インタビューに応じるマイケル・オズボーン氏
撮影:横山耕太郎
「ChatGPTの登場は、私の予想を超えていた」—— 。
2013年に「今後10年から20年で現在ある職業の47%がAIに代替される」と予測し、世界に衝撃を与えた論文の共同執筆者であるオックスフォード大教授で、AIスタートアップのエクサウィザーズのアドバイザーでもあるマイケル・オズボーン氏。
論文の発表から約10年、AIの専門家でもあるオズボーン氏は現在のAIの進歩をどうみているのか? 来日したオズボーン氏にインタビューした。(聞き手・横山耕太郎)
予想以上に自動化されなかった「自動運転」
—— 2013年の論文に続き、2015年に発表した日本に特化した共同研究では「日本では今後10年から20年の間に49%の職業が自動化される」と予測し、大きな話題になりました。
改めて明確にしたいのですが、49%の職業が自動化によって「失われてしまう」と予想したのではありません。
職業がなくなるのではなく、その職業の作業を、AIがどれぐらいこなせるようになるのかに基づいての予測でした。
例えば、ソフトウェアエンジニアの仕事ですが、現在の彼らの仕事は、30年前の彼らの仕事と全く異なります。
30年前に彼らが担っていた作業というのは、ほとんどが自動化されていますが、職業自体が失われたのではありません。
以前の作業が自動化できたことで、ソフトウェアエンジニア本来の仕事に特化することができ、生産性が高まったと言えます。
—— 約10年前に発表した当時の予想よりも、AIによる代替が進まなかった業界はどこでしょうか?
「自動運転」です。
世界中どこの都市でも、無人の自動運転タクシーの普及はまだ見られず、自律した運転の分野については、あまりにも楽観視しすぎていたきらいがあります。
一方で、ロボットが使いこなされるような環境が整備されているような場面、例えば倉庫、埠頭、工場、空港、ホテルといったような場においては、既にロボットが多く使用されています。
ファッションモデルはAI化が進む
日本にもAIがファッションモデルを生成するサービスがある。AI modelのウェブサイトより。
AI modelのウェブサイトを編集部キャプチャ
—— 逆に当時の予想以上に、代替が進んだ分野はありましたか?
思った以上にピッタリな予測としては、ファッションモデルです。
2013年の段階で「およそ98%のファッションモデルが自動化される」という予測を立てましたが、予想はかなり近かった。
当時、メディアからは懐疑的に聞かれましたが、現在はデジタルモデルを生成する企業が出てきています。
またAIが生成する画像だけでなく、大規模言語モデル(膨大な量のテキストデータを学習させて文章を作ったり、翻訳したり、質問に答えたりとさまざまな課題を処理するモデル)によるテキスト生成技術は、予測以上の進化を遂げています。
その点については、10年前の予測はあまりにも保守的過ぎました。
大規模言語モデルの一例としては、ChatGPTがあります。これは非常に驚くべき技術で、今後はこのような技術が広範囲に広がっていくことが予想されます。
ChatGPTの衝撃
REUTERS/Florence Lo
—— オズボーンさんにとっても、ChatGPTは驚くべきものだったのでしょうか?
そうですね。
大規模言語モデルは2022年の段階でかなり飛躍的な進化を遂げました。
ChatGPTが特筆すべきは、非常に広範囲にわたって受け入れられたという点です。
ChatGPTが出る前から、大規模言語モデルの可能性については語られていましたし、実際の事例もありました。
ただ、「大規模言語モデルのもつ可能性を、ユーザーフレンドリーな形のUIにまとめた」のがこのChatGPTです。
その結果、何百万人という人が実際に興味を持って、使ってみたいと思っています※。
※編注:スイスの投資銀行UBSの推定によると、ChatGPTのユーザー数は公開2カ月で月間アクティブユーザー(MAU)が1億ユーザーを突破したと報道されている
ChatGPTのケイパビリティ(能力)は非常に印象的で、驚くべき進化でした。
ChatGPTの用途としては、コピーライティングや、ソフトウェアエンジニアリング業務、スケジュール管理や、ブレインストーミングに使ったり、レシピを作ったりさまざまな可能性があります。が、さらに驚くべきは、ユーザーがChatGPTをさまざまな場所で使いこなしてることです。そのクリエイティビティが素晴らしいと思っています。
AI時代にどうリスキリングするべきか
日本ではリスキリングへの関心が高まっている(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
── ChatGPTだけでなく、業務でのAI導入が進んでいます。日本ではデジタルスキルを学ぶ「リスキリング」が注目されていますが、リスキリングとどう向き合うべきでしょうか?
このスキルがあれば全てを解決できるような、ひとつの解はありません。
一般的な考え方として、リスキリングは最小限に留めておくのが望ましいということです。ある職種から全く異なる職種にリスキリングするのは非常に難しい。
リスキリングにあたって企業がまずしなければいけないことは、社内にどのようなスキルを持った人材が存在するのかということを確認することです。
そして、事業を成功させるためには、どのようなスキルが必要なのかを洗い出す必要があります。
企業の経営陣は、真剣に今直面している変化を受け止める必要があります。大きな変化が目の前にまで迫り、実際に起こり始めています。AIを避けて通ることはできず、AIによって世界的な変化が起きています。
AIの進化というのは継続的な変化のプロセスなので、1回リスキリングすればよいという事象ではありません。
リスキリングを実際に実践していくにあたっては長期的なマネジメントのコミットメントが必要になります。
繰り返しになりますが、社内の人材をきちんと把握し、彼らをどう活用し、どう最適化していけるかを真剣に考える必要があろうかと思います。
—— リスキリングをするにあたって、働く個人はどう考えればいいでしょうか?
個人のレベルにおいても、自分は何をしたいのか、何を目標にするのか、きちんと考え直す必要があります。
自分のスキルは今どれくらいあるのか、目標を実現するためにはどういったスキルを身につけていかなければいけないのか。
そして、新たに登場するAIをどのように活用していけるのか。真剣に考える必要があろうかと思います。
スキルをもとに人生設計
オズボーン氏は、スキルを基本にキャリア設計をする必要があると指摘する。
撮影:横山耕太郎
—— とはいえ、どんなスキルを身に付けていいか分からない人も少なくないと思います。ますどこから始めていけばいいでしょうか?
答えるのが難しい質問ですね(笑)。
個人の従業員こそが、自分の能力や可能性がどこにあるのかを一番よく熟知しています。
個人レベルで考えるという意味では、会社によるトップダウンじゃなくてボトムアップじゃないとだめだと思います。
今の時代はすでにChatGPTなど、大規模言語モデルのAIが当たり前のように出回り、誰でもアクセスできるような状況になっています。
インターネット検索でも、自分が何をしたのか、そのためにどんなスキルが必要なのかを調べられます。スキルに基づいて人生設計をしていくべきだと思います。
一方でリスキリングを成功させるためには、企業のトップによるマネジメント、コミットメントが必要になります。従業員がリスキリングという過渡期を通過するにあたり、やはり柔軟な働き方をできるような形で整備してあげる必要があるでしょう。
ChatGPTが変える社会
大企業を中心に社員に対しリスキリングの機会を設けるケースも増えてきている。
撮影:今村拓馬
—— 特にコロナ禍で、デジタル後進国としての日本の課題が浮き彫りになりました。若い世代にとっては、賃金が上がらない状況に悲観的な思いを抱えています。こうした現実を打破するために、リスキリングは希望と考えてもいいでしょうか?
そう望むばかりです。日本だけではなく、イギリスも景気が後退し、15年以上経済が停滞していますから。
過去10年間を振り返ってみると、ほんの一握りが勝者で残りは敗者というのが現実でした。
この10年間の勝者は大手のテックファーム。AIも勝利の一端を担っていて、テックカンパニーは「AIこそが一番だ」と言っている。
勝者のテックファームはこれまで、自分たちのテリトリーにAI技術をためこんできました。自分たちで独り占めする傾向があった。
データもコンピューティングも、人材も本当に一握りの勝者の企業が牛耳ってきましたが、その傾向は徐々に変わりつつあります。
例えばChatGPTが必要なデータは、単なるテキストで、誰でも利用できます。
ChatGPTの台頭によってグーグルなどテックファームは、脅威を感じていると思います。一握りの大企業だけが能力を独り占めするのではなく、進化しつつあるこの技術が、広くあまねく使われ、経済全体に恩恵が行き渡る形で社会が変わってきています。
—— 私自身、AIに苦手意識があるのですが、そうも言っていられない時代が来ているのでしょうか?
苦手意識を全て払拭しなければいけないということではありません。でも例えば、電話やサーチエンジンも、最初出てきたときには苦手意識を持っていた人もいたと思います。でも今では普通に使いこなしていますよね。
広範囲のユーザーがアクセスでき、簡単に使いこなせるインターフェースを提供したことで、ChatGPTが躍進しました。
ある意味で、我々がAIに対して働きかけてこなくても、AIの方から我々にやってきてくれるというような現象が起こりつつあるのです。
日本におけるリスキリングのハードル
オズボーン氏と意見交換するパーソルキャリアCTO岡本邦宏氏。
撮影:横山耕太郎
オズボーン氏へのインタビューには、パーソルキャリアCTO岡本邦宏氏も同席した。
パーソルキャリアは、キリンホールディングスやヤフーの3社で相互副業を実施するなど、「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」の事務局をつとめている。今後はリスキリングに関連した事業への展開も計画している。
オズボーン氏の発言を受け、岡本氏にリスキリングについて聞いた。
—— 日本におけるリスキリングの課題についてどう感じていますか?
日本企業はメンバーシップ型雇用と言われ、大量に新卒を雇用し、雇ってから役割を決める方法をとってきました。スキルから役割を考えるという方法ではありません。
そのためいざAIを活用しよう、リスキリングをしようとしても、スキルをベースに考えることが日本企業は苦手なのだと思います。
オズボーン氏も指摘していますが、AIをどう使うのか、どうリスキリングするのかは、まず組織にどんな情報があり、どんなスキルをもつ人材がいるのかを把握しないといけません。そこがハードルになっていると思います。
パーソルキャリアとしては、一人ひとりが自律的にキャリアを構築する「キャリアオーナーシップ」に注目しているのですが、企業によるトップダウンでのキャリア形成と、社員の自律的なキャリア形成をどう両立するのかは課題だと感じています。
—— 岡本さんはCTOという立場ですが、非デジタル人材はどうAIやリスキリングと向き合っていけばいいと感じていますか?
まずはAIを使ってみて、どんなものなのか理解することだと思っています。いきなり使いこなそうと思ってもそれは難しい。
私はエンジニアなので、過去にはとりあえずアプリを作ってみて、それを公開してみて、そこから学ぶという経験をしてきました。
まずはAIを使って、AIをどう自分の仕事に活かせるのか、そして活用するためには何を学ぶ必要があるのか。自分で情報を収集してみることで、自己理解につながっていくのだと思っています。
私たちとしては、自律的なキャリア形成の支援を目指していますが、そのサービスにAIを役立てられるのではないかと模索しています。
マイケル・A・オズボーン:英オックスフォード大学教授。AIスタートアップの株式会社エクサウィザーズのアドバイザーであり、オックスフォード大学発のAIベンチャーであるマインド・ファウンドリー社の共同設立者兼CSOも務める。
AIが雇用に与える影響に関する論文『雇用の未来』の共著者であり、2018年1月には『雇用の未来』の続編である『未来のスキル』を発表した。
岡本邦宏:パーソルキャリアCTO。ADSL通信事業社を経て、SoftbankグループではBBTVのリードエンジニアやヘルスケアスタートアップの取締役CTO、ココナラの技術統括を務めた。2020年7月から現職。