バイデン大統領と握手を交わすマッカーシー下院議長。たび重なる再投票の末に下院議長が選出されるという波乱の船出となった(2023年2月7日、一般教書演説にて)。
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共和党が下院での多数派を奪還した新しい議会が始まって2カ月が経った。上下両院がねじれたことで、やはり予想されたように強硬な動きが共和党側から出ている。特に、共和党内超保守の「自由議連(フリーダム・コーカス)」の躍進は、今後のアメリカ政治の流れだけでなく、日本を含む国際社会に大きな影響を与えそうだ。
「分断化」象徴する危ういバランス
まず、ここまでの動きを少し振り返ってみたい。
2022年秋のアメリカ中間選挙では共和党が下院での多数派を奪還し、その選挙結果を受けて新しい議会の会期が今年1月初めにスタートした。議会は2年に一度行われる下院の改選ごとに番号が振られ、今回は「118議会」だ。
第118議会の上下両院の構成は、分極化の時代を象徴するかのようだ。
上院(100定員)は民主党50議席(統一会派の無党派2議員を含む)、共和党49議席、無党派(前民主党)1議席と極めて拮抗しているが、50対50のタイとなった場合、形の上では上院議長でもあるハリス副大統領が1票を投じるため、上院は民主党が多数派である。
ただ、1議席で法案の雌雄が決まる状況は前の2年間(民主党50議席〔統一会派2議員を含む〕、共和党50議席)とほぼ変わらない。
下院(435定員)のほうは共和党が222議席、民主党が213議席と共和党が多数派となっている。ただ、9議席差といっても2大政党であるため、法案投票では共和党側が5人離反し、民主党側についたとしたら、結果が変わる。前の2年間は民主党が多数派だったが、途中欠員があったもののほぼ10議席内での差だったため、こちらもほぼ両党の差がない状況が続く。
上下両院で民主党と共和党がこれだけの僅差で競っている議会構成は、両党の2大政党制となった1850年代から170年近い歴史の中でも1度しかない。それは民主党が優位だった時代に冷戦への対応を訴えた共和党が善戦し、超僅差に持ち込んだアイゼンハワー政権(共和党)当時の、1953年から2年間の第83議会(上院では1議席、下院では10議席以内)だ。
ただ、その時代は分極化以前であり、両党の対立は今に比べるとかなり緩やかだった。党派を超えた妥協も常にあった。現在の第118議会の「激しい対立」+「超僅差」は、歴史上、未曾有の事態だ。
100年ぶりの再選挙
第118議会は開始早々でこの「超僅差」が大きな問題を生む。
下院のほうは2年ごとの議会の開始に伴い、投票で議長を選ぶ(上院のほうは上述のように副大統領が議長となる)。「選ぶ」といっても、いつもは極めて形式的なものだ。それまで多数派党だったなら下院議長を務めていた議員が議長に再選される。それまで少数派党だったら、党内トップの院内総務だった議員が下院議長になる。
第118議会の場合も議会開始日の1月3日に、それまで少数派党だった共和党の院内総務だったマッカーシーが下院議長に問題なく選出されるはずだった。
しかし、ふたを開けたら状況は大きく異なっていた。
共和党内で最も保守的な態度を貫いている45人の自由議連のうち、19人がマッカーシー以外に投票し、1923年以来100年ぶりの再選挙に突入したためだ。
マッカーシーの議長選出に反対した(左から)ビッグス、ペリー、ゲーツの各議員。みな自由議連の中でも最も強硬派で、トランプ支持といわれる「MAGA Squad(MAGA分隊)」のメンバーだ(2023年1月4日、下院議長選挙2日目の様子)。
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民主党は自党のジェフリーズ院内総務に全員が投票した(投票当時欠員1だったため、民主党は212議員)。共和党側は222議席あるため、5人までは離反してもマッカーシーが選ばれるはずだったのだが、それ以上の19人が反旗を翻した。
マッカーシーに入れなかった理由は、「マッカーシーは既存のエスタブリッシュメント勢力に取り込まれた役立たずの政治家」「アメリカ第一主義を貫く本当の保守が必要だ」というものだった。
トランプによる異例の救済
自由議連の主張の多くは、他の共和党議員と大きくは変わらない。多様性や移民に反対し、妊娠中絶に否定的な福音派の意見を重視し、徹底した予算削減を訴える小さな政府支持者である。掲げている「アメリカ第一主義」も共和党議員の多くが共有する。
ただ、他の共和党議員と異なるところは徹底してポピュリスト的である点だ。エキセントリックなまでに、支持者に向けて自分たちの主張を声高に主張する。
どこかで見たやり方だ。
ドナルド・トランプそのものである。
自由議連所属議員の行動原理の中心にはトランプへの忠誠心がある。「アメリカ第一主義を貫く本当の保守」というのは、トランプに他ならない。
ポピュリスト的であるため、支持者に強く主張を見せようとすればするほど、自由議連の議員にとって妥協は難しくなる。議長選出の投票は1月3日に3度繰り返されたが終わらず、3度目にはマッカーシーに票を投じていた自由議連の議員1人が反対に回ったため、反対派20票と逆に増えてしまった。
2日目(1月4日)に3度、3日目(1日5日)に5度それぞれ投票は続けられたが、反対20票は変わらなかった。途中からは下院議員でないトランプに投票する議員すら現れた(規則上は下院議員でない人物に投票することも可能である)。
この段階で動いたのが、自由議連が信奉するトランプだった。
マッカーシーはトランプと良好な関係を築いていた(2020年1月29日撮影)。
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トランプにとって自分が大統領だった後半の2年間は、共和党の下院トップはマッカーシーだった。そのため、関係は悪くない。「私のケビン(マイ・ケビン)」と常に呼びかけていたほど親密だった。
そのマッカーシーを救うため、トランプは自身のSNSでのマッカーシー支持だけでなく、マッカーシーに対して反対している何人かの自由議連所属議員に個人的に電話し、翻意を促した。マッカーシー自身や側近も自由議連との妥協を図った。
その結果、4日目(1月6日)にはようやくこの日3回目の投票でマッカーシーへの投票は4票伸びて216票となった。ただ、それでも過半数を超えなかった。続く4回目の投票では、6人が投票の分母から抜かれる「出席票」という棄権票を出すことで、マッカーシーはかろうじて過半数票を確保し、議長に選出された。
異例中の異例の議長選挙はこうして幕を閉じた。4日間、計15回も下院議長選挙が繰り返されたのは163年ぶりだった。163年前といえば1860年、南北戦争(1861〜1865年)開始直前の大混乱時だ。
すぐに決まらなかった分、トランプの影響力の低下を指摘する声もある。ただ、トランプは2024年の大統領選挙には出馬しているが、現職ではない。そもそも行政府のトップだった大統領が立法府の議会の選挙に口をはさむようなことはありえない。日本でいう「派閥の領袖」のような制度や慣習はないため、トランプが異例の救済をしたとみた方がいいだろう。
中絶規制強化に移民排斥…力を持ち始めた自由議連
それよりも大きいのは、何がマッカーシーと自由議連の妥協点だったのかということだろう。
分かりやすく言えば、自由議連は下院議長選を通じて、マッカーシーに直言できるような立場になってしまったことだ。多少意地悪な言い方をすれば、これまでは考慮の対象でもなかったこの最右翼の連中に、共和党下院の政策が左右されるようになった。
自由議連は国際協調よりもまずは「アメリカ第一主義」で排外的だ。そして多様性に強く反対し、リベラル派を強く批判する。共和党内でさえ妥協を拒むことからも分かるように、民主党側との妥協を一切しようとしない。
オマル議員は2018年、タリーブ議員とともにムスリム女性として初めて米下院議員に選出された(2023年2月2日撮影)。
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自由議連の影響はすぐに明らかになる。民主党のリベラル派の代表格の一人であるイルハン・オマル下院議員を「イスラエルに対する発言が不適切だ」として、それまで所属していた外交委員会から解任した。
オマルはソマリア難民から下院議員となった初のムスリム女性議員であり、イスラエルの右派勢力に対して否定的だったのは間違いないが、いきなり追放する手法は前代未聞である。
また、「政治利用」のためにFBI(連邦捜査局)を動かして2021年1月の連邦議会議事堂襲撃や2022年夏のトランプの重要文書持ち出し疑惑捜査などを行わせたとして、民主党やバイデン政権を追及する委員会も設立した。その名称は「連邦政府の武器化(weaponization)に関する特別小委員会設立」という、議会の委員会名としてはあり得ないような物々しさだ。
さらに自由議連に沿った共和党側の動きは続く。まだ審議が続いている段階だが、「不法移民を許した」としてマヨルカス国土安全保障長官の弾劾決議案を提出したほか、時をほぼ同じくして移民が入国する際に徹底的に犯罪歴を確認する移民排斥の動きの法案も提出した。
それだけではない。2022年の最高裁判決で妊娠中絶は州の裁定で規制できるようになったが、これをさらに厳しくし、妊娠中絶を許す州に対しても規制を強化する法案や、既に立法化させた子育て、教育支援、気候変動対策のための法律の財源を凍結しようとする法案も提出している。
いずれも荒っぽくあまりにもポピュリスト的な動きだ。今後は「バイデン弾劾」に向け、息子のハンター・バイデン氏の疑惑追及などに力を入れていくはずだ。
そのため、民主党が多数派である上院では、法案のほうの審議はまったく動いていない(法案は上下両院で通過し、大統領が署名しなければ成立しない)。おそらく、ほとんどがそのまま廃案になっていくのであろう。
それでも、支持者に向けてエキセントリックなまでに自分たちの主張を声高に訴えたという意味で、自由議連は目的の多くをすでに達成している。
絶対に通さなければならない「債務上限引き上げ」法案
ここまで指摘した自由議連主導の法案は、成立そのものを目指していない。ただ、議会運営の中では、絶対に成立させないといけない法案というのも当然存在する。
その代表例が、債務上限の引き上げを認めるための法案だ。
アメリカの場合、国が借金できる額は法的に決められており、それを超える場合には新しく法律を作り、上限を引き上げなければならない。日本はこのような上限を定めていないものの、アメリカは財政健全化のために上限を定めているのだ。
どこの先進国でも高齢化問題があり、社会保障費は膨張している。さらにこれまでに積み重なった国債を償還する際の利払いをしなければならない。債務上限引き上げがなければ、各種支払いができなくなり、デフォルト(債務不履行)に陥ってしまう。
実はアメリカは今年、1月の段階ですでに債務上限に達している。国債償還のメカニズムなどで少しタイムラグがあるのだが、7月上旬から9月上旬にかけてデフォルトになる可能性が出ている。
アメリカがデフォルトになったら、日本を含む世界経済への影響は計り知れない。世界をパニックに陥らせないために、債務上限は絶対に引き上げなければならない。
今回問題なのは、徹底した財政健全化を訴える自由議連の中には、債務上限の引き上げに真っ向から反対する議員もいることだ。ちょうど下院議長選と同じように、自由議連が世界経済を人質にするような形で、自由議連は自分たちの要求を突き付けてくるはずだ。
民主党は引き上げに賛成、共和党も財政規律には厳しいがデフォルトは避けたいのが基本だ。このように多くは引き上げに賛成しているため、下院はいずれ債務上限引き上げを認めるだろう。それでも自由議連が権限を持ってしまっているため、気を遣ってなかなかスムースには決着しないだろう。
アメリカの債務は基本的に増え続けてきた。しかし、そもそも「債務上限の引き上げは当たり前」というムードがあり、議会は長年、必要に応じて上限を引き上げてきた。当然、デフォルトも一度もない。
しかし、2011年に大きな転機を迎えた。財政健全化を徹底的に訴えることで前年(2010年)の中間選挙で当選したティーパーティー議連の議員たちが、急に債務上限引き上げに徹底して反対したためだ。
1773年のボストン茶会事件(Boston Tea Party)と「税金はもうたくさん(Taxed Enough Already)」の頭文字に由来するティーパーティー運動が2010年前後に活発化。当時のオバマ政権が進める「大きな政府」の路線に徹底的に抵抗した(2011年4月15日撮影)。
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ティーパーティー議連の債務上限引き上げ反対の動きを受け、2011年8月には格付会社がアメリカ国債の格付けをAAAからAA+へ、史上初めて引き下げることになった。そのショックから株価は急落し、主要国の市場も混乱した。
このときはティーパーティー議連に異を唱える議員も多く、結局、債務上限は引き上げられたが、債務上限引き上げをめぐる政治的な騒ぎが実体経済に影響を及ぼすという事実が白日の下に晒された一件となった。
ティーパーティー議連はその後、代表だったバックマンが落選したため2016年に解散した。しかし、ティーパーティー議連の思想は後継組織へと引き継がれた。それが他ならぬ自由議連だ。
自分たちの意見を通したいがために徹底して反対するポピュリスト的手法や、共和党内における最右翼という立場も、ティーパーティ議連と自由議連は極めて似ている。
2011年の二の舞のような状況になるのか、議会の攻防が今後、夏にかけて続いていく。
不透明なウクライナ支援
また、自由議連がやり玉に上げつつあるのが、ウクライナ支援である。
バイデン政権としては「ウクライナ勝利」という形でロシアの侵略をやめさせたいものの、自由議連だけでなく、共和党支持者の間でウクライナ離れが進みつつある。
2月3日(現地時間)、ペンシルバニアとの州境近くに位置するオハイオ州東パレスチナで、有毒化学物質を運ぶ列車の脱線事故が発生した(2023年2月6日撮影)。
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侵略開始から間もなく1年が経とうというタイミングでバイデン大統領がキーウを訪問したが、このとき自由議連所属議員の多くは、「オハイオ州東パレスチナで脱線した車両から流出した化学物質への対応を重視すべき。大統領がウクライナに行っている場合ではない」という主張を繰り返した。
また、すでに始まっている2024年大統領選挙にも大きな影響がある。
自由議連が心酔するトランプは、「私が大統領なら24時間以内にウクライナ戦争を終わらせることができる」と何度も公言している。
この言葉が意味するところはまだ定かでないが、3月4日の共和党保守派による大規模イベントの演説でも「大統領に返り咲いたら最優先でウクライナ支援を止める」と表明しており、この発言は、アメリカのウクライナ支援を止めることでウクライナが戦争継続不可能になるという意味にもとれる。自由議連もトランプの顔色をうかがい、ウクライナ支援凍結を訴えるはずだ。
第118議会では、自由議連がアメリカ国内だけでなく世界情勢に大きな影響を与えるのかもしれない。今年に入ってからの連邦議会の動きを見ていると、そう思えてならない。
前嶋和弘(まえしま・かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』『アメリカ政治とメディア』『危機のアメリカ「選挙デモクラシー』『現代アメリカ政治とメディア』など。