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「ロシア情勢」を軸に世界がトルコ大統領選に注目する理由。大地震被災でも「実施」に踏み切る

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トルコ・シリア大地震によって倒壊した住宅のビルの前を歩く女性たち(2月28日)。

REUTERS/Jonathan Spicer

2月6日に発生したトルコ・シリア大地震から1カ月以上が経過した。死者数が5万2000人を超える、大変痛ましい惨事となった。この事態を受けて延期される観測が高まったトルコの国政選挙(大統領選と議会選のダブル選挙)だが、予定どおり5月14日に実施される運びとなった。トルコの国政選挙は2018年6月以来、5年ぶりだ。

ヨーロッパと中東を結ぶ位置に存在する地域大国であるトルコの国政選挙の結果は、周辺の地域にも大きな影響を与えるため、常に世界的な注目が集まる。とはいえ、今回は殊更、注目度が高い選挙となっている。

なぜなら、ロシアとウクライナの情勢に大きく関わるためだ。

最大の争点は「エルドアン大統領が続投するか」

2020年1月、トルコのイスタンブールにて、パイプライン「タークストリーム」の正式発足を記念する式典に出席したエルドアン大統領(右)

2020年1月、トルコのイスタンブールにて、パイプライン「タークストリーム」の正式発足を記念する式典に出席したエルドアン大統領(右)。プーチン大統領との距離の近さに両国の関係性がうかがえる。

REUTERS/Umit Bektas

最大の争点は、エルドアン大統領が続投するかどうかにある。

エルドアン氏は2003年3月、トルコの第59代の首相に就任した。2014年まで首相を3期務めた後、2014年からはトルコの第12代大統領を2期務めている。エルドアン氏は20年にわたり、トルコの政治を担ってきたわけだ。

エルドアン氏の政権運営は、首相時代は比較的堅実だった。しかし大統領就任の頃から徐々に独裁色を強め、2016年には大統領に反発する軍隊によるクーデター未遂事件を招くことになった。その後2017年には憲法改正を通じて大統領の権限の強化に成功、2018年の国政選挙も乗り越え、独裁色を一段と強めるようになった。

しかし、その後のトルコ経済は、エルドアン氏の下で大混乱に陥る。輸入依存度が高いトルコ経済は、もともとインフレ圧力が強い。そのため高金利政策を維持し、通貨を安定させなければならない。にもかかわらず、エルドアン氏は、低金利こそが物価の安定につながるという独自の理論を展開し、中銀に圧力をかけた。

通貨リラ「5年弱で価値が5分の1」に

高インフレにもかかわらず低金利を強いるという歪な経済運営の帰結は、通貨の暴落として現れた。トルコの通貨リラの対ドルレートは、2018年から2022年中までの間に、1ドル3リラ台後半から、18ドル台後半と5倍近く下落した(図表)。同時に、消費者物価は3.8倍まで上昇、国民生活に重い犠牲を強いる結果になった。

エルドアン氏が高インフレにもかかわらず低金利を重視する大きな理由に、自身の支持母体である建設業者への配慮があるといわれている。建設業者にとっては、低金利であれば資金調達が容易になるため、建設工事がしやすくなる。それに高インフレで不動産価格が上昇することも、建設業者にとって好都合といえる。

こうした建設業者とエルドアン氏の関係の近さは、国民の間で広く知られるところだ。

2月6日に発生した大地震で倒壊した建物の多くが「手抜き工事」とされ、国民の怒りの矛先が自身に向かうことを避けるため、エルドアン政権は建設業者の責任者の多くを逮捕・拘束した。が、政権に対する批判は止むことがなかった。

トルコの通貨と物価

(出所)トルコ中央銀行、トルコ統計局

こうした状況に鑑みれば、5月のトルコの総選挙でエルドアン氏は敗北必至となりそうだが、そうでもなさそうな点がトルコの政治の難しさだ。エルドアン氏と与党・公正発展党(AKP)の根強い支持者は農村部の保守層に多く、その支持基盤は盤石だ。一方、最大野党・共和人民党(CHP)は、人材難に喘いでいる。

大統領選の野党統一候補は、当初はイスタンブールのイマモール市長が有力視されたが、結局CHPのクルチダルオール党首が選ばれた。クルチダルオール党首は74歳と、69歳のエルドアン氏よりも高齢であり、カリスマ性に欠ける。選挙戦は接戦が予想され、エルドアン氏が続投する可能性も出てきた。

エルドアン大統領の「続投」はロシア=ウクライナ情勢に影響する

被災したアンタキヤを訪問するエルドアン大統領と、民族主義者行動党(MHP)のデヴレト・バーチェリ党首(左から3人目)

被災したアンタキヤを訪問するエルドアン大統領と、民族主義者行動党(MHP)のバーチェリ党首(左から3人目)。2月20日撮影。

Murat Cetinmuhurdar/Presidential Press Office/Handout via REUTERS

「通貨下落と物価上昇に拍車をかけ、国民生活に重い負担をもたらした」という経済的な側面だけを評価するなら、エルドアン氏が敗北したほうがトルコの国民にとっていいのだろう。

他方で、国際関係という観点から評価すると、少なくとも現段階でエルドアン氏が敗北することは、望ましくない結果になりかねない。

エルドアン氏は、ロシアのプーチン大統領と個人的な友好関係にある。同時に、エルドアン氏はウクライナのゼレンスキー大統領とも通じている。ロシアとウクライナが交戦状態となって以降、トルコは国連とともに、停戦に向けてロシアとウクライナの双方に掛け合ってきた経緯がある。

シリア情勢を巡って、トルコとロシアは協力関係にある。またトルコは化石燃料の純輸入国だが、その多くをロシアに依存している。他方で、トルコは穀物や油脂の多くをウクライナから輸入している。長引く戦争でロシアとウクライナの双方が摩耗していくことは、トルコの経済や国際関係にとっても、決して好ましいことではない。

欧米とロシアが双方で対決姿勢を強めている以上、仲介役を担うことができる数少ない地域大国がトルコであることは、間違いのない事実だ。

その担い手が、トルコ国民の生活に大きな犠牲を強いてきたとはいえ、プーチン大統領とゼレンスキー大統領の両者に通じているエルドアン氏であることに越したことはない。

仮にCHPのクルチダルオール党首が大統領に就任した場合、エルドアン氏に比べると親欧米寄りの政権運営となる可能性が高い。そうなれば、ロシアとウクライナの仲介者としての役割をトルコに期待することができなくなる。

トルコの内外事情が複雑に交錯している点が、今回の国政選挙のこれまでにない難しさだ。

注目されるトルコ国民の選択

最大野党・共和人民党(CHP)のケマル・クルチダルオール党首。野党統一候補。トルコ・アンカラでの野党連合会議後にメディアに語りかける一幕(3月6日)。

最大野党・共和人民党(CHP)のクルチダルオール党首。野党統一候補。トルコ・アンカラでの野党連合会議後にメディアに語りかける一幕(3月6日)。

REUTERS/Cagla Gurdogan

エルドアン氏が続投となった場合、引き続き低金利政策が維持され、最低賃金の引上げに代表されるバラマキ政策が継続されるだろう。そのため高インフレに歯止めがかからず、通貨も下落が続くことになる。そして通貨の下落が、物価の上昇に拍車をかけるというこれまでの悪循環が、今後も続くことになると予想される。

2019年3月に実施された地方選の結果、トルコの三大都市(アンカラ、イスタンブール、イズミル)の市長は、全て最大野党CHPの出身者が務めるに至った。このように、都市部ではエルドアン離れが着実に進んだ。問われているのは、支持者が多い農村部で有権者が、5月の国政選挙でどのような選択を下すかということに他ならない。

繰り返しとなるが、今回のトルコの国政選挙の結果は、その結果次第で、ロシアとウクライナの問題に大きな影響を及ぼす可能性があることにも注意したいところだ。

両国間で停戦に向けた動きが依然として見通せないからこそ、仲介役を担うことができるトルコの政権選択選挙の行く末には、世界中が注目しているのである。

(※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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