「住宅弱者」にカテゴリーされる人々。
撮影:杉本健太郎
「住宅弱者」という言葉をご存知だろうか? 外国籍、LGBTQ、生活保護利用者、高齢者、シングルマザー・ファザー、被災者、障害者など、一般に「不動産契約を断られやすい」とされる人たちのことを不動産業界ではこう呼んでいる。こうした人達は全人口の約3割いるとされている。
不動産ポータル大手のLIFULL(ライフル)が2019年から始めたサービス「FRIENDLY DOOR」は住宅弱者を差別せず、不動産会社を紹介するサービスだ。住宅弱者の問題は、人口減少で家余りが進む不動産業界の重要課題と捉え、ビジネスとして課題解決することを目指している。
LIFULLでFRIENDLY DOORを発案し、事業責任者を務める龔 軼群(キョウ イグン)さんに話を聞いた。
在日外国人約300万人に対して、入居可能な物件は約2万件しかない
FRIENDLY DOOR事業責任者の龔 軼群(キョウ イグン)さん。
撮影:杉本健太郎
このサービスを始めるきっかけは、キョウさん自身や親族が外国籍のため、家探しに苦労してきた経験をしてきたことだった。
キョウさんは上海生まれ。5歳の時から日本で暮らしているが、国籍は中国籍のままだった。そのため、自分や親戚が家を借りようとしたときに、国籍を理由に家を借りられないという経験をしてきた。「すぐに中国に帰るのではないか」「お金はあるのか」といった懸念からか、留学生として来ていたいとこは日本人の保証人がいても断られたという。
「2018年に事業を計画していた当時、外国籍でも入居可能な物件が在日外国人約300万人の人口に対して約2万件しかなかった。物件だけ可視化しても意味がないと思いました。物件単位ではなく、住宅弱者にフレンドリーな意思を持つオーナー、不動産会社を繋ぎ合わせていくことが大事なんです」(キョウさん)
もう1つのポイントは、時代の流れの変化だ。
「今後Z世代がメインボリュームになってきた時に、人材戦略として多様性を重視していない企業は切り落とされていくという危機感があります。SDGs、DE&I、人的資本経営といった時代が求める動きにFRIENDLYDOORは合致していると思います」(キョウさん)
立ち上げから3年、掲載数は4500店舗に
提供:LIFULL
2020年2月時点で1000店舗超だった参画店舗数は、現在4500店舗にまで増加した。これらの店舗は店舗単位で住宅弱者を差別しないことを表明している。今も毎月80~100店舗のペースで増えているという。
気になる収益は、まだ「うまくいっている」と言えるほどではないが、現在は黒字化しているという。
当初は社会貢献の意味合いが強い事業だったが、2021年9月にFRIENDLY DOORサイトに問い合わせボタンをつけたことで、FRIENDLY DOOR単体で売り上げをカウントするようになった。キョウさんも他事業との兼任だったところ、2022年10月からFRIENDLY DOORの事業に専念するようになった。
FRIENDLY DOORのビジネスモデルは、住宅弱者と参画店舗をマッチングする点がユニークであること以外は、LIFULLが得意とする不動産情報ビジネスと同じモデルになっている。
収益は、FRIENDLY DOOR経由で参画店舗に問い合わせが入るたびに、LIFULLに参画店舗からお金が入る仕組みになっている。
興味深いのは、FRIENDLY DOORの「問い合わせ率」だ。全ての住み替えユーザーを対象とするLIFULL HOME'Sと比べて、ユーザーの問い合わせ率が3倍なのだ。当事者への認知や対応範囲を広げたい参画店舗にとって広告効果が高いと言える。同時にFRIENDLY DOORを利用しているユーザーは住宅弱者を差別しない不動産会社探しに苦労していることがわかる。
オーナーと不動産会社という2つの壁
LIFULLには「あらゆるLIFEを、FULLに。」という意味が込められている。
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問い合わせ率が3倍ということからもわかるように、FRIENDLY DOORには明確なビジネスニーズがある。ただ、掲載店舗数を増やしていくためには、貸し手となる不動産業界そのものの意識を変えなければならない。
キョウさんによると、住宅弱者が家を借りる際にぶつかる壁が2つある。不動産オーナーと不動産会社だ。
「多くの不動産会社の断り文句は『オーナーが断りそうだから厳しそうです』です。 日本では借地借家法によって、一度住民を入居させたら、オーナーは正当な理由がないと退去を求められません。入居前と後では住民とオーナーの力関係が逆転し、オーナーの立場が弱くなります。そのため、オーナーは過剰に慎重になるのです」(キョウさん)
不動産オーナーはいまだに「終身雇用の正社員」を優先する傾向がある。が、こうした意識はもはや時代にそぐわないというのがキョウさんの意見だ。
「オーナーさんとしては、大手企業に勤めている収入が安定した人が良いという意識があるのかもしれません。 しかし、今や働き方は多様化しパラレルになっています。リモートワークが進み、フリーランスがさらに増える世の中で、借り手の属性にこだわっていては、 空いている部屋は埋まらないでしょう」(キョウさん)
不動産会社やオーナー向けの意識改革、そしてFRIENDLY DOORに参画してもらうため、LIFULLでは2020年7月から3カ月に1度のペースでセミナーを実施してきた。生活保護利用者の住まい探し・対応ノウハウからスタートし、LGBTQ、高齢者、シングルマザーなど、各カテゴリごとに無料セミナーを実施。テーマによって参加者の数にはバラツキがあるが、シングルマザーをテーマにした回では、100人の参加者が集まったという。
また、不動産会社向けに有料研修も提供し始めた。積水ハウスなど大手企業が導入した結果、FRIENDLY DOORに1000店舗の参画増を実現した。
リクルートも参入を検討中
住宅弱者とのマッチングに取り組む動きは業界にも広がり始めている。業界大手のリクルートは、「SUUMO」で住宅弱者に向けたサービスを検討中だ。
「意識のある会社さんは住宅弱者向けサービスをやり始めてきています。
例えば、LGBTQフレンドリーを前面に押し出した不動産会社のIRISさんの売り上げは伸びていると聞いています。
このようにビジネスとしてきちんと回している会社もあれば、ESG、SDGs、社会貢献の観点が先行しすぎている会社もあります。まだまだブランディング要素が強いので、きちんとビジネスに落とし込めているところが増えればいいと思います」(キョウさん)
IRISは2016年~2019年の4年間で自社サイトの月間PVが100倍となり、2022年3月には一般財団法人KIBOWから4000万円を資金調達している。
総務省による「平成 30 年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計」によると、「居住世帯のない住宅」のうち、空き家は846万戸、総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)は13.6%と、この時点で過去最高となっている。空き家数の推移をみると、これまで一貫して増加が続いており、1988年から2018年までの30年間にかけて452万戸(114.7%)が増加した。
少子高齢化で空室が増える一方の不動産業界。これまで見過ごされてきた「住宅弱者」という問題を、差別の解消とともに「有効な借り手だ」と見る意識改革を進めていけるかは、まさに日本が抱える大きな問題だ。LIFULLはFRIENDLY DOORの参画店舗を6000店舗にすることを目指している。
「私の中ではFRIENDLY DOORをなくすのが最終目標です。差別がなくなり、『住宅弱者向けサービス』そのものが必要ない社会になればよいと思います」(キョウさん)