日本発グローバルNo.1のものづくりプラットフォームを目指し、ミスミがオンライン機械部品調達サービス「meviy(メビー)」の展開を加速させている。
meviyは2023年1月に「ものづくり日本大賞」で内閣総理大臣賞を受賞したばかり。「時間戦略」を社会的使命の一つに掲げる同社は、ものづくりの現場に革命を起こすイノベーションをいかにして生み、今後どのように展開していくのか。生みの親である常務執行役員の吉田光伸氏に話を聞いた。
労働生産性低下の流れを変えられるか?
「meviy」事業を統括する吉田光伸氏(ミスミグループ本社常務執行役員ID企業体社長)。国内大手通信会社、外資系大手ソフトウェアベンダーを経て、2008年ミスミグループ本社に参画。事業責任者として国内外の事業再構築、中国事業の拡大を進め、オンライン機械部品調達サービス「meviy」を立ち上げる。2018年、meviy事業を展開する社内カンパニー「ID企業体」設立と同時に、企業体社長に就任。インターネット黎明期から一貫してデジタルを活用した新規事業の立ち上げ・事業拡大に携わってきた。
日本の強みがものづくりにあることに異論がある人はいないだろう。
日本には、世界シェア60%を超える製品・部材が270個ある(経済産業省「2019年版ものづくり白書」)。コロナ禍やウクライナ侵攻などがサプライチェーンに大打撃を与える前のデータとはいえ、アメリカの124個、中国の47個を大きく上回っている。
一方、かつての勢いを失っていることも事実だ。
日本生産性本部によると、2000年まで世界トップだった日本の製造業の労働生産性は、2020年には18位にまで後退している。生産人口の減少という構造的問題を抱え、なおかつ働き方改革待ったなしの状況でこのまま生産性が向上しなければ、日本のものづくりのプレゼンスはますます低下していくだろう。
その流れを変える力を秘めているのが、ミスミが2016年にリリースしたmeviyだ。
部品調達の時間を1000時間から80時間に短縮
ものづくりは「設計」「調達」「製造」「販売」というバリューチェーンで成り立っているが、吉田氏は「生産性向上のボトルネックは調達」と指摘する。
「設計は3DCAD、製造はロボット、販売はeコマースでデジタル化していますが、部品の調達は依然として紙とFAX。3DCADで設計した図面をわざわざ2Dの紙に落として、FAXで部品を発注しています。
図面を作成するのに部品1点につき30分~1時間。FAXで紙の図面を部品メーカーに送って見積もりの回答がくるのが約1週間、発注から納品まで2週間~1カ月。このように、調達が生産性向上のボトルネックになってしまっているのです」(吉田氏)
meviyは、機械部品(製造装置・設備に組み込まれる加工部品)の調達をデジタル化したサービスだ。
設計した3Dデータをアップロードすると、AIが形状を認識し、即時に価格と納期を回答。発注と同時に製造プログラムを自動生成して製造を開始し、最短1日で出荷となる。1000~1500点の部品で構成される工場の製造装置・設備の場合、1部品ずつ作図、見積もり、製造すると約1000時間かかるが、meviyならわずか約80時間で済む。
つまり、調達のプロセスで92%の時間を削減、別の言い方をすれば、約920時間の時間を生み出せるということだ。
「製造業のAmazonと例えられることもよくあるが、オペレーションは全く違う」と語る吉田氏。注文を受けたら倉庫にストックしてあるものを発送する方法とは異なり、meviyは受注を受けてから加工し、それを国内外の顧客に最短1日で出荷している。常識を覆す超短納期を実現できている理由について、「『裏側でどんなことをやっているんですか?』とよく聞かれますが、極めて高度な生産システムとグローバルなサプライチェーンを保有しているからです」と自信を見せる。
「私たちが本当に提供したいのは、部品ではなく時間です。新たに時間が生まれれば、早く仕事を終えて家族と豊かな時間を過ごしたり、人間にしかできない付加価値の高い仕事に時間を充てたりすることができる。お客さまにもこの『時間価値』を評価いただき、ユーザー数は10万、アップロードされた設計データ数は1100万を超えました」(吉田氏)
発想の転換が開発の突破口に
自動化によって紙の図面から解放したという点で、meviyは調達プロセスに画期的なイノベーションを起こした。
社会的インパクトのあるイノベーションは「MUST」「WANT」「CAN」の3つが重なった領域から生まれるが、ミスミの場合はどうだったのか。
まずMUST、社会的な意義だ。ものづくりのボトルネックが調達にあることは、ミスミ自身も長年、課題として認識し、社内で活発に議論していたという。
実はミスミは40年前にも、部品調達に関するイノベーションを起こしていた。「カタログ販売」だ。
前述のように、部品を調達するには毎回図面を作成して見積もりに出すことが普通だったが、ミスミは部品の規格化を進めて「カタログ販売」を開始。同時に、半製品化した部品を受注後に仕上げる生産体制を確立したことで、受注生産であっても標準2日で出荷するという短納期を実現していた。
「当初は胸ポケットに入る大きさのカタログでしたが、規格化を進めるうちに厚くなり、1冊でも片手では持てないくらいの重さになりました。今では取扱商品点数は3000万点を超えています」(吉田氏)
それでも顧客が部品調達を行う際、カタログから選べる規格品は約半分で、残りについては図面を描く必要がある。
「規格品をカタログで早く調達できても非規格品の調達に時間がかかり、全体のリードタイムは短くなっていないのです」(吉田氏)
部品調達に伴う時間をなんとか圧縮できないか——。試行錯誤を重ねるなかで、吉田氏は、従来のカタログのように、顧客に選んでもらうアプローチには限界があることを痛感したという。
「『選ぶ』から『描く』に発想を転換したんです。お客さまが自由に設計した3Dデータをそのまま活用して調達できるサービスを開発することにしました」(吉田氏)
世界中からエンジニアを集めて開発
やりたいこと=WANTも決まった。
「ところが、CAN、つまり実現する力・技術を持っていなかったんです」(吉田氏)
想定していたのは、ネットにつながれば誰でも簡単に使えるWEBシステム。WEBシステムを開発できるエンジニアは多くても、そこに3Dデータ、AI、製造といった要素が絡むと途端に難易度が上がる。まず複数のシステム開発会社に相談したが、すべて断られたという。
それでも、吉田氏は諦めなかった。
「必ずできるはずだと信じて、世界中で仲間づくりを始めました。インドに開発できるエンジニアがいると聞けば会いに行ったり、ヨーロッパの会社ならできるのではと紹介されてフランスに飛んだり。その繰り返しで、社内では“わらしべ長者作戦”と呼んでいました(笑)」(吉田氏)
そうした粘り強い取り組みが奏功し、最終的に12カ国から精鋭が集結したという。
「例えば、3DデータをWEB上でスムーズに動かすためにゲームのテクロノロジーを取り入れました。ほかにも自動運転のテクノロジーをはじめ、世界中から叡智を集めてmeviyを開発したんです」(吉田氏)
最初はたしかにCANがなかったかもしれない。しかし、ミスミはもともと部品調達に変革をもたらしたイノベーターであり、CANを獲得していく組織風土や方法論を持っていた。
それがカタログ販売に次ぐ大きなイノベーションを生むことにつながったのだ。
開発子会社を新設しグローバル展開
meviyは正式リリース後も進化を続け、毎月のように新機能を追加している。
日本の大企業は最初から完成度の高いサービスの開発を目指すことが多いが、ミスミは違う。
まずMVP(Minimum Viable Product、必要最低限の機能を搭載した製品・サービス)をリリースして、顧客の声を聞きながら改修していくという、テック企業やスタートアップでよく使われる開発手法を選択したのだ。
それでも、従業員1万2000人超の企業規模ともなれば動きが遅くなるものだが、ミスミの機動力は高い。顧客の声(Voice Of Customer)をしっかりと拾い上げ、開発・生産・販売一体で迅速に顧客への時間価値を高めていく組織風土があるからだ。
meviy事業部社会インフラ・アカウントチームの堀野真由氏はこう証言する。
meviy事業部社会インフラ・アカウントチームの堀野真由氏。meviyにはユーザー同士が情報交換できる「meviyコミュニティ」というオンライングループ機能があり、それが「製造業に携わる方々の横のつながりを生む一助になっているのでは」と語った。
「全く別の業種から転職してきたのですが、入社してミスミのスピード感に驚きました。例えば、お客さまから要望をいただいても『善処します』と答えて終わってしまうことがよくあると思うんです。
でも、ミスミは違う。『時間価値』を重視している会社なので、私たち営業から開発に直ちに伝え、実現できることはすぐ対応。すぐできないものについても、その後の対応状況を営業担当者が把握できるので、お客さまにもすぐお伝えします。スピーディに最善を尽くす風土が、サービスにも反映されています」(堀野氏)
そうしたスピード感をさらに加速させるため、ミスミは2022年10月に新たな一手を打った。meviy専用のIT子会社「DTダイナミクス」を設立したのだ。背景にあるのは、グローバル展開だ。
meviyは2021年に欧州、2022年に北米でもサービスの提供を開始。2023年度中には中国とアジアでも展開する計画で、日本を含めて世界5極体制を目指している。
成功の鍵は、各国のユーザーの声をいかに速く価値に変えていけるか。そのために開発専用会社を設立し、さらなるスピードアップを図っていく。
DTダイナミクスのmeviy開発部にジョインしたエンジニアのクリス・マロス氏は、新組織のスピード感についてこう明かす。
DTダイナミクスのmeviy開発部 GDevOps担当ディレクター、クリス・マロス氏。外資系企業から転職したマロス氏はミスミと出会い、日系企業のイメージがガラッと変わったという。「会議もみんなハキハキ話してタイムリーに終わるのでうれしいですね(笑)」。
「前職は外資系でしたので、正直『日本企業はないな』と思っていたんです(苦笑)。でも、吉田さんをはじめミスミの人に会って話を聞くと、どうも日本企業らしくない。話せば話すほど、どんどん興味が湧いてきました。
実際、入社してみても、みんな起業家っぽくて話が早い。とても刺激的でチャレンジングな環境で、自分の成長にもつながると期待しています」(マロス氏)
サービス、組織ともに進化を続けているmeviy。本格的なグローバル展開に向けた勝算を、吉田氏は次のように語ってくれた。
「ものづくりの課題は世界に共通しています。その中でお客さまのこだわりがもっとも強く、難しい市場と言われているのが日本です。日本で受け入れられたなら、世界のどこに行っても通用するでしょう。
世界の壁は高いですが、BtoBかつ製造業では日本に一日の長がある。日本発のグローバルNo.1をぜひ実現したいですね」(吉田氏)