細胞の顕微鏡写真(左)とマウス(右)。
K. Hayashi/Kyushu University
- 2匹の雄のマウスから子どもが生まれた。
- 研究者はオスの細胞から卵子を作ったと学会で述べている。
- この研究は非常に初期的な段階にあるが、同性パートナーが生物学的な子供を持つことができるという希望を抱かせるものとなっている。
科学者たちは、2匹の父親を持つマウスを作り出したと主張している。この画期的な成果は、いつの日か人間でも再現されるかもしれない。
大阪大学の林克彦教授は、2023年3月8日に開催されたヒトゲノム編集に関する国際サミットで、雄の細胞の染色体をXYからXXに変えたことが、画期的な発見につながったと語った。
そして、XXという雌の染色体を持つようになった細胞から卵母細胞を作り、卵子にまで発達させた。それを受精させて、2匹の生物学的な父親を持つ7匹のマウスを作り出した。
この発見は、まだ他の科学者による実証が行われておらず、開発の初期段階にある。それでももし実証されれば、いつの日か同性カップルが自分たちの実子を持てるようになるかもしれない。
皮膚細胞を雄から雌に変えてできた卵
細胞は柔軟で、適切な刺激によってあるタイプから別のタイプの細胞へと変化させられることが分かっている。
卵子を作るために、科学者たちはXとYの染色体を持つ雄のマウスの皮膚細胞を「多能性幹細胞(どんな種類の細胞にも変化できる細胞)」に変化するようにプログラムし直した。
顕微鏡で見たヒト幹細胞のコロニー。
REUTERS/Alan Trounson/California Institute for Regenerative Medicine/Handout
つまり細胞内のY染色体を取り除き、X染色体を複製して2本のX染色体を持つ細胞に変え、それを卵子にまで発達させたのだ。
「この研究で最も難しかったのは、X染色体を複製することだった。X染色体を複製するシステムの確立には本当に苦労した」と林教授はガーディアンに語っている。
この技術によって生まれた7匹のマウスの子は、健康そうだったと科学者は述べている。
この技術は10年以内に人間に適用される?
この技術が人間に安全に適用できるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
マウスは人間とかけ離れている。さらにマウスでも受精卵の質はあまり良くない。100個の受精卵のうち、子の誕生につながったのは1個だけだったと林教授はBBCに語っている。
それでも林は楽観的だ。純粋に技術的な観点からすれば、人間の男性の細胞から卵子を作ることは「10年以内に可能」と予測している。
林はBBCの取材に対し、この技術が将来、あらゆる性別の同性パートナーシップに不妊治療の選択肢を提供できるようになることを望んでいると語った。また、この技術は、2本のX染色体のうち1本のX染色体に遺伝的な問題があり、子どもを持てない女性の助けになる可能性もあるという。
ただし、まずは人間に適用しても安全かどうか証明される必要があると注意を促した。
「技術的には可能だ。ただ現段階では、それが安全なのか、社会的に受け入れられるかどうかは分からない」と林は言う。
今回の研究に関わってはいないハーバード大学医学部の学部長ジョージ・デイリー(George Daley)は、この研究は「魅力的」で「刺激的」だが、この技術がすぐに人間の細胞に適用できるかどうかは分からないとBBCに語った。
人間の生殖細胞は非常に複雑で、マウスの細胞よりも分かっていないことがはるかに多い。そのため、この技術を不妊治療として人間に適用できるようになるには、長い道のりが待っている。
今回の研究は成功する見込みが大きいが、2匹の雄からマウスが生まれたのは初めてのことではない。2010年の研究でも成功している。だがその時の手法ではより多くの手順や胚の操作が必要で、機能する卵子を作ることはできなかった。ガーディアンによると、林のアプローチはもっと簡単なものだったという。
林は2016年にも同じ手法で2匹の母親を持つマウスを作っている。この時の論文から7年経った今も、人間の女性の皮膚細胞から機能する卵子を作ることはできていない。
中国科学院の王皓毅教授はBBCに「科学者は絶対にできないとは決して言わない。原理的にはマウスでできているのだから、もちろん人間でも可能かもしれない」と述べている。しかし「多くの課題が待ち受けていることが予想でき、その状態が何年続くのかどうかは分からない」とも述べた。
可能かもしれないが、倫理的にどうなのか
もしこの技術が人間に適用できるまで発展するとしたら、それによって子どもを作ることを認めるかどうかは、社会の判断に委ねられることになる。
生殖細胞系列の遺伝子編集を人間に使うことは、科学者が操作したDNAの変化が、子ども自身の子孫に受け継がれることであり、科学者が決して超えてはいけないレッドラインだとされている。
2019年に中国の遺伝子学者、賀建奎がその一線を越えて、遺伝子編集により2人の赤ちゃんを誕生させたと発表したとき、彼は国際的に非難され、中国で実刑判決を言い渡された。
それでも、林の研究が人間の生殖に新たな可能性を開くことができれば、将来的にその技術の適用について検討が行われるかもしれない。