新NISA制度活用の要諦は、非課税枠をフル活用して計画的に積立投資を続けることだ。
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- 岸田政権は「資産所得倍増プラン」で、国民保有の金融資産が新たな富を生み出す「金融所得の拡大」に焦点を当てた。
- その目玉のひとつである新NISA制度で政府は、国民に「長期・積立・分散」という投資行動3原則の実践を促している。
- セゾン投信会長CEOの中野晴啓氏が、NISAが誕生した経緯から、その正しい活用法を読み解く。
国民の所得が増えなくなって久しい日本。岸田内閣の新しい資本主義でも、各政策のベクトルは所得増に向いている。だが、それらはいずれも成果がGDP拡大による産業界を通じた「労働所得の増加」を期待したものだ。
その中で、唯一GDPベースとは異なる所得にフォーカスした施策が「資産所得倍増プラン」である。国民保有の金融資産が新たな富を生み出す「金融所得の拡大」に焦点が当てられているのだ。
ようやく政治も、そこにある潜在力に気付いたのだろう。GDPベースではない、GNI(国民総所得)ベースでの所得拡大に本腰を入れ始めたのだ。
本稿ではまず、そこに行き着くまでの背景を遡る。そして、それを踏まえた上で、新NISAが目指すところについて解説していこう。
発展途上経済と成熟経済
どの国であっても、発展途上段階の経済下では、インフレをニュートラルとしたうえで、国民は金融所得を獲得し易い。経済の成長過程で資金需要が拡大を続ける中、そこに必要な資金は常に不足しているからだ。
とりわけ発展途上経済では資本市場が脆弱なため、産業資本の供給は、銀行のような間接金融が主役となる。戦後昭和における我が国の高度成長期においても、銀行融資が産業振興の担い手となって機能した。
そして、銀行預金者たる生活者には、経済成長の果実が預金利息で還元される。さらに元利金(元金と利息)が預金に還流して、信用創造の拡大が続くというスパイラルの金融メカニズムが、この国の高い成長を後押ししたわけだ。
ところが1990年代に入り、日本は高度成長期を終えると共に急激に成熟経済に転換。そしてデフレ病に長く罹患し、ゼロ金利の常態化を余儀なくされた。その中で、国民はこぞって新たな富を生まない現預金の貯蔵に偏重していったのだ。
現状に至っては、日本の個人金融資産はGDPをはるかに凌駕する2000兆円を超える。とりわけその過半の1000兆円超が現金預金に胎蔵されるというガラパゴス化が、すっかり定着してしまったのである。
変わらない日本人のメンタリティ
さて低成長低金利(とりわけ日本はゼロ成長ゼロ金利)を前提とする成熟社会においては、預貯金では金融所得に多くを望めないことは容易に理解出来る。
だが、日本ではこれまで金融所得を希求するメンタリティが失われたまま、元本安全性ばかりが志向されてきた。実に勿体ないことだ。
1000兆円の預貯金が、たった1%でもリターンを生むお金に換われば、この国には年間10兆円もの新たな富が創出される。これだけで日本のGNIは劇的に拡大するのだ。そこにフォーカスした政策が資産所得倍増プランなのである。
もちろんゼロ金利とは言え元本保証の預貯金を、期待リターンとトレードオフに損失可能性も負うリスクマネーに置き換えることは簡単なことではない。とりわけ銀行預金で高度経済成長の恩恵に浴した成功体験と、直近まで続いたデフレ社会でのキャッシュ至上マインドから抜け切れぬ日本の生活者にとっては尚更だろう。
先進成熟国家における成功事例
そこに納得感を与えるものとして、アメリカやイギリスの先行事例がある。米国でも英国でも以前から国民の金融所得が歴然と増えているからだ。それは経済成長ベースでの豊かさの指標となる両国の「ひとりあたりGDP」よりずっと増え方が大きい。
言わばGDPベースで増える主体が勤労所得だとすれば、米英では金融所得と共にダブルで国民総所得が増えていく土壌があるといえる。こうした姿こそ成熟先進国の在り方だろう。
そして両国共に金融所得増大の基盤は非課税制度の普及にある。すでに数十年にわたる歴史と実績が積みあがっているのだ。
日本でも、そのような先進成熟国家の成功事例に倣って構築されたのが、iDeCo(個人型確定拠出年金。2001年〜)とNISA(少額投資非課税制度。2014年〜)である。それぞれ米国の401Kプランと英国のISAの日本版と言えるのだ。
投資行動3原則の浸透が狙い
「資産所得倍増プラン」は、言わば岸田内閣支持率回復推進プロジェクトとして掲げられた。だが、NISA制度の抜本的拡充という政治的コミットメントとして、見事に具現化されたといえる。
新NISA制度において特筆すべきは、まず制度恒久化と共に非課税投資期間の無期限化。そして、それに伴って大幅拡充された、1800万円という一人当たり生涯の非課税保有限度額である。
さらに、NISA制度の主軸は現行の「つみたてNISA」であることが新規の「つみたて投資枠」で明示されことも意義深い。現行の「一般NISA」がそのサブ機能たる「成長投資枠」として改訂されているのだ。
すなわち政府は国民生活者の長期資産形成における行動規範として、「長期・積立・分散」という投資行動3原則の実践を促す意図を制度設計で示している。
人生100年を前提にした設計
たとえば、新NISAでは、つみたて投資枠と成長投資枠が併用出来る。この一本化によって、年間最大360万円まで非課税で投資可能となるのだ。
これから資産形成を始めたい50代以上の人なら、毎月30万円の積立投資により5年間で一気に1800万円の生涯枠をフル活用することも可能になる。そしてゴールを70~80歳の老後期に見据えれば、20~30年の本格的な長期投資で充分キャッチアップ出来るのだ。
他方でミレニアル世代にとっては、自らの生涯時間軸で無理せず心地よく出来る範囲からスタート出来る。30代なら積立投資期間を40~50年の長期間で1800万円の総枠を考え、計画的に積立額を引き上げたりしながら資金を投入することが出来るだろう。
そして老後に入ったら、人生100年を前提に、育った資金を計画的に取り崩して活用していけば、リスクも軽減出来る。さらに残った資金は、引き続き長期投資を続けることで、輪をかけてお金は殖えていくことが期待できる。
新NISAが目指しているところ
つまり新NISAでは、現行のNISAに比べ、はるかに各人の状況、目的、目標、価値観などに応じた自由度の高い活用が可能となるわけだ。
何より新NISA制度活用の要諦は、非課税枠をフル活用して計画的に積立投資を続けること。そして老後はお金を育てながら(長期投資の継続)計画的に活用(取り崩し)する、という考え方にあると理解して、生涯軸で実践する長期投資家を目指してほしい。