AbemaTV社の社長も務める、サイバーエージェントの創業社長の藤田晋氏(2019年撮影)。
撮影:今村拓馬
ネットフリックスとABEMA(アベマ)が2月24日に突如、「提携」を発表した。ABEMAが独自制作している若者向け恋愛バラエティを、海外向けにネットフリックスが独占配信するという内容だ。
ネットフリックスとABEMAはともに配信事業者であり、国内でシェアを争う競合同士。だからこのニュースは、業界内外に相当な驚きをもって迎えられたようだ。
ただ、筆者も驚きはしたが、「なるほど」と納得したのも事実だ。ABEMAの戦略としてもネットフリックスの戦略としてみても「さもありなん」という話なのである。
なぜ両社は提携を選ぶのか? その理由を解説しよう。
ABEMAは「10代向け恋愛バラエティ量産」で差別化した
今回の提携内容はシンプルだ。
ABEMAは自社制作している若者むけ恋愛番組『オオカミ』シリーズと『恋愛ドラマな恋がしたい』シリーズのネットフリックス向け新シリーズを制作、それらの海外配信について、ネットフリックスが独占的な配信権を得るという内容だ。
ABEMAはニュースやワールドカップの無料配信、というイメージを持っている方もいそうだが、利用者によって視聴されている番組はかなり異なる。
速報番組が中心な人がいれば、アニメを見ている人も多いし、麻雀(Mリーグ)を見ている人もいる。無料の多チャンネル配信として定着している、というべきだろう。
なかでも若い人々、特に女性に人気なのが、ABEMAが独自作成している「恋愛バラエティー番組」だ。
『オオカミ』シリーズは、2017年2月に放送された『オオカミくんには騙されない』からスタート。タイトルやルールを少しずつ変えながら継続しており、2023年3月からは『シーズン13』がスタートする長寿番組となっている。
ABMEAでは現在も多数の恋愛バラエティが制作されており、10代の演者による若い世代向けのものが目立つ。
筆者によるスクリーンショット
同様に『恋愛ドラマな恋がしたい』シリーズも、2018年5月からスタート。こちらもすでにシーズン10まで続いている。
若者向け恋愛バラエティーは、地上波でも長い歴史を持つ人気のジャンル。それぞれの時代でヒット番組がある。
ただ、地上波のテレビ局は、この種のフォーマットで近年ヒットを出せていない。2010年代前半まではテレビ局が強かったが、2010年代後半から現在に至るまで、フォーマットをリードしているのはネット配信だ。アマゾンの「バチェラー」シリーズはその代表格と言える。
海外勢が20代以上をターゲットとしたのに対し、ABEMAがターゲットとしたのは「ティーンエイジャー」だった。ABEMAの制作する恋愛バラエティの出演者には10代の演者も多く、1つの差別化点となっている。
「海外ヒット」狙い、Netflixを「活用」する戦略か
2022年の11月末〜12月上旬の日本のネットフリックスにおける視聴順位。「SPY×FAMILY」はこの時点でもトップ5にいた。
筆者によるスクリーンショット
恋愛バラエティーは、海外でも同様に人気がある。
ネットフリックスが日本参入した2015年、まず話題になったのも、フジテレビと提携して作った『テラスハウス』シリーズだった。海外での視聴も多く、日本発のコンテンツとして、恋愛バラエティの認知度は高い。
「SPY×FAMILY」は日本でも大ヒットしたが、他のトップ10に入った国を見るとアジア地域に偏っていることがわかる。
筆者によるスクリーンショット
日本でヒットした作品を海外でも……と考えるネットフリックスが、新たなコンテンツ調達を検討するのも当然ではある。
そこでポイントになるのが、現在の「日本コンテンツ」の支持状況だ。アニメやドラマ、映画などが海外で配信される例は増えている。
そこで多くの人が連想するのは、『イカゲーム』のように欧米を含めた全世界で大ヒットする作品かもしれない。
だが、現状は少し違う。
2022年末から2023年の年始にかけて、ネットフリックスでは日本調達のアニメやドラマがいくつもヒットしていた。なかには『今際の国のアリス』のように世界中で同じようにヒットした作品もある。
一方で、ヒット作とされるものでも実際には、ウケる地域に偏りがあるものが多いのだ。
以下は、ネットフリックスがウェブで公開している各週の「視聴時間トップ10」ランキングデータのうち、2022年11月28日から12月4日を対象としたものだ。
例えば、日本でも大ヒットしたアニメ『SPY×FAMILY』は、トップ10に入った国を見るとアジアが多い。
同様に、公開初週で世界5位の視聴時間を獲得した『First Love 初恋』も、公開当初にランキング入りした国々はアジアに偏っている。
公開初週で世界5位にライクインした大ヒット作『First Love 初恋』も、公開当初にランキング入りした国々はアジアが中心。
筆者によるスクリーンショット
ランクインした国のリストをみると、順序は違うが、『SPY×FAMILY』とほぼ同じ。
筆者によるスクリーンショット
このデータから読み取れるのは、「アジアに日本コンテンツがヒットする土壌があり、市場として開拓が進んでいる」ということだ。
映像配信において、オリジナル作品が差別化のカギであるのは間違いない。一方、国内でビジネスをしている事業者が、海外のさまざまな市場でコンテンツを販売するのは手間やノウハウの課題も大きい。過去、特定の国に出ていってヒットを出した例はあっても、多数の国でヒットした作品はそこまで多くなかった。
だがネットフリックスのような巨大なグローバル・プラットフォーマーが誕生している現在なら、彼らの力を借りて海外展開ができる。結果として、アジアでヒットする日本作品が増えていることは疑いようのない事実だ。
グローバル・プラットフォーマーを敵視するのではなく、うまく使ってビジネス領域を拡大する —— プラットフォーマーを「パートナー」と考えるコンテンツ企業は増えている。過去には自社プラットフォームにこだわっていたテレビ局も、海外配信を目当てにネットフリックスやアマゾン、ディスニーと提携し、番組提供を行うようになってきた。特に最近は、TBSが積極的だ。
今回の提携もそうした観点で見れば、ABEMAとネットフリックスが手を組むこと自体は、実はビジネス上の合理性が高い選択なのだ。