40年間にわたってスタートアップエコシステムの支柱と評価されたシリコンバレーバンク(SVB)が破綻した。世界最強の投資銀行も救えなかった。
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スタートアップ向け融資大手として知られる米シリコンバレーバンク(SVB)が3月10日、突然の破綻を迎えた。一連の動きの中で、おそらく地球上で実力ナンバーワンの巨大投資銀行が果たした役割はほとんど報道されていない。
SVBの金融持株会社SVBフィナンシャル・グループ(SVB Financial Group)は、同社が直面する困難な状況を乗り切るため、米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)に泣きついた。
テック業界の顧客企業が順調だった良い時期は預金で潤ったが、まさにその企業が給与原資やベンダーへの支払いなど資金繰りのために現金を引き出し、預金流出が加速すると、格付け会社は格下げを示唆した。
間違いなく、ゴールドマン・サックスならSVBを救うことができたはずだった。かつてアメリカの産業界では「ゴールドマン・サックスと契約したからという理由でクビになることはない」と言われたものだ。
それでも、現実にSVBは経営破綻した。米銀の破綻としては史上2番目の規模(総資産2000億ドル強)となった。
ゴールドマン・サックスの失敗はレアケースであり、助言が不適切あるいは不十分だったのではとの疑問も上がっている。本当はそこで何が起きたのか。
ムーディーズが格付けの引き下げを警告
3月上旬、米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービス(Moody's Investors Service)がSVBに対し、厳しい経営環境を踏まえて同社格付けの引き下げを検討していることを伝えたのが、今回の事件の始まりだった。
1983年の創業以来、ベンチャーキャピタル(VC)やスタートアップ向けに金融サービスを展開してきたSVBにとって、大幅な格下げは致命的なダメージになりかねない。
格付けを引き下げられても事業にさほど影響の出ない資本財や小売り分野の企業と違って、銀行は財務基盤に対する信頼が毀損(きそん)される恐れがあるため、格下げやその可能性を示唆する報道に弱い面がある。
そこで対応策として、SVBは長年のアドバイザーであるゴールドマン・サックスに依頼し、財務の補強に向けて株式発行による資金調達計画を進めようとした。実現できれば、ムーディーズに対して格下げ幅を縮小するよう説得する材料になると考えたわけだ。
話を中断する形になるが、本記事はもちろん憶測ではなく、SVBの内情もしくは今回の一連の出来事に詳しい関係者2人の証言、さらには米ウォール街の現役および元バンカー、金融・証券業務を専門とする弁護士に対する取材に基づいた事実で構成されている。
さて、理想を言えば、投資銀行は顧客企業からの依頼を受けた後、投資家と機密保持契約を結んだ上で、非公開ミーティングを通じてディストレスト(財務危機に陥った状態での)投資に関するトランザクションを取りまとめるのが望ましい。
そうすることで、バンカーは顧客企業を守りつつ、投資家を集め、ディールが成立した時点で満を持して市場に発表できるからだ。業界用語では、投資家を情報の「壁の向こうに隔離する(brought over the wall)」措置と呼ばれる。
世界金融危機(2008〜09年)に際して、各銀行はこの手法を用いてバランスシート強化に取り組んだ。
しかし、関係者によれば、今回のSVB増資については、この手法を用いるとディール成立までにゴールドマンの想定より長い時間を要する可能性が高かった。
ムーディーズは数日以内に格下げ決定を発表する準備を進めていたため、それでは手遅れになってしまう。
そもそも、投資家があるディールを評価するのに、一般的には48時間から72時間は必要と言われる。今回のようにすでに傷んだバランスシートを修繕するための増資となると、特に十分な吟味の時間が必要だろう。
先述のように、投資家は非公開情報を外部にシェアしない機密保持に同意しなくてはならないし、多くの場合は増資後の財務モデルを作成し、機密情報の交換や共有のためのデータルームも設置する必要がある。関係者への取材では、少なくとも1週間かかるとの声も聞かれた。
それでも、ゴールドマンは一部のバンカーが週末を徹して働くなど、行動を開始した。
しかし結果として、時間がない、もしくは(新規に発行する株式の)買い手がつかないために、SVBとゴールドマンは非公開のディール成立にたどり着けなかった。
SVBとゴールドマンは増資を発表して公募で買い手を探さざるを得なくなった。それはすなわち、空売り投資家にどうぞおいで下さいと言うのとほぼ同義になる。
公開市場で空売りは一般的な戦略だ。企業が株式を売り出す際、財務面や経営面に弱さを見出したヘッジファンドは、発行会社の株式を金融機関から借りて市場で売り建て、決済期日までに買い戻して株式を返却し、差益を得ようとする。
したがって、SVBが増資のために発行を計画していた株式は、当初から空売りの標的になりやすく(もっと言えば、カモにされやすく)、高いボラティリティ(価格変動)がお膳立てされていたことになる。
何にしても、ゴールドマンは3月8日までにディールをまとめた。
SVBが普通株12億5000万ドル、転換権付優先株5億ドルを発行、加えてアンカー投資家(対外的な信用付与につながる大口出資の機関投資家)として米ジェネラル・アトランティック(General Atlantic)が普通株5億ドルの買い入れを別途約束し、総額22億5000万ドルの資金調達計画が確定した。
最後まで買い支えに奔走するも…
SVBが公募増資に着手する準備は整った。3月8日の取引時間終了後、同行は計画を発表するプレスリリースを行った。
リリース文面には金融用語ばかりが並び、同行に預金口座を持つスタートアップやベンチャー顧客より投資家向けに書かれたものとの印象が際立った。
プレスリリースの最後のほうには、バランスシートを再構築し、顧客企業による預金の引き出しに対応する流動性を高めるため、保有ポートフォリオから210億ドル相当の債券を売却し、18億ドルの損失を計上したとの記述があった。
Insiderが取材した関係者の一人は、必要とされる文脈の説明もなしにこうした突然の、しかも極めて重要な事実を公表する場として、リリースの文末というのはいかにも奇妙に思えるとの感想を口にした。
市場を驚かせたのはSVBだけではなかった。
奇しくも同じ日の同じ時間帯、暗号資産関連企業との取引を中心業務とするシルバーゲート銀行(Silvergate Bank)の持ち株会社シルバーゲート・キャピタル(Silvergate Capital)も、預金流出の増加に苦しんだ末に銀行業務の自主的縮小を発表した。
そして同日、ムーディーズは件(くだん)のSVB格下げを発表する。
財務強化に向けた資金調達を発表済みだったため、引き下げ幅はそれまでの「A3」から「Baa1」への1ノッチで済んだものの、ムーディーズは同行の財務状況は悪化したままで「今後12〜18カ月の間に過去の強い水準まで回復するとは考えられない」と警鐘を鳴らした。
SVBの株価は立会終了後の時間外取引で急落した。アフターマーケットの最後まで、下落は続いた。Insiderが取材したある人物(株式取引には関与していない)はこう語った。
「安寄り(前日の終値を下回っての取引)幅が40%に達したら終わりです。空売りファンドはその時点で(買い戻して)手仕舞いするでしょうから」
結局、翌3月9日の株価は前日終値比60%超下げて106.04ドルで引けた。一部のVC投資家は投資先スタートアップのファウンダーらに対し、預金を引き出して資金を引き揚げるよう助言した。
同日の取引時間終了後も株価の下落は続いた。
その時、ゴールドマンは終値をほんの少し下回る価格で株を買い支える投資家を集めるのに奔走していた。
しかし、預金は急激な勢いで流出が進み、業務に重大な支障を来す水準に達したため、ゴールドマンとSVB、弁護士らは最後まで(株価下支えの)価格を決定するに至らなかった。
3月10日の正午、SVBは米連邦預金保険公社(FDIC)の管理下に入った。
事態収拾に向けて支援をまかされたのはゴールドマンではなく、少数精鋭のブティック(専門分野特化)型投資銀行、センタービュー・パートナーズ(Centerview Patners)だった。