中国では2016年に一人っ子政策を廃止したが、その後も出生数の減少が止まらない。
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中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)が3月5日に開幕した。習近平政権3期目入りに伴う人事の刷新や、ゼロコロナ政策で傷んだ経済の再建に国内外から関心が寄せられているが、国民が注目しているのは国の一大事に急浮上した人口減をめぐる議論だ。全人代代表や政治助言機関である中国人民政治協商会議(政協)委員が提案する少子化対策が、全人代開幕前からSNSで何度もトレンド入りしている。
猛スピードで進む少子高齢化
中国は2022年の人口が61年ぶりに前年割れし、人口減時代に突入した。2023年はインドに抜かれ、人口世界一の座から転落しそうだ。
1970年代に一人っ子政策を導入した中国は、高齢化が進み社会保障費の増大や労働力不足の懸念が大きくなったことから、2016年に同政策を廃止した。
政府は当時「政策見直しによって(2015年に1655万人だった)出生数は2000万人に増える」と試算し、実際に2016年の出生数は1786万人に増え1999年以来の高水準となった。当局は「これから政策転換の効果が本格的に表れる」と楽観視していたが、政策効果はわずか1年で消え、2017年は1723万人、2018年は1523万人、2019年は1465万人と出生数は再び減少に転じた。
各年2000万人以上が生まれた中国版「団塊世代」(1963~1975年生まれ)の大量退職が2023年に始まり、高齢化と労働力不足も想定以上のスピードで進む可能性が高い。
追い込まれた政府は2021年に第3子の出産を「容認」したが、その後も出生数減少に歯止めがかからず、2022年の出生数は956万人と前年から107万人減少した。1000万人を下回ったのは1949年の建国以来で初めてだ。
学生結婚・出産提言で炎上
3人目の出産が容認された2021年、国営通信社新華社がウェイボでアンケートを行ったところ、「3人目は考えられない」という回答が圧倒的多数だった。
新華社のウェイボより
「2000万人に増える」と予想していた出生数が、コロナ禍の影響があるにせよ2022年には1000万人を割った。危機感を高めた政府は2021年夏、経済的インセンティブを付与する「改正人口・計画出産法」を施行し、出産の「容認」から「奨励」に転じている。
法改正をきっかけに、地方政府は次々に独自の子育て支援策を導入した。北京市は第3子出産時の産休を延長し、複数の省が3人目出産にかかる医療費や手当を支援すると決定した。この1年で2人目以降の子どもに育児手当を支給する地方政府も増えている。
両会(全人代と政協)で初めて少子化がクローズアップされたのは2022年だ。だが、政治家の提言はことごとく炎上した。
政協委員で弁護士の謝文敏氏は、産休の分割取得や男性の育休拡大に加え、2人目以降の子どもを対象にした育児手当の創設を提言したが、女性たちから「1人を産む余裕もない」「2、3人産んだらキャリアが途絶える」と反発を浴びた。謝氏が提案した「育休延長」「男性の育休取得」「育児手当」は日本でも段階的に導入されているが、一人っ子政策が長かった中国では、政治家が「産めよ殖やせよ」と言うことに「手のひら返しだ」との拒否感が強い。
全人代代表で経営者の周燕芳氏による「大学院生の結婚と出産を奨励する」提案は、SNSのウェイボ(微博)で5万件を超えるリプライが寄せられ、ほとんどが批判だった。
中国は学歴社会が苛烈で初任給や生涯年収にも大きな差が生じる。加えて「男性に比べて不利」と考える女性の方が学歴を追求する傾向があり、大学院進学率も高い。それが当事者の晩婚に直結し、親にとっては教育費の負担になっている。周氏が提案した「大学院在学中の出産奨励」は、キャリア志向の高い女性に子育てをしてもらおうという発想だが、「女に死ねというのか」「学生結婚・出産となったら、生活費はどうするの」と大炎上した。
「残業が家庭に悪影響」共感広がる
3月5日に全人代が開幕した。国民の関心事は、政治家が提言する少子化対策に集中している。
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炎上した2人の政治家はいずれも女性だった。一人っ子政策が廃止されたとき、世間は「少子化の流れは止まらないだろう」と冷ややかだった。政策決定者と一般国民の意識の乖離が大きく、世代間ギャップも小さくないのは日本も同じだが、自らも一人っ子として育ち、きょうだいのいる生活が想像できない世代が出産適齢期を迎えている中国の方が、より深刻だ。
ただ今年の両会では、現実を直視し当事者の気持ちに寄り添う提言が増え、SNSでも共感が広がっている。最初にトレンド入りしたのは、女性作家で以前から夫婦関係や育児に関する政策提言を続けてきた政協委員の蒋勝男氏の発言だ。
蒋氏は「996が出生率減少の大きな原因」と指摘した。996は「午前9時から午後9時まで週6日働く」ことを意味し、IT業界の長時間労働の比喩として5年ほど前に流行語になった。蒋氏はIT、金融、製造業で常態化する長時間労働が労働者の心身や家庭生活に悪影響を及ぼし、結婚と出産の余裕をなくすと主張し、残業の法規制を求めた。
996と出生数減少を結びつける指摘は、以前からSNSやブログでよく見られた。日本の総合商社・伊藤忠が2013年度に朝方勤務制度を導入して女性社員の出生率が2倍に上がったと公表しているのを見ても、無関係ではないのだろう。
従来のように一方的に政策を提言するのではなく、当事者の声をすくい上げた点も、蒋氏の提言が共感された理由かもしれない。
「産みたくても産めない人」に支援を
地方政府はさまざまな優遇策を導入しているが、全体的な視点に欠けるとの指摘も。
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人口学分野の研究者で政協委員の呉瑞君氏は、出産しない女性を「産みたくない女性」「産みたくても産めない女性」に分けて論じるべきだと主張した。
「産みたくない女性」に産んでもらうのは短期的には難しく、経済的な事情や、サポート体制のなさなどを理由に「産みたくても産めない低所得家庭」を照準に公共サービスを拡充するべきというのが呉氏の考え方だ。
前述したように、中国政府が3人目出産を認めて以降、地方政府は「2人目、3人目の子ども」に対する手当や優遇策を次々に導入しているが、呉氏は「制度設計の全体的な視点、体系性がない。結婚・出産・育児・教育を一体的に考え、関係部門が協力するべきだ」と提言した。
呉氏の提言には、「大学で『恋愛結婚と家庭』などのカリキュラムを新設し、適齢期の青少年に結婚を奨励する」「未婚での出産をサポートする(奨励はしない)」「子育てを支援する企業に融資や税金で優遇する」「男性に育休の3分の1以上を強制的に取らせる」など、日本以上に急進的な内容も含まれるが、手当を支給したところでどうにかなるものではないという現実直視の反映にも見える。
2人目、3人目の出産に地方政府のインセンティブが増えていることについては、政協委員で中国人口発展研究センターの賀丹主任も「少子化の原因はそもそも子どもを産まないことなので、1人目の出産をサポートするべきだ。一部の地域では2~3人の子を持つ家庭にインセンティブを与えているが、1人目を無視するべきではない」と釘を刺した。
日本では政府が「次元の異なる少子化対策」を宣言し、韓国は2022年の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産むと見込まれる子どもの数)が0.78に落ち込んだ。人口爆発を抑えようと産児制限を続けてきた中国でさえも少子高齢化に苦しむようになり、それぞれの国だけでなく東アジア地域の地盤低下をもたらす深刻な問題になりつつある。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。