Vladimka production / Shutterstock.com
ここのところ、スーパーやファーストフードを至るところで値上げを実感している、という人も多いのではないでしょうか。そんななか、あるアンケート調査では「物価高騰への影響を抑えるため、工夫していることはありますか?」という質問に対し、「リユース品の購入」「手持ち不用品の売却」との回答が上位に来ています(図表1)。
(注)複数回答 n=263。
(出所)BEENOSプレスリリース「物価高騰でリユースの利用が増加、50%が『リユース品の購入』が増加、36%が『不用品の売却』が増加 ー家計の不足は平均5.6万円/月」2023年1月27日。
こうした状況を追い風にしているのが、フリマアプリで有名な株式会社メルカリ(以下、メルカリ)です。メルカリは2月7日、2023年6月期の第2四半期決算短信を発表しました。
同社の売上高は前年同期比18.4%増の843億円で、四半期売上高としては過去最高を記録。営業利益は17.7億円の赤字だった前年同期から一転、60億円の黒字と好調な結果となりました。その結果、3四半期連続で営業黒字となり、黒字が定着しつつあります。
2018年に上場して以来、直近の5期のうち通年で黒字だったのは一度きりです。そんななか3四半期連続で営業黒字ということは、着実に利益を出せる状態になってきたということでしょう。
黒字化が定着しつつある主な要因としては、「広告宣伝費の抑制」と「金融事業の好調」が挙げられます。
メルカリについてはこの連載でも以前取り上げましたが、例えば同社の2016年6月期などは、売上高の半分以上を広告宣伝費に投じていたせいで営業損失を出していました。近年ではその支出を抑えながらも成長できていることもあり、営業黒字になる余地が出てきたということです。
ではもう一つの要因、「金融事業の好調」についてはどうでしょうか。そこで本稿では、金融事業を伸ばしたことでメルカリの財務体質がどのように変わったのかを、会計とファイナンスの視点から考察していくことにしましょう。
2021年6月期を境にビジネスモデルが変化
まず手始めに、メルカリがキャッシュをどのくらい生んでいるかを確認するために、同社の税金等調整前当期純利益(以下、税引前当期純利益)と営業キャッシュフロー(以下、営業CF)に着目してみましょう。
税引前当期純利益とは会計上の利益であり、もう一方の営業CFは営業活動によるキャッシュの動きを示したものです。営業CFは、キャッシュフロー計算書上では税引前当期純利益から計算されます。両者にどれだけギャップがあるかを調べることで、メルカリの隠れたビジネスモデルを探ることができます。
図表3は、メルカリの税引前当期純利益と営業CFを時系列で並べたものです。この図表を見て、何か気づくことはありますか?
(出所)メルカリの有価証券報告書より筆者作成。
ここで注目したいポイントは、2020年6月期までは「税引前当期純損失<営業CF」だったのに対し、2021年6月期以降は「当期純損失>営業CF(ただし2021年6月期は当期純利益>営業CF)」になったという点です。特に、2020年6月期と2022年6月期とを見比べてみると違いが顕著です。
2020年6月期は205億円の税引前当期純損失にもかかわらず、営業CFは125億円のプラスとなっています。これはつまり、会計上は大きく赤字を出しているのに、事業を通じてキャッシュを生んでいるということです。
一方、2022年6月期はどうでしょうか。この期は税引前当期純損失が40億円であるのに対し、営業CFは262億円のマイナス。会計上の赤字をはるかに上回る営業CFのマイナスを計上しています。メルカリにいったい何が起きていたのでしょうか?
実はここには、メルカリのビジネスモデルの変化が大きく関係しています。詳しく見ていきましょう。
営業CFを大きく左右する「預り金」
会計とファイナンスの世界には、「利益は意見、キャッシュは事実」という格言があります。
例えば、クレジットカードで代金を支払う場合、費用は今月計上したとしても、実際に支払うのは来月になります。また、売上を計上したとしても入金が翌月になることもビジネスでは多々あります。
これに対し、キャッシュについてはすべてその時点での実際の流れが確認できます。これが「キャッシュは事実」と言われるゆえんです。
このように、会計上の利益計上のタイミングとキャッシュの動きがずれる、というのはよくあることなのです。
では、メルカリのキャッシュにはどのような「事実」が存在するのでしょうか? 2020年6月期における同社のキャッシュフロー計算書を見てみましょう(図表4)。
(出所)メリカリ 2020年6月期 有価証券報告書をもとに筆者作成。
ここで注目していただきたいのは、「預り金の増減額」が377億円のプラスになっている点です。前述のとおり、メルカリはこの期、会計上は205億円の税引前当期純損失を計上しています。にもかかわらず、(他にも細かなキャッシュの増減はあるものの)預り金が377億円も増えたことで、最終的に営業CFは125億円のプラスになったのです。
では、この「預り金」とはいったい何なのでしょうか?
実はこれは、メルカリの買い手から売り手へ支払われたものの、売り手がまだ使っておらずメルカリに滞留しているお金です。
メルカリの主たるビジネスはC to Cによる中古品の売買です。メルカリは個人の売り手と買い手の間に立って、取引を仲介し、その手数料として10%をもらうというビジネスをしています。この手数料がメルカリの売上になります。
一方の出品者は、メルカリへの手数料を差し引いた販売代金を受け取るわけですが、この販売代金を現金としてすぐに受け取らないことや、メルペイ等を通じて使わないこともそれなりにあるでしょう。こうしてメルカリに滞留しているお金が、預り金の正体です(図表5)。
筆者作成。Illustration: Sapann Design, taka-hashi, Oxy_gen/Shutterstock
2020年6月期におけるメルカリのGMV(Gross Merchandise Value:流通総額)は6259億円ですから、GMVに占める預り金の増加は6%程度です。
そう聞くとさして大きな数字とは言えないものの、税引前当期純利益や営業CFの規模からすると十分にインパクトのある額です。
なお、この377億円というのはあくまで、前期と比較したときの預り金の「増減額」です。2020年6月末時点でのメルカリの貸借対照表(B/S)を確認すると、預り金それ自体は840億円となっています。つまり、メルカリは流通総額6259億円のうち、約13%にあたる840億円を売り手ユーザーから預かっていることになります。
なぜ営業CFのマイナス幅が増えたのか?
さて、メルカリのGMVは2020年6月期以降も順調に伸びています(図表6)。
四半期で2500億円を超えているということは、このペースで進捗すれば今後は年1兆円というペースでGMVが伸びていくことになります。これだけGMVが増えていれば当然、預り金もそれに応じて増えるだろう……と考えたくなりますね。
ですが事実は異なります。図表3で見たように、2022年6月期では当期純損失よりも営業CFのマイナスのほうが大きくなっているのです。なぜこうなるのか、キャッシュフロー計算書から読み解いていきましょう。
図表7は2022年6月期のメルカリのキャッシュフロー計算書です。この年度も引き続き預り金のプラスは存在していて、その金額は199億円となっています。
(出所)メルカリ 2022年6月期 有価証券報告書をもとに筆者作成。
一方で、額として大きいのが「未収入金の増減額」のマイナス331億円です。このマイナスがあるために、営業CFは262億円ものマイナスになっているのです。
この「未収入金」とは何なのでしょうか? メルカリの有価証券報告書によると、これは主に「メルペイスマート払い(翌月払い・定額払い)」の利用増加に伴うもの、と書かれています。
メルペイスマート払いとは、チャージ不要で使った分だけ翌月以降に支払うサービスです。例えばメルカリでモノを購入しようとしたとき、手元にすぐにお金がない場合やメルペイの残高が不足している場合でも、メルペイスマートを使えば翌月にまとめて精算できるのです。簡易版のクレジットカードをイメージすれば分かりやすでしょう。
メルペイスマートには利用上限額を設定でき、所定の精算方法を用いれば手数料もかかりません(図表8)。
メルペイスマート払いの利用が増えれば、メルカリにとっては重要指標の一つであるGMVを増やせるというメリットがあります。しかしその半面、キャッシュの視点で見ると、買い手からメルカリへのキャッシュの流入が遅れることになります。
つまり、これまでは預り金としてキャッシュが入ってきていたところ、メルペイスマートの利用が増えるにつれて、今度は未収入金が増えることになったのです。結果として、図表7で見たように、預り金の増加よりも未収入金の増加によるキャッシュの減少のほうが大きくなってしまったということです。
筆者作成。Illustration: Sapann Design, taka-hashi, Oxy_gen/Shutterstock
メルカリがメルペイスマートを開始したのは、2019年4月(当時のサービス名は「メルペイ後払い」)です。その後、キャッシュフロー計算書で未収入金の増減を確認してみると、2020年6月期は1.37億円のプラス(※1)、2020年6月期は314億円のマイナス、2020年6月期は331億円のマイナスと推移しています。
ここで、キャッシュフロー計算書においてキャッシュにマイナスの影響があるということは、B/S側では未収入金が積み上がっているということになります。実際、未収入金の残高の推移を見てみると、図表10のようにここ数年で未収入金の残高が大きく積み上がっていることが分かります。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
2021年には、メルカリアプリでお金を借りられる「メルペイスマートマネー」のサービスも始め、さらに直近の2022年11月には「メルカード」をリリース、クレジットカード事業にも参入しています。
フリマアプリのビジネスを通じてC to Cでの取引が増えるにつれて、メルペイスマート払いという後払いの仕組みを提供。これを足がかりにして少額の融資事業へ、さらにはクレジットカード事業へ——。メルカリはここ数年で、C to Cの小売プラットフォームビジネスを土台にして金融事業へも参入していったということです。
なお、このように流通量が多いビジネスが規模の経済を利用して金融業に参入するケースは決して珍しいものではなく、セブン&アイ・ホールディングスやイオンなどがその典型例として挙げられます。メルカリが金融事業に参入したのも、ある意味自然な流れと言えるでしょう。
メルカリはメルペイスマート払いやメルペイスマートマネーを展開したことで、2023年6月期第2四半期時点で923億円もの債権を有しています。同社の決算説明資料を読むと、今後はメルカードを通じてさらにフィンテック事業(金融事業)を伸ばしていく戦略のようです(図表11)。
(出所)メルカリ 2023年6月期第2四半期決算説明資料より。
資産構成が変わったメルカリのB/S
フィンテック事業を伸ばしたことで、メルカリのB/Sも大きく変化しています。以下は、2020年6月末時点と、直近の2023年6月期第2四半期(2022年12月末)のメルカリのB/Sを比較したものです。
(出所)メルカリの有価証券報告書より筆者作成。
2020年6月末時点でメルカリの未収金は総資産額のうち8%でしたが、2022年12月末時点では3倍超となる26%まで増えています。未収入金がこれだけ増えると、債権管理の観点から貸倒れのリスクが心配されますが、図表11でも見たように債権の回収率は98%と高い水準を誇っています。
2020年6月末時点で、資産に占めるキャッシュの比率は69%と驚くほど高いですが、これらの多くは預り金によるものです。預り金はいずれ売り手のユーザーに返す必要があるため、メルカリとしては資産の69%もの比率を占めるキャッシュを持て余す格好となっていました。
そこへメルペイスマート払いやメルペイスマートマネーを導入したことで、資産に占めるキャッシュの比率は下がり、その分未収入金の比率が26%にまで増えました。未収入金には貸倒れのリスクが一部あるものの、メルカリの収益源となる手数料の源泉にもなるため、回収率をうまくコントロールすることで収益の向上が見込めます。
なお、メルカリの2022年12月末時点の資産総額は3753億円、うち預り金は1553億円です。2022年1月1日〜2022年12月末の1年間におけるGMVは9325億円ですから、GMVに占める預り金の比率は約17%となっています。
このように、メルカリはビジネスモデル上、一定の預り金を常に抱えざるをえないビジネス形態であることが分かります。しかしそんな中でも、メルペイスマート払いといったサービスを通じてキャッシュを未収入金に変え、手数料を得るという新たなビジネスモデルを取り入れることで、
- GMVを増やせる
- 収益の向上に寄与する
- B/Sの効率性が高まる
という点で妙手と言えます。
このように、B/SとC/Sをつぶさに見ることで、P/Lだけ見ていたのでは分からないビジネスモデルの変化を発見できるようになります。メルカリの思惑が今後どのように財務上の変化となって現れてくるか、ひきつづき注視していきたいところです。
※1 メルカリの2020年6月期のキャッシュフロー計算書では、未収入金の増減額は1.37億円のプラスになっています。一方、2019年6月期の未収金の残高は142億円、2020年6月期の未収金の残高は156億円となっていて、差額は14億円になります。キャッシュフロー計算書の数字とは合わないため、文中ではキャッシュフロー計算書の数字を、図表10ではB/Sの数字を用いています。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。