セールスフォースのマーク・ベニオフCEO。
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セールスフォース(Salesforce)の共同創業者でCEO兼会長であるマーク・ベニオフ(Marc Benioff)のもとで、ここのところ複数の最高経営幹部の退職が相次いでいる。この事態に、物言う投資家らは同社の後継者難を注視している。
華々しくビジョンに満ちていたベニオフだが、今、要求の厳しい株主たちをなだめるため、同社に対する自身の影響力を緩める必要に駆られている。
後継者計画は白紙に
セールスフォースの社内関係者、元従業員、そして金融業界のアナリストらは、同社が近いうちに後継者計画を実行に移すとの見方を強めている。ベニオフを追い出すというより、将来ベニオフから会社を引き継ぐ能力のある経営人材の候補者を増やすことが現実的な目標だ。
「問題は、いったい誰が最有力候補なのか、ということです」と話すのは、長年テック業界を見てきたアナリストのマーク・モードラー(Mark Moerdler)だ。「候補者の数は多くはありません」
ベニオフは、1999年にセールスフォースを共同で創業して以来ずっと、会社の顔として君臨してきた。
ベニオフとともに共同CEOの座に就き、後継者と目されてきたのがキース・ブロック(Keith Block)でありブレット・テイラー(Bret Taylor)だったが、彼らがベニオフから経営権を引き継ぐ前に退任すると、当時の後継者計画は白紙に戻ってしまった。
また、スラック(Slack)の創業者スチュワート・バターフィールド(Stewart Butterfield)やタブロー(Tableau)のCEOマーク・ネルソン(Mark Nelson)をはじめ、セールスフォース傘下の経営幹部らも会社を去っている。
物言う投資家が迫るコスト削減
ベニオフが直面する差し迫った問題は、この後継者難だけではない。ベニオフは5件の物言う投資会社とわたり合い、交渉を行っているのだ。これら投資会社は、ここ数カ月の間にセールスフォースの株式を大量に取得した。
ベニオフのもとで成長に注力してきた同社には今、早急にギアを切り替えて利益を優先せよとの圧力がかかっている。アナリストはまた、投資会社がベニオフの高額な買収騒ぎを終わらせ、事業の一部の独立を提案すると予想している。
セールスフォースはすでに、利益率拡大の要求に応じることを計画中だ。Insiderが確認した同社の2024会計年度の年次計画書の草稿の中で、30%を上回る調整後営業利益率を「緊急」で達成する計画が言及されている。
物言う投資会社の1つ、スターボード・バリュー(Starboard Value)はセールスフォースに対し、早急に利益率を30%台以上に引き上げるよう求めてきた。セールスフォースはすでに、この一歩踏み込んだ目標を達成するために必要なコスト削減に着手しており、1月には全従業員の10%を解雇する計画を発表した。
エリオット・マネジメント(Elliott Management)も関連する投資会社の1つだ。同社は最も恐れられているヘッジファンドの1つで、コスト削減重視の傾向があり、最高経営幹部らを追い出すよりも取締役会を変更する手法をとることが多い。
エリオット・マネジメントの創業者、ポール・シンガー。
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しかし、エリオットが経営陣の退任を要求したケースもある。最近では、ツイッター(Twitter)のジャック・ドーシー(Jack Dorsey)に退任を迫ったのもエリオットだ。
ロイターは2月、セールスフォースとエリオットが協議に入っており、取締役会をめぐる争いに決着がつく可能性があると報じた。新生取締役会のもと、後継者計画も検討しつつ利益率の改善に注力するという選択肢もありうるだろう。
CNBCの報道によれば、『マッド・マネー(Mad Money)』の司会者ジム・クレイマー(Jim Cramer)は、ベニオフが後継者計画をまもなく発表する可能性が高いと見ているという。シリコンバレーのエリートらは同氏の投資アドバイスを必ずしもありがたがっているわけではないが、同氏とベニオフには交流があり、ベニオフは9月、11月、12月にもクレイマーのインタビューに応じている。
「セールスフォースはベニオフそのもの」
後継者計画がまもなく発表されるとして、ベニオフの即時退任という線は薄いというのが、アナリストらの見方だ。
「セールスフォースはマーク・ベニオフが率いているから成功できるのです」とRBCキャピタルマーケッツ(RBC Capital Markets)のアナリスト、リシ・ジャルリア(Rishi Jaluria)は語る。
「ベニオフなら同社をターンアラウンドさせることもできるんじゃないでしょうか。彼に投資家らとうまくやる気があるのなら、CEOに留まって経営を続ける可能性はあります」(ジャルリア)
ジャルリアをはじめ複数のアナリストは、規格外の個性を持つベニオフの後釜を見つけるのは大変だろうとも指摘する。
「ベニオフこそセールスフォースであり、セールスフォースはベニオフそのものなのです」と話すのは、ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のアナリスト、ダン・アイブス(Dan Ives)だ。後継者計画を発表することで、強制的にベニオフを追放するのではなく、成長の次段階の兆しが見えているという安心感を投資家らに示すことが重要だとアイブスは付け加える。
重大な転換点にある今、ベニオフがいなくなれば、セールスフォースの企業カルチャーには大打撃となりかねないと、前出のモードラーも話す。
「この会社はマーク(・ベニオフ)の子どもですからね。この会社を作ったのは彼なんです。彼のビジョン、やる気、推進力があればこそ。もし彼が去ったら、顧客や従業員からはどう見られるでしょうか」(モードラー)
しかし最近、そのカルチャーが批判されている。同社のカルチャーは「オハナ(ハワイの言葉で「家族」を意味する)」という言葉に象徴されるが、従業員にお互いと会社を「オハナ」とみなすよう強いているとして、疑問の声が上がっているのだ。またベニオフは社内Slackの投稿で、パンデミック以降に従業員の生産性が低下していると指摘し、社内を動揺させた。
セールスフォースの共同CEOだったブレット・テイラー。
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2022年11月下旬にブレット・テイラーが離脱したため、セールスフォースに残る後継者候補は限られている。社内では、エイミー・ウィーバー(Amy Weaver)CFOがテイラーの後任となるのではと推測する者がいる一方で、テイラーの離脱を同社の「共同CEOモデル」の終焉と考える者もいる。
ベニオフはここ数年、事業から一歩引いており、日常の職務は2021年に共同経営者に指名されたテイラーに任せている様子だった。
「ブレットに経営を任せて、ベニオフは社の慈善活動にいっそう専念するつもりでした」と、ある元重役は語る。パンデミックの間、ベニオフはハワイから全社会議に参加し、慈善活動に関する事柄のみをベニオフから報告しているように見えた。「マークは広報担当者にしか見えませんでした」とその人物は話す。
しかし経済が下降局面に入って業績が鈍化すると、変化が起きた。「市場が厳しい今、マークは全権を握っているかのように振る舞っています」と、ベニオフに近いある人物は明かす。
セールスフォースの元共同CEO、キース・ブロック。
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ベニオフに近い情報筋によれば、元共同CEOのキース・ブロックは、ベニオフと内輪揉めを起こした末に2020年に退社した。
ベニオフはもともとブロックへの引き継ぎが完了するまでの18カ月間だけCEOに留まる予定だったが、引き継ぎは難航した。ベニオフが自分に味方するテイラーを、ブロックに相談もなしにCOO(最高執行責任者)に据えようとしたことが、とどめの一撃だった。ブロックは単独CEOとしてセールスフォースを引き継ぐ道を捨て、退任を選んだ。
ベニオフは2022年11月にテイラーの退任を発表した際、テイラーに代わる候補は誰なのかという質問に対して、テイラーのチームへの賛辞で答えた。
「当社には優秀な人が多いし、ブレットのマネジメントチームの中には数十年もともに働いてきた素晴らしい人たちがいる。それは、社内でもとりわけ有能で素晴らしい人たちだ。
みなさんは彼らの多くをよく知っていると思う。私が伝えなければならないのは、ブレットと彼の業績すべてを、この上なく誇りに思うということだ。素晴らしい仕事をしてきた他のマネジャーやリーダーたちに光を当てないこともまた、不公平だろう」
ベニオフはこれまでにコスト削減態勢で会社を経営したことがないため、そうしたやり方に前向きではないことを不安視する社内関係者もいる。
元従業員の一人は、物言う投資家らが将来、「やり手」タイプのCEOにセールスフォースの舵取りを任せたいと考える可能性もあると考えている。「コストを削減し、利益率を上げ、より実践的で、壮大なビジョンはなくともリスクは冒さないような人です」とこの人物は述べる。