「核融合とは、星(太陽のような恒星)の内部で起きている反応です。この反応で膨大なエネルギーが生まれ、だからこそ星は何十億年と光り続けることができる」
アメリカの核融合ベンチャー、Commonwealth Fusion Systems(以下、CFS)の代表を務め、プラズマ物理学の研究者でもあるボブ・マムガード氏は「核融合とはなにか?」という質問にこう返す。
City-Tech. Tokyoの核融合セッションに登壇した、3人。左からボウ・ラスキー氏(SVBキャピタル)、ボブ・マムガード氏(CFS)、世古圭氏(京都フュージョニアリング)。
撮影:三ツ村崇志
マムガード代表は、2月27日〜28日に開かれたグローバルスタートアップイベント「City-Tech.Tokyo」(シティテック東京)で来日。京都大学発で国内初の核融合ベンチャーとしても業界内で独自の立ち位置を確立している京都フュージョニアリングの世古圭氏や、SVBキャピタルのマネージングパートナーを務めるボウ・ラスキー氏と共に、未来のエネルギー源として期待される核融合の可能性を語り合った。
「コップ1杯の水で東京の年間電力を」
City-Tech.Tokyoは2月27日〜28日、東京国際フォーラムで開催された。
撮影:三ツ村崇志
CFSは2018年に創業したばかりのMIT発のスタートアップだ。2021年12月に18億ドルの資金調達を実現するなど、現在はプロトタイプの核融合炉の開発を進めている。2030年初頭には発電炉(発電システムまで含めた核融合炉)の構築を目指す計画だ。
「核融合は、持続可能な社会を実現するためのエネルギー転換において、世界を大きく変える技術です。コップ一杯の水が、東京のような都市を1年間動かす燃料になり得ます」(マムガード代表)
と、マムガード代表は核融合に対する期待度の高さを表現する。
CityTech-Tokyoで登壇する、CFSのボブ・マムガード代表。プラズマ物理学者でもある。
撮影:三ツ村崇志
核融合炉の原料である「水素」は、「水(海水)」という形で世界中に存在している。そのため、化石燃料のように資源が偏在する地政学的なリスクはないと言われている。
また、原子力発電のように長期間の保存・監視が必要になる高レベル放射性廃棄物も発生せず、再生可能エネルギーのように自然環境に応じて出力が変動することもない。
「核融合は、燃料の枯渇の心配がなく、誰もが必要なときに必要な場所で使用でき、長寿命の廃棄物も発生させずに、星と同じパワーを生み出すソリューションです。だからこそSFだとも言われてきました。しかし、数十年の間に現実的な技術になりつつあるんです」(マムガード代表)
一方で、エネルギー転換や気候危機、産業の脱炭素化など、現代に積み重なっているさまざまな課題は、特定の技術だけですべて解決できるような単純なものではないとも指摘する。
「エネルギー源を開発する際には、人々が選択できるオプションを用意する必要があります。だから、アプローチしましょう。核融合はまだ動いていません。だから、開発するんです」(マムガード代表)
「開発に時間がかかる」は、挑戦しない理由にはならない
アメリカにあるNIF(国立点火施設)の実験装置。2022年12月に、核融合反応を発生させるために投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを生成することに成功した。
画像:LLNL
期待されている技術とはいえ、核融合はつねに「数十年先の技術」と言われ続けてきた。当然、発電が可能な核融合炉として産業レベルで実用化された例はない。
今後のタイムラインについて問われたマムガード代表は「技術開発には時間がかかる」としつつ、「だからといって、無関心で良いわけではありません」と指摘。核融合炉と同じく開発に時間がかかるとされていたAIが急成長し、世界中の産業構造を変えつつある現状を例示した。
また、まだ少し先の未来ではあるが「2050年頃を目処に最初の核融合発電を実現する(原型炉を稼働させる)」という目標は着実に迫っている。
「加えて、スタートアップの中には、2030年に(発電炉を)実現すると言っている企業もある。これは10年程度の話です」(マムガード代表)
業界団体「Fusion Industry Association」(フュージョン・インダストリー・アソシエーション、FIA)が核融合炉の建設を目指す33社のスタートアップ企業を対象に実施した調査では、14社が「2031年から2035年の間」に商業炉で送電を実現すると回答している。
発電コストが経済的に見合うようになる時期についても、ほぼ同時期(2031年〜2035年)に達成するという回答が最も多かった。
2022年8月末段階での世界の核融合ベンチャーの資金調達金額。
図:編集部作成
ただ、発電できる核融合炉が実証されていないように、技術的な課題はまだ残っている。それでも、
「3年前は『核融合(の商用炉)はそもそもできるのか?』という話がなされていました。今は『いつ商用炉ができるのか』という話に変わってきた」(京都フュージョニアリング・世古氏)
と世古氏が語ったように、かつて「夢」と言われていた技術が、着実に現実のものへと近づいていることは伺える。
SVBキャピタルのボウ・ラスキー氏は、核融合分野は投資家からみても非常的に魅力的な分野だと語る。
「もし世界最大級の潜在的可能性を持つ企業を一つか二つ、作ることができれば、投資家にとって素晴らしいリスクリワードの機会があると思います。
今後、この分野でのエクイティファイナスはもっと増えていくと思います。そして実際に核融合炉の施設を建設する段階になれば、エクイティファイナンスからデットファイナスへ切り替えが始まってくるでしょう。いずれにせよ、大規模なプロジェクトファイナンスの機会が生まれると思います」(SVBキャピタル ボウ・ラスキー氏)
日本の核融合戦略の課題は
京都フュージョニアリングの世古圭氏。
撮影:三ツ村崇志
アメリカでは、民間企業にインセンティブを発生させる政府主導の支援プログラムを活用して、核融合の研究開発を加速させようとしている。これはかつてSpaceXなどに公的資金を投じることで、宇宙産業を急成長させた成功体験に基づいた施策だ。
核融合を産業化していく上で、各国の政府の関わり方は非常に大きなポイントだ。日本でもこの春を目処に、核融合に関する国家戦略の策定が進んでいる。
世古氏は、これが大きな転換期になることを期待するとしている。
「日本には技術力もエコシステムもあります。ただ、産業を主導することが得意とはいえません。政府がどうサポートして産業を作っていこうとしているのかはとても重要です。まずは政策をつくらないといけない。
また核融合だけではなくディープテック全体で日本市場をオープンにしていかなければならないとも思います。今はガラパゴスと呼ばれていますから」(世古氏)
南フランスのサン・ポール・レ・デュランスで建設中のITER(撮影:2022年4月)。
画像:ITER機構
日本はフランスで進められている核融合の国際プロジェクト「ITER計画」では、重要な役割を担う。これは国家プロジェクトとして重要である一方で、世古氏は「商業化に向けた別の道筋も探っていく必要があるのでは」とも指摘する。
マムガード代表も、
「ITERのような公的な研究プロジェクトだけではなく、スタートアップがリスクをとって研究を進められるようなインセンティブを与える戦略が必要になるでしょうね」(マムガード代表)
とスタートアップをうまく巻き込んだ施策作りが必要だと話す。
国家レベルのプロジェクトの全てをスタートアップというリスクの高い組織に賭けることは難しい。一方で、SpaceXが今や世界の宇宙産業で重要な役割を担っているように、スタートアップは産業を加速させる可能性を持っている存在でもある。
「100年前に発見された核融合反応は、科学的な側面から一つの分野として認められ、応用へと進もうとしています。私たちは、商業的な取り組みへの最初のステップを見ているんです。
コンピューターや飛行機、ワクチン開発でも同じことが起きてきました。こうなると研究は止まらず、加速していきます。なぜなら、市場があり、ニーズがあり、有用性を実証する場もあるからです」(マムガード代表)