音声で読み上げられるので、画面を見ている必要はない。
移動しながら調べ物をしたり、買い物中に調理法とレシピを教えてもらったりといった使い方に向くだろう。
移動しながら音声で、夕食の献立のレシピを聞いて確認する……といった使い方も。質問を重ねて回答内容を補足していける(会話の流れをAIが記憶している)のがチャット検索の良いところだ。
画像:筆者によるスクリーンショット
ただし、使うには「新しいBing」が使えるようになっているMicrosoftアカウントが必要。現在は限定プレビュー中なので、ウェイティングリストに登録し、利用可能になるまで待たねばならない。
マイクロソフトは「ネット検索の3分の2」に攻め込む
取材はオンラインで行われた。
画像:筆者によるスクリーンショット
なぜ早期にスマホ版を提供したのか?メディ氏は次のように説明する。
「現在、ネット検索全体の約3分の2がスマートフォンから行われています。それだけ重要で、PCよりもはるかに大きなチャンスです。
一方弊社は、スマートフォンの上では、それほど存在感を示せていません。(チャットAIのスマホ対応は)従来は強みを発揮できなかった市場の大きな部分を切り開く大きなチャンスになるでしょう」(メディ氏)
実際、PC版のチャット検索を使ってみると、筆者も「これは音声認識やスマートフォンとの連携で価値が大きくなる」と感じた。
「チャット検索の場合、利用者は複数のリンクをクリックする必要はなく、すぐに答えにたどり着き、より良い検索結果が得られます。これは、モバイル環境にとって大きな変化です」(メディ氏)
メディ氏はチャット検索の、モバイル利用での優位性をそう説明しているが、筆者も同感だ。そして当然だが、携帯電話事業者なども、同じような可能性を感じていたようだ。
「新しいBingの発表から2週間で、すでに通信事業者から『詳しく話を聞きたい』という問い合わせが来ています。この先、(Bingのチャット検索を)何百万人もの人々に使ってもらえるようになれば、携帯電話会社と販売契約を結ぶ良い機会になると思います」(メディ氏)
もう一つ、今回新しく追加された機能として、「Skypeでのグループチャット」での利用がある。
いわゆるチャット検索は一人で使うことが前提だが、これは家族や友人同士などで会話中、気になったことを調べて全員で共有するためのものだ。
「例えば、大阪への旅行を計画しているときに『旅程を教えてください』と言えば、Bingが旅程をすぐに教えてくれて、グループチャット参加者全体に伝わります。家族間でのちょっとした議論を解決するのに役立つかもしれない……と冗談を言うこともあります」(メディ氏)
こうした使い方は、Bingのチャット検索を「会話に参加している司書」のように見立てたもの、と言えるかもしれない。質問の性質は変わるだろうが、ビジネスチャットなどでも有効だ。
マイクロソフトが「副操縦士(Co-Pilot)」と呼んでいるのは、こうした要素を指すのだろう。
なぜ日本はBingにとって「特別な国」なのか
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新しいBingの登場はマイクロソフトにとって大きなチャレンジで、同時にチャンスでもある。PC上も含め、ネット検索の巨人グーグルに対する「一撃」として、相当なインパクトがあったのは間違いない。
「多くのフィードバックをいただき、多くのことを学んでいる最中です。私たちが受け取ったフィードバックのうち71%以上は、検索や回答が気に入ったという、非常にポジティブなものでした」(メディ氏)
実はBingというビジネスにとって、日本は非常に大きな市場だ、とメディ氏はいう。
「日本は他国と比べても、最も利用者あたりの検索数が多く、Bingにとって重要です。WindowsにおけるEdge(マイクロソフト製のウェブブラウザー)のシェアは、世界の中で日本が最も高くなっています。『新しいBing』のプレビューにも10万人以上が参加し、チャットモードでは約200万の質問(クエリー)が寄せられました」(メディ氏)
スタート段階から日本語に対応していたのも、その辺が関係しているのかもしれない。
なお、PC版のウェブで日本語の翻訳や利用しているフォントが適切でない件については、改めてインタビュー中にもフィードバックしている。日本市場向けの改善もお願いしたい。
Bingが直面するチャットAIの「広告収益」問題
「新しいBing」では、OpenAIの技術に加え、独自の「Prometheus(プロメテウス)」と呼ばれる技術を組み合わせている。
出典:マイクロソフト
一方で、大規模言語モデル(LLM)を使ったチャットAI検索には複数の課題がある。
1つは「正しさ」。この点については、検索技術の洗練や解答の根拠を示す技術の開発など、複数の方向性がある。
新しいBingと、OpenAIのLLMを使ったチャットサービスである「ChatGPT」の違いは根拠の明示にあり、その部分は、OpenAIの技術をベースに、マイクロソフトが開発した「Prometheus(プロメテウス)」が担当している。
そしてもう1つは「ビジネスモデル」だ。ネットは広告からの収益をもとに運営されているが、チャットAIだと、今までの「検索結果」に表示されるのと同じ形の広告は機能しづらくなる。
これら、広告に関わるビジネスモデルの課題について、メディ氏も「まだAIは進化が始まったばかり」としつつも、次のような見解を示した。
「広告の機会は、チャットの中では従来の検索とは異なり、少なくなりそうです。しかしそれらの広告は、広告主にとってより高い費用対効果をもたらすでしょう。なぜなら、チャットであれば、よりパーソナライズされ、よりフォーカスされた広告を出すことができるからです」(メディ氏)
チャット検索ではより検索内容に合わせた広告を出すのが主流となり「単に表示されるだけ」のような、確度の低い広告は減っていく、ということだろう。
広告に絡んではもう1つ課題がある。ネットに掲載された記事や情報から(AIの中に)「答え」を蓄積されると、AIが書いた答えの先にある記事を利用者が読まなくなる、という懸念だ。
メディア側の視点に立てば、記事を「広告収益を前提に」無料で掲載していくのが難しくなる可能性がある。この点についてはどうだろうか?
「私たちは、ネットに情報を提供する『コンテンツプロバイダー』にトラフィックを誘導することは、非常に重要だと考えています。そこで、まず、クリックスルー・レート(クリック率)がどうなっているかを測定する予定です。
そして、その調査をもとに、コンテンツ・プロバイダーへのトラフィックを増やしたいと考えています。
もちろん、それが実際にどのように機能するかは見てみなければなりません。1つの試みとして、回答の中には『引用』があり、もっと詳しく知るためのリンクも用意しています。
今後もこれらを改善し、コンテンツプロバイダーに対するクリックスルー・レートを高めていく予定です」(メディ氏)
Bingのチャット検索例。回答の根拠を示す「引用」があり、下には関連リンクも。こうしたリンクから先に「行きたくなる」要素を加えることで、広告とコンテンツの価値を高めていくのかもしれない。
筆者キャプチャー
AIがすべてのネットトラフィックを吸い上げるような構造は、マイクロソフトとしても望んでいない……少なくとも、メディ氏はそういう意図を発言している。検索技術としてネットの中で広がっていくには、AIとしての技術だけでなく、これらの課題に取り組んでいくことも重要になっていく。
逆にいえば、こうした懸念にも対応し、ネット全体のエコシステムを維持できなければ、チャットAIは「他の事業者」から支持を得られない可能性が出てくる。