ドル円相場は最近、2022年11月以来の137円台まで円安が進んでいる。この後どんな展開が待ち受けているのか(画像は1月半ばのもの)。
REUTERS/Issei Kato
米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げペースを再加速するとの見方が出てきたこともあり、ドル/円相場で円安・ドル高が進んでいる。
過去の寄稿でも繰り返し論じてきたように、筆者は日本が近年直面する経常収支など対外経済部門の変調を憂いており、その点を踏まえ、FRBの政策判断をはじめとする金利の動向(具体的には日米の金利差拡大)だけでなく、(貿易赤字拡大による円売り需要の増加など)需給の動向にも等しく目を配る必要があると考えている。
その文脈で言えば、財務省が3月8日に発表した1月の国際収支統計はかなり考えさせられる内容だった。
経常収支は現行の統計開始以来、最大となる1兆9766億円の赤字を記録した。先に(2月16日)発表された貿易収支が、単月として比較可能な1979年以降で最大となる3兆4966億円の赤字だったことから、経常収支の大幅赤字にも特に意外感はなかった。もともと赤字が拡大しやすい1月の季節性を割り引く必要もある【図表1】。
【図表1】日本の経常収支(月次)の推移。
出所:財務省資料より筆者作成
ただ、気になるのはこの流れが1年前の相場を彷彿(ほうふつ)とさせることだ。
ちょうど1年前、世界的に原油や天然ガスなど資源高が進む中で、2022年1月の経常収支が史上2番目の赤字幅を記録した際、筆者は寄稿(2022年3月10日付)して次のように指摘した。少し長くなるが自己引用しておきたい。
世界最悪の政府債務残高を抱える日本の国債や円が、これまで暴落論と距離をとることができた背景には、巨大な経常黒字とその蓄積に相当する対外純資産(=日本の企業や政府、個人が海外に持つ資産から負債を引いた残高)の存在があった。
それは円という通貨の「お守り」であったし、「最後の砦」でもあった。
だが、第一次所得収支の黒字だけでは貿易赤字を相殺できなくなり、足元で火がついた資源高にけん引されて経常赤字が常態化する展開になれば、円相場の動揺は避けられないだろう。
現在が「成熟した債権国」から「債権取り崩し国」への過渡期なのだとしたら、もはや円高を懸念することすら滑稽な時代に突入してしまったと言わざるを得ない。
こうした筆者の立場に対して、経常収支の悪化は(資源高による)一時的なものであり、ある種の「構造的な円安」まで懸念するのは行きすぎとの反論も多く寄せられた。
しかし、現実はどうなったか。
経常赤字が「常態化した」とまで言える現実はないものの、2022年1月分の国際収支統計発表(3月8日)以降、114円前後で推移していたドル/円相場は7カ月かけて152円付近まで円安が進んだ。
日米金利差の拡大をもってこの動きを説明しようとする論陣がいまだに支配的だが、それだけでこれほどの動きを整理するのは乱暴に思う。筆者は、経常収支の構造変化という需給環境の激変が円安を後押しした可能性が相当高いと考えている。
少なくとも1年前、翌年同月(2023年1月)の経常収支が史上最大の赤字を記録すると予想していた人は決して多くなく、「まあ一時的な赤字だろう」といった楽観的空気のほうが強かったように思う。
2022年の統計から読み取れる「4つの事実」
1年前の相場の流れに酷似しているとは言え、統計で示されたのはわずか1カ月分にすぎず、それだけを手がかりに2023年全体を占うのは強引すぎると言われそうだ。
ただし、2022年通年の国際収支統計を踏まえると、少なくとも以下の4点は、2023年の基調を見通すための材料として確度の高い事実と言える。
- 貿易赤字の水準が切り上がった
- 「第一次所得収支」の黒字は円安の歯止めにならない
- 「旅行収支」の黒字は数少ない外貨獲得経路
- 「その他サービス収支」の赤字は拡大基調
1は多くの議論を要しない。
2017~2019年の平均原油価格は1バレル58ドル程度だったが、過去1年の平均価格は91ドルと6割弱上昇した。その原油をはじめとする鉱物性燃料が輸入額の25%を占める現実がある以上、構造的に貿易赤字が拡大するのは当然で、それは言い換えれば円売り需要が高まっている状態と言える。
2は、2022年通年で経常黒字が11兆4432億円積み上がったにもかかわらず、史上最も円安が進んだ事実から類推できる。
2022年の経常収支の内訳を見ると、「貿易・サービス収支」は現行の統計開始以来で最大となる21兆円超の赤字だった。
その一方で、海外投資(海外に保有する金融債権などの資産)から得た利子や配当金が歴史的な円安で膨らみ、「第一次所得収支」の黒字は史上初めて30兆円を突破し、35兆円超まで拡大した。
結果として11兆円超の経常黒字が実現したわけだが、それでも152円付近までの円安を押し止めることはできなかった。
第一次所得収支の黒字は、海外で外貨を稼いでそれがそのまま海外に滞留するだけなので、円買い需要の積み上げ(つまり円高の促進)につながらないことがあらためて示された形だ。
1と2が示す厳しい国際収支の状況を考えると、3の外貨獲得経路としての旅行収支黒字が一定の存在感を示していることは朗報と言える。
とは言え、過去のピーク時でも約2.7兆円(2019年)という規模感の旅行収支黒字が、経常収支の構造を根底から変容させる展開を想像するのはさすがに無理がある。
さて、こうやって2022年の国際収支統計から読み取れる1から3の事実を確認すると、いずれも2023年に根本的あるいは急激に事態が変化するとは考えられないことが分かる。そうだとすれば、1年前と同じように円安が進む展開が待ち受けている可能性を否定できなくなる。
さらに、今後注目されるのが、4の「その他サービス収支」赤字拡大の動向だ。
サービス収支は「旅行」「輸送」「その他サービス」という3種類の収支で構成される。最後のその他サービス収支は2022年に5兆1451億円の赤字を記録し、統計開始以来の最大赤字幅を更新した。
このままだと、2022年に4360億円の黒字にとどまった旅行収支がピーク時の約2.7兆円まで回復したとしても、その他サービス収支の赤字を半分埋める程度にしかならない。
前回寄稿(2月10日付)でも詳述したが、その他サービス収支赤字の内訳としては、巨大IT企業が展開するクラウドサービスへの支払いなどを含む「通信・コンピュータ・情報サービス」や、名称通り研究開発にかかるサービス取引を含む「研究開発サービス」、ウェブサイトの広告スペースを売買する取引やスポーツ大会のスポンサー料などが計上される「専門・経営コンサルティングサービス」が大きい割合を占める。
クラウドサービスや研究開発、ネット広告の売買など、欧米諸国が強く、日本が弱いと指摘されてきた分野における勝敗が、国際収支の数字を通じてはっきりと確認できるようになってきたのが、最近の国際収支統計の特徴でもある【図表2】。
【図表2】「その他サービス収支」およびその内訳の推移。
出所:日本銀行資料より筆者作成
国産のクラウドサービスがアマゾンやマイクロソフトのシェアを奪って世界市場を席巻する展開を想像するのは自由だが、筆者には実現しそうな未来とは思えない。グーグルやメタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)らのネット広告市場における圧倒的なポジションを日本企業が逆転する展開も、同じように容易には想像しがたい。
そう考えると、その他サービス収支は今後も大きな赤字要因であり続ける公算が大きい。
筆者が1年前に指摘したように、日本が成熟した債権国から債権取り崩し国へと移行していく将来があるとすれば、その時は貿易・サービス収支赤字が第一次所得収支黒字を上回る構図になる可能性が高い。
上述したようなその他サービス収支赤字の積み重なりは、そうした構図の実現に加担することになるだろう。
さて、2022年末からの各種調査を見る限り、為替市場参加者のほとんどは2023年のドル/円相場について「円高への揺り戻し」を見込んでいる。
アメリカの利上げサイクル終了を当て込んだ予想と思われるが、本稿で説明したような需給環境の大きな変容を踏まえ、筆者はそうした円高予想から距離を取りたいと思っている。
少なくとも、日本がかつてのように慢性的な円高に悩む国ではなくなったのは、一定の事実と言えるだろう。それは国家としての発展段階が少しずつ変わろうとしていることを示唆するのではないか。