ChatGPTのリリースから3カ月。中国での同技術への関心は日に日に高まっている。
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米スタートアップのOpenAIが開発した対話型AI「ChatGPT」のリリースから3カ月。中国では政府が「中国版ChatGPT」に前向きな姿勢を示していることを材料に、市場の熱量がいっそう高まっている。ただ、株価上昇の当事者になったテクノロジー企業の多くはメタバースバブルの二の舞を警戒してか、冷静な対応に終始している。
AIでも覇権争い
ChatGPTや生成AIに関するニュースは中国で日に日に増えており、すべてをフォローするのは不可能な分量に達している。どう活用できるかよく見えないのに関心が衰えないのは、中国政府が支援姿勢を見せているからだ。
政府系経済メディアの経済日報は2月12日、「中国企業の技術力はChatGPTに2年遅れているが、中国は世界最大規模のネットユーザーと多様な応用シーンを持っており、データ蓄積環境の優位性は明らかだ。ChatGPTに追いつき追い越すこともできる」と「中国版ChatGPT」の開発を肯定的に論評した。
米国の大学が不正行為防止のため相次ぎChatGPTを制限し、香港大学も授業や宿題、試験での利用を禁止した。しかし中国では教育分野でも期待の方が大きい。上海市で教育行政を統括する倪閩景氏は寄稿で「ChatGPTの登場は教育改革の大きな機会である」「ChatGPTのような学習ツールを教育改革に活用すれば、学習の質をさらに高められる」と指摘した。
中国は、2000年代から電子デバイスを使った不正行為が横行し、大学入試の問題用紙が警備車両で輸送され、試験会場では電波遮断器や金属探知機が設置されるお国柄なだけに、当局幹部のChatGPTに対する寛容な発言は意外に感じられた。
株式市場と不動産市場の低迷で、中国の投資マネーは行き場をなくしている。
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科学技術事業を統括する科学技術部の王志剛部長は2月24日、記者に「ChatGPTの規制について方向性はあるか」と聞かれ、「倫理面で相応の措置を取りながら、科学技術の発展に向けメリットを追求しデメリットを避けられるようにする」と述べた。規制について具体的な発言が出なかったことから、同日の上海、深圳両市場ではAI関連企業の株価が大幅に上昇した。
中国政府はAIをビッグデータ、5G、ブロックチェーンと並び、次世代の覇権に関わる技術として支援している。ただブロックチェーンを例に挙げると、習近平国家主席が2019年に「ブロックチェーン強国を目指す」と発言する一方で、その応用技術である暗号資産は投機を助長し、政府の金融政策にリスクをもたらす存在として全面禁止している。
支援と規制の線引きが紙一重である上に、政府が2020年からIT業界の規制を強化しているため、新しいテクノロジーが注目されると、期待と不安で関連企業の株価が上下しやすい。
ChatGPTのリリースから3カ月経ち、当局の幹部が対話型AI技術に言及する機会が増えている中でも、中国企業の開発を後押しする姿勢が変わらないことが、市場や投資家の安心材料になっている。
一発逆転狙うバイドゥ
中国版「ChatGPT」の開発競争でメガテックのバイドゥ(百度、Baidu)本命視されていることは本連載で紹介した。同社は「ERNIE Bot(文心一言)」と名付けた対話型AIの社内テストを3月までに完了し、正式にリリースする計画だ。
いかにも中国的な話だが、まだリリースされていないERNIE Botに対し、既に300社以上が協業を表明した。マイクロソフトが投資するChatGPTは中国からアクセスできないし、対話型AIの自社開発を進めるグーグルも同様なので、この有望な新しい技術に乗っかりたい中国企業がERNIE Botに飛びついている。
バイドゥは医療、金融、対話、検索などを初期の応用分野と考えているが、対話型AIの特長が「自然な文章を作成できる」ことであるためか、今は経済メディアの協業が目立つ。米新興ニュースメディアのバズフィードが1月末、コンテンツ作成にChatGPTを活用する方針を表明して株価が高騰したことも、中国メディアに影響を与えている。
現地報道によると、ERNIE Botの開発部隊は3月にリリースを間に合わせるようきついプレッシャーをかけられているようだ。バイドゥは今年、EV子会社「集度汽車」から最初の量産車の発表を控えており、集度汽車の夏一平CEOは、同社のロボタクシーにERNIE Botを搭載する意向を表明した。
対話型AIの明確なビジネスモデルは確立されておらず、開発には高度な技術と巨額な投資が必要になる。それでもこのチャンスをつかみ、EV、自動運転、対話型AIと旬の技術をかけ合わせて復権の足がかりをつかもうとするバイドゥの意気込みがひしひしと伝わってくる。
投資家と企業の温度差
バイドゥの他には中国EC2位の京東集団が産業版「ChatGPT」と位置づける「ChatJD」の開発を目指しているほか、アリババグループのグローバル研究機関であるアリババDAMOアカデミー(中国語:達摩院)も、対話型AI技術が内部テストの段階まで進んでいると報じられた。ただ、テクノロジー企業は全体としては、「コストがかかり応用範囲も見えない」同技術に対し、慎重な態度を保っている。
中国は2021年以降不動産市場の不振が続き、IT業界規制やゼロコロナ政策で株式市場も振るわない。「ChatGPT」は行き場をなくした投資マネーの格好のターゲットとなり、中国の投資情報会社には「深圳、上海で上場しているAIに関係する企業はどこか」との照会が殺到している。
以前からAI開発に携わっているテクノロジー企業やAIの演算力を左右する半導体メーカーはもちろん、「マイクロソフトと取引がある」企業まで株価が高騰し、取引所はこれらの企業を監視リストに加え、質問書を送付するなど警戒を強めている。
質問書を受け取った企業の多くは「当社はOpenAIと提携していないし、ChatGPTが収入をもたらすこともない」「生成AIは有望な技術だが、会社の事業に実質的な影響をもたらすかについては、冷静かつ専門的な態度で観察を続ける」など、市場の熱狂から距離を置こうとしている。
2021年秋にメタバースブームが起きた際には、中国のテクノロジー企業が次々に参入を表明したが、多くが株価上昇を狙ったものだった。その後の実質的な進展は少なく、メタ(旧フェイスブック)やマイクロソフトは同事業のリストラに着手している。中国ではテンセントなど業界のリーダー企業が規制を警戒して活発に動かず、現時点ではパッとしない。ChatGPTの登場で株価が急騰した企業の大半は「巻き込まれたくない」との姿勢をにじませており、技術の難しさや将来性の不透明さも浮き彫りになっている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。