イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
現在、とある地方自治体の福祉関係部署で勤務している29歳の者です。
ご縁があり、4月から保護観察官に転職することとなりました。更生保護や刑事関係は、学生時代のボランティアや現職の業務経験から以前より関心のある分野で、やりがいのある仕事だと思っております。
ただ少年事件の実名報道等に象徴されるように、業務の目的が世間一般の感情と一致しないことが多々ある分野とも思っております。
自分はさまざま考えた末、使命感を持てると思いこの仕事を選んだのですが、きっと業務を進めていく上で、自分自身の倫理観と相反する場面も出てくるものと思います。
そんな時自分の感情にどう折り合いを付けて、対象者や業務に向き合っていけば良いでしょうか。ご教示のほど、どうかよろしくお願いいたします。
(へむ、20代後半、公務員、男性)
抱え込まない、深入りしない
シマオ:保護観察官というのは、罪を犯した人を更生させて、社会復帰のサポートをする仕事ですよね。
佐藤さん:そうです。法務省が出している令和2年度の犯罪白書によると、刑法犯は年々減少傾向にあるものの、令和元年には20万人近くが検挙されています。そのうち、再犯者率は48%になっています。
シマオ:再犯させないためにも、保護観察官の仕事は大切そうですね。へむさんはこのお仕事に以前から関心があったようですが、いろいろと不安があるようですね。
佐藤さん:まず、へむさんにアドバイスするとしたら、あまり多くを背負わないということでしょう。
シマオ:使命感を持てる仕事だと考えていらっしゃるようですが、それがかえって仇になることがあると?
佐藤さん:その通りです。使命感を持つこと自体は素晴らしいことだと思います。ただ、へむさんのように真面目に仕事に向き合う人ほど、深入りしてしまうことが多いのです。
とくに保護観察というのは罪を犯した本人と直接向き合う仕事。相手の人生に感情移入しすぎてしまうと、うまく行かなかった場合に挫折感や失望感、無力感などに襲われてしまうこともある。つまり、へむさん自身が潰れてしまう可能性が高いのです。
シマオ:どこかで線引きをしなきゃいけないということでしょうか。
佐藤さん:そう思います。保護観察官という公務員としての職務領域は決められているはずで、仕事の進め方や保護観察の対象者との関わり方も、ある程度マニュアル的な対応が存在すると思います。まずはそれをしっかりと守り、それ以上は相手に入り込まないという線引きがとても大事でしょう。
シマオ:引きこもってしまった親友についての相談の時も、同じように深入りしないで、突き放すことが大事だとお話しされていましたね。基本的に同じことなのでしょうか?
佐藤さん:そういうことだと思います。相手の人生を抱えるほど深入りするのは、へむさんの仕事ではありません。それはもっと身近な親きょうだいや人生のパートナーがやること。
へむさんは刑務所や少年院といった施設から出て社会復帰を目指す人を、行政官の立場で支援するというのが仕事です。当然、理想と違う矛盾や現実に突き当たることもあると思いますが、それも含めて「ここから先はもう自分の職務ではない」と突き放す姿勢も必要です。
シマオ:なるほど。へむさんの仕事は臨床心理士でもボランティアでもない、保護観察官という行政職であるという認識が大事だということですね。
佐藤さん:はい。深入りしすぎて潰れてしまったら、へむさん自身もそうですが、相手の人や職場の人たちにとってもマイナスでしょう。むしろ淡々と職務をこなすくらいでいいと思いますよ。
シマオ: 真面目な方だけに、むしろそれくらいでちょうどいいということですね。
佐藤さん:そういうことです。ちなみに突き放すことが救いになるというのは、まさにキリスト教の根本的な思想でもあるんです。
シマオ:え、そうなんですか? てっきりキリスト教って誰でも深くサポートするのかと。
佐藤さん:聖書の中にこんなワンシーンがあります。イエスが捕らえられてゴルゴタの丘で磔にされたとき、神はイエスを救わなかった。イエスが神から突き放され、無残に刑死することで、人びとはイエスの壮絶な死を目の当たりにします。
でも、それでむしろ自らの罪と神の恩寵を身にしみて理解できた訳です。突き放さず、ずっと手を差し伸べ続けていたら、本当の意味の気づきも、成長もないという教訓です。
シマオ:なるほど。「突き放すことも愛」なんですね……。
少年院を取材して分かったこと
佐藤さん:もう一つ重要なのは犯罪心理学の学説をしっかりと押さえておくことでしょう。
シマオ:具体的におすすめの本などはあるでしょうか?
佐藤さん:平尾靖さんが書かれた『犯罪心理学』があります。これは1972年に出版された古典的な名著です。
シマオ:ご、50年前の本ですか……。今見たら500ページを超えていて、ちょっと敷居が高い気も……。もうちょっと最近の本で、とっつきやすいものはないでしょうか?
佐藤さん:であれば、原田隆之さんの『入門 犯罪心理学』がいいでしょう。こちらは2015年に出された本です。いずれにせよ、犯罪心理学の本を読んで、犯罪を起こす人たちの心理や特性を学術的な知見として押さえておくことです。
シマオ:それこそ犯罪に走ってしまう人たちには、いろんなタイプの人がいそうですね。
佐藤さん:中にはアルコールや薬物などの依存症の人もいますし、クレプトマニア(窃盗症)のように、ものを盗む時のスリルと快感から犯罪を繰り返す人たちもいます。虚言癖の人やサイコパス的な人だっている。こういう人たちには、こちらの善意や誠意は必ずしも通じないこともあります。どんなにこちらが頑張っても、再犯してしまう現実がある訳です。
シマオ:保護観察官として解決できない壁が多々あるんですね。残念ながらそれが現実……ということでしょうか。
佐藤さん:ただこれは結局、日本の社会全体が、まだ前科のある人たちを受け入れる体制ができていないということでもあるんです。
以前、ある女子少年院を取材させてもらったことがあります。彼女たちは比較的犯罪性向が低い窃盗などの軽犯罪の子が多かったのですが、院の中ではけっこう真面目で、高卒検定試験に真剣に取り組んで何人か合格したりしていました。日常の生活も規則正しく、むしろ同世代の「普通」の子たちよりちゃんとしている印象でした。
シマオ:そうなんですね。でも、どうしてそんな子たちがまた犯罪の道に進んでしまうのでしょうか?
佐藤さん:院にいるときはいいんですが、そこから出た後の環境が良くない子が多いんです。一家離散していて貧困に陥ってしまうとか、親から虐待されるとか。そうして薬物などに手を出してしまう。昔の悪い仲間にしか相手にしてもらえず、オレオレ詐欺の出し子などをやって再び捕まってしまうケースもあります。
シマオ:環境が変わらない限り、また犯罪を繰り返してしまう訳ですね。いたたまれないですが、へむさんもおそらくその現実に突き当たるのでしょうね……。
佐藤さん:そもそも、本人は働きたくても前科があるとなかなか働き口がありません。食うためには犯罪に再び手を染めざるを得ない。それはもう社会の構造とシステムの問題です。だから、自分ですぐに何とかしようなどとは思わない方がいいでしょう。
シマオ:コントロール不可能な問題に首を突っ込んでも、本人が疲弊して終わってしまうということですね。
企業や支援団体とのつながりを持つ
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佐藤さん:ただ、前科のある人を採用する企業もあることにはあるんです。例えば大阪のあるお好み焼き屋チェーンの会社は、積極的に前科のある人を採用しています。
でも、育てるのは大変だそう。お金を持ち逃げされることもあるし、朝起きることができず、平気で遅刻する人もいる。でも、社長は前科のある人の採用はやめないと言っていました。なぜだと思いますか?
シマオ:えっ、なんでだろう……。社会貢献……?
佐藤さん:周りの社員、とくに店長クラスが成長するからです。そういう人たちの面倒を見て、フォローしながら店を切り盛りしていく。普通なら考えられないことも起こるので、対処力や対応力がみるみるアップするそうです。スタッフも協力するので店の組織力もアップする。結果として店の売り上げなど、営業成績も良くなるそうです。
シマオ:へぇー! それは意外な効果ですね!
佐藤さん:つまり、弱い者や欠点のある人を排除するのではなく、取り込んでフォローすることが、結果的に自分たちの組織を強くすることにつながるということです。
それから前科のある人の社会復帰を支援するNPOなどもあります。へむさんはぜひそういう人たちとのつながりを広げてほしい。その上で、そういう会社や団体を紹介してあげることです。へむさん自身が背負うのではなく、役割分担で上手に負担と責任を分散していくことが、保護観察官としてのへむさんの大きな役割になるのではと思います。
シマオ:くれぐれも一人で抱え込もうとしないということですね。へむさん、ぜひ4月からの保護観察官のお仕事の参考にしてもらえればと思います!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。