3月16日付けでアサヒビールの次期社長に就任する松山一雄専務(兼マーケティング本部長)=2023年2月22日
撮影:吉川慧
アサヒビールは3月16日付で新社長に就任する松山一雄専務(兼マーケティング本部長)の記者会見を2月22日、都内ホテルで開いた。アサヒビールの社長交代は4年ぶりで、現社長の塩澤賢一氏は会長に就く。
松山氏は複数企業を渡り歩いてきた敏腕マーケターとして知られる。アサヒビールでは「スーパードライ」の生ジョッキ缶や「アサヒ生ビール(通称:マルエフ)」のヒットに貢献した。
松山氏は「お客様にとって世界で一番魅力的でワクワクするビール会社」を抱負とした上で、5つの重点領域を「新しい旗印」に掲げる。次期社長が目指す未来のビール会社を、会見での発言からひも解く。
新社長はスーパードライ「生ジョッキ缶」ヒットの立役者
松山氏は鹿島建設(現:鹿島)、P&Gファー・イースト・インク(現:P&Gジャパン)、サトーHD社長兼CEOなどを経て2018年にアサヒビールに入社した。
直近ではマーケティング部門を率い、「スーパードライ」の生ジョッキ缶や「マルエフ」のヒットに貢献。2021年に「マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞」を受賞し、2022年は「スーパードライ」の発売以来初のフルリニューアルを手がけ、国内ビールのシェア首位の座をキリンビールから奪還した。
アサヒビールで外部出身者が社長に就くのは37年ぶり。1986年に住友銀行(現:三井住友銀行)副頭取からアサヒビール社長に就任し、「スーパードライ」(1987年発売)をヒットさせた“中興の祖”の樋口廣太郎氏以来となる。
厳しい市場環境への危機感も「悲観だけでは何も変わらない」
アサヒビールの塩澤賢一社長と次期社長に就任する松山一雄専務(兼マーケティング本部長)=2023年2月22日
撮影:吉川慧
2022年、国内ビール市場は18年ぶりに前年比でプラスに転じた。特にコロナ禍で低迷した業務用ビール(瓶・樽)市場の需要が回復。アサヒビールでも、2022年はビール類の売り上げは5933億円(前年比110.1%)だった。
酒税法改正の追い風もあり、徐々にコロナ禍からの復調の兆しが見えてきたと業界関係者には期待する向きもある。
ただ、市場はコロナ禍前の状況にはまだ届かず、国内人口は減少の一途。飲酒人口も減りつつあるのが現実だ。
特に「ビール離れ」が指摘されるビール業界は厳しい市場環境の真っ只中にある。アサヒビールの次期社長となる松山氏も、その危機感は隠さない。
「現在、私たちを取り巻く経営環境は、感染症や地政学リスク、またそれらに端を発した原材料、資材、エネルギー価格の高騰など大変厳しい状況にあります。
さらに日本の人口減少に伴い、飲酒人口が年々減り続けていることを考えれば、酒類市場の未来は決して楽観視できるものではありません」
ただ、松山氏は危機感を語りつつも「酒類市場の先行きに閉塞感を感じ、悲観するだけでは何も変わりません」とも言う。「10年後も20年後も、そして100年後もお客さまに愛され続けるような、未来のビール会社に」と、新しいアサヒビールの在り方をつくりだそうと意気込む。
一方で、松山氏はアサヒビールに入社前に、一人の消費者として日本のビール業界に感じていた“微妙な思い”があったと吐露する。
「世界中のビールを飲んできたが、日本のビールはどれも本当にうまい。でも、味やパッケージや飲用シーンはみな似たりよったりで、あんまり面白くない。
市場が縮小しているのに、シェア競争ばかりしている。消費者からみるとイノベーションのあまり起きない退屈な市場かもしれない。
世界に誇れる品質と素晴らしいポテンシャルがあるのに、なんてもったいない業界なんだろうと、率直に感じておりました」
その上で入社後に取り組んだのが「スーパードライ」の生ジョッキ缶や「アサヒ生ビール(通称:マルエフ)」の復活、「スーパードライ」のフルリニューアルだった。これらの取り組みが「ゼロサムの同質化競争」から脱却したという手応えは、松山氏自身にもあるようだ。
松山氏は、これまで塩澤社長が掲げてきた「ボリュームからバリューへ」の「Value(バリュー)経営」を引き継ぎ、「すべてのお客様に最高の明日を。」「すべてはお客様のうまい!のために」という事業方針も継承していくという。
一方で、「新しい旗印」として、より明確に打ち出していきたい5つの重点領域を定めたと松山氏は明かす。以下、5つの柱と松山氏のコメントだ。
1:自分たちの未来を自分たちで作るという「未来志向」
「酒類市場の明るい未来を切り開くには、歴史や伝統を尊重しつつも前例にとらわれず、新しい価値、新しい市場、新しいビジネスモデルの創出に挑戦していかなければならないと強く感じています。
そして、外部環境の変化に迅速に反応するだけにとどまらず、なりたい未来からバックキャストして自発的に自立分散的に変革を起こしていく。そんな活力のある会社作りを目指します。
『お客様がワクワクするビール会社』といっても、ビールや酒類だけを売る会社という狭い意味ではない。スマートドリンキング(スマドリ、『責任ある飲酒』への取り組み)に象徴されるような、人生を豊かにする、新しい選択肢としての大人向けの飲料や飲用シーンの創造など、そういうものに思い切って挑戦をして、より多様化するお客様のニーズを的確に捉えて、未来のビール会社を担うように進化していきたい」
主力のスーパードライについても、松山氏は「日本でも海外でも、まだまだ多くのお客様に愛していただけるポテンシャルがある」と語る。
一方で、ユーザーのニーズの多様化とともに「一つのメガブランドがお客様のニーズをがっさり取っていくようなビジネスモデル自体が、もしかすると少し時代にはそぐわなくなってきてるのかなと思います」と指摘する。
「グローバルブランドとして成長を支えていく意味でも、マザーマーケットである日本で、これからもスーパードライをしっかり伸ばしていきたい。
『スーパードライ一本足打法』にならないように、マルエフをはじめ、多様化するお客様のニーズに寄り添えるようなブランドもしっかりやっていきたい。
ただ、一つのブランドで全部をガサっとやるような形ではないんじゃないかと感じております」
2:「真ん中はお客様」──「顧客志向」の徹底
「全ての意思決定と行動の真ん中はお客様であるということ。これをマーケティングとR&D(研究開発)領域だけでなくて、全社、全社員、そしてバリューチェーン全体で徹底していきます。
『顧客志向』というのは、あまりにも当たり前すぎて、ただのスローガンにとどまっていては全く意味がない。実際の行動を変えていくことに、とことんこだわりたい」
「今ではそんなことはないが……」と付け加えた上で、松山氏は「4年半前に入社した時、営業・マーケティング会議の中で『お客様』『消費者』という言葉がほとんど出なかったことに衝撃を受けた」とふり返る。
その上で、松山氏は「今後も日本全国にいる社員を交えて、顧客志向を今後も徹底する経営をめざす」と語った。
3:イノベーションを創発し続ける組織
「生ジョッキ缶やスマドリのような、お客様に驚き・感動・ワクワク感をもたらすようなイノベーションを創発し続ける会社を目指します。
ここでもマーケティングやR&Dだけではなく、全社、全部門、全社員、そしてバリューチェーン全体での取り組みが不可欠と考えています。
イノベーションを起こすために、必要があればリスクを取る勇気と覚悟も奨励できるような組織風土の醸成にも取組みます」
4:「事業は人なり」の実践
「お客様をワクワクさせることができる会社の社員は、きっと社員自身がワクワクと輝いて働いているんだと思います。
私は心の底から『事業は人なり』を信じております。全社員がプロとしてお互いを認め、信頼しあい、明るく元気に、切磋琢磨できる、自由闊達(かったつ)なアサヒビールを目指してまいります。
これこそがアサヒグループの「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン ステートメント」の中にある「shine AS YOU ARE」を体現する組織でもあります」
親会社のアサヒグループHDは、2021年に「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン ステートメント」を策定。性別による差別の撤廃や女性の地位向上、国内外グループ8社の経営層の女性比率を2030年に40%以上とする目標を掲げている。
また、アサヒビールはこれに先立つ2020年に「同性婚パートナー届出制度」を導入。性的マイノリティの従業員向けに同性パートナーを異性婚同様に配偶者として認め、社内制度を利用することができるようにした。同時に、業務において戸籍性ではなく自認性での対応をする「性別取扱変更届出制度」を取り入れている。
この日の質疑応答の中でも、松山氏は自身が率いるマーケティング本部でダイバーシティの意義を考えるワークショップを実施していると説明。
有識者や社員たちと「これからの世の中、ビジネスで成功していくためには、この考え方がないと良いものはできない。モノカルチャーのところからは、みんなが良いと思う価値は生まれない」などといった話し合いをしていると明かした。
5:本業として取り組むサステナビリティ経営
「(前職の)サトーHDの社長時代から『企業は社会の公器である』との理念のもと、本業で社会貢献に取り組んでまいりました。
アサヒビールとアサヒグループは、自然の恵みを享受して商品、サービスを生み出しており、水資源の確保や生物多様性の保全なくして事業を継続することすらできない。
これを改めて認識して、自然の恵みを享受する企業としての責任を果たすとともに、酒類メーカーとしての責任ある飲酒の推進をしっかりとしてまいります」
「お酒は嗜好品であり、必需品ではない」その真意とは?
アサヒビールの塩澤賢一社長と次期社長に就任する松山一雄専務(兼マーケティング本部長)=2023年2月22日
撮影:吉川慧
飲酒人口が減りゆく中、アサヒビールでは「スマートドリンキング」の考え方を提唱。不適切な飲酒の撲滅や、お酒を飲む人も飲まない人も楽しめる「飲み方の多様性」を掲げている。
アルコール度数3.5%以下の商品(ノンアルコール含む)を2025年までに商品構成比の20%とすることも目指している。商品の純アルコール量を商品本体やホームページに記載するなど、透明性に向けた取り組みも進めてきた。
2022年には電通デジタルと合弁会社「スマドリ株式会社」を設立。約4000万人とも言われるお酒を「飲めない・飲まない」人に焦点を当てたデータマーケティングなどを手がけている。
出典:アサヒビールウェブサイト
歴史あるビール会社の新社長に就く松山氏。お酒とはどんな向き合い方が理想だと考えているのだろうか。
会見の冒頭発言では、松山氏はこんな言葉を発していた。
「ビールをはじめとする酒類は嗜好品であり、必需品ではありません。
しかし、正しく付き合えば、人生に彩りを添え、豊かにしてくれる良きパートナーになると思っております。
私たちアサヒビールも、人生の良きパートナーとしてお客様に寄り添えるような存在であり続けたい」
他の酒類メーカーでは「お酒は生活必需品」と語る経営幹部もいるが、松山氏は「嗜好品であり、必需品ではありません」と言い切り、あくまでフラットな視点を保つ。そこにはどんな考えがあるのか。
Business Insider Japanの質問に対し、松山氏は自身が「個人的にはお酒が大好きで、愛している」とした上で、こう語った。
「自分が大好きで愛している存在だからこそ、溺愛するものをお客様に『いいでしょ?いいでしょ?』とやってしまうと……。
今のお客様は、日本の成人の中でも半分ぐらいはお酒を飲まれない方だという現実もあります。愛するがあまり(現実が)見えなくなってしまって、お客様に的外れな提案をするのではなくて、お客様にとって価値を見出していただけるようなやり方、ストーリーであったり、ブランディングであったり、タッチポイントを作っていく。そういったことを意識しています。
なので、『嗜好品であり、必需品でない』と言ったのはその通りだとは思います。でも、何千年もの人類の歴史の中で、お酒が人類のウェルビーイングをもたらしてきた存在としては大きいと思いますので、ここはうまく付き合っていくというような社会にしていきたいと思います」
お酒を愛しつつも、それを全ての人には押し付けない —— 。お酒を嗜む人にも、そうでない人にも長く愛されるビール会社づくりに、次期社長は挑む。