イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは!「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
関東の大学1年生です。お聞きしてみたいのは、自己肯定感って何なのかを理解したり、高めたりする本はあるのかということです。
私自身、あんまり自己肯定感が高い方ではなく、高校時代はクラスに馴染めず不登校になったり、留学生の生活をサポートするサークルでも他の子のようにグイグイいけず、むしろ相手を困惑させたりすることもあります。
その分、メンバーから「emmiは代わりにこれやっといて」とみんなの分の雑務を押し付けられたりすることもあり、そういう時は「何で私ってこうなんだろう」って凹みます。同時に、このままだと就活や就職後に心を病むんじゃないかと本気で不安になったりしています。
(emmi、10代後半、学生、女性)
女性の自己肯定感を下げてきた日本
シマオ:「自己肯定感」という言葉はここ数年で急速に広まりましたよね。ありのままの自分を受け入れ、肯定する感覚だと思いますが、emmiさんは自己肯定感の低さに悩まれているようです。
佐藤さん:emmiさんは女子大学生とのことですが、そもそも女性は男性に比べて自己肯定感が低くなってしまう傾向があるということを知っておいた方がいいでしょう。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:東京大学教授である横山広美さんの『なぜ理系に女性が少ないのか』という本があるのですが、ぜひ一読をお勧めしたいと思います。この本によると、日本はOECD諸国の中で、理系の大学や大学院に進む女子学生の割合が最も低いそうです。シマオ君、なぜだと思いますか?
シマオ:えっ? なんでだろう……。確かに理系というと男子学生が多いイメージはありますが……。
佐藤さん:実は試験の成績を見ると、日本の女子学生の理系の成績は世界でもトップクラスだし、男子生徒に劣っている訳でもありません。にもかかわらず、なぜか理系に進む人が少ないのは、自分の能力を過小評価しているからだと著者の横山さんは分析しています。
シマオ:本当は十分な能力があるにもかかわらず、自己評価が低い……つまり自己肯定感が低いということですか?
佐藤さん:その通りです。どうしてそうなるかというと、おそらく日本の社会全体が女性の能力を正当に評価しない、認めようとしない風潮や文化があるからだと横山さんは指摘しています。そういう中で女性は自然と自分を抑えつける習慣がついてしまった。「理系に進む女子はとっつきにくい、面倒くさそうだ」というような偏見もある。そういうものにさらされて育つので、素直に自分の能力を認めることが難しくなっているのではないか、と。
いずれにしても、日本は女性が自己を受け入れ、認めることがしにくい社会環境だという指摘は、とても重要だと思います。
シマオ:なるほど。確かに「奥ゆかしい」みたいな褒め言葉も、男の子にあまり使いませんもんね……。そういう社会的なものだと。
佐藤さん:そういうことです。つまり、女性に対する差別と偏見が構造化されてしまっている。まず、そのことを理解した上で、emmiさんは過小評価しがちな自分について考えてみてほしいですね。
「意識高い系」から離れてみる
イラスト:iziz
佐藤さん:少し気になるのが、emmiさんの中でグイグイ前に出て仕事をこなす、押し出しの強い人への憧れのようなものがあるように感じられることです。
シマオ:「他の子たちのようにグイグイ行けず、むしろ相手を困惑させたりすることがある」と言っていますね。
佐藤さん:留学生のサポートをするサークルに入っているということですが、近年はボランティア活動をする学生も増えています。もちろん大切なことで、よい経験にもなると思います。
一方で、企業もこういう活動をしている学生を評価する傾向がある。ですから、こういうサークルで中心的に活動して、就職につなげたいという学生もいるんです。いわゆる「意識高い系」と呼ばれる学生ですね。
シマオ:あぁ、なるほど。emmiさんはそういった人に囲まれているからこそ、自信を失ってしまっているのかもしれませんね。
佐藤さん:ですが、社会に出て長く活躍する人というのは、意外にグイグイ系ではない方が多いんですよ。そういう人は最初こそ目立ちますが、いずれ周囲からの風当たりも強くなって、潰れてしまう人も多い。
シマオ:僕の会社の営業職でも、むしろ相手の話をじっくりと聞けるような、「押す」より「引く」ができる人がトップになったりしています!
佐藤さん: emmiさんは、高校時代に不登校を経験しているとのことです。おそらく大学生になって、自分を変えたいと考えられたのではないでしょうか? それ自体はとてもいいことだと思いますが、焦る必要はないと思います。
シマオ:いきなり意識高い系の人が多い中で頑張ろうとしなくてもいいということですか?
佐藤さん:はい。意識高い系というのは、資本主義社会における競争社会、あるいはメリトクラシー(成績主義)という価値観を内面化させた存在だと私は考えています。
社会の構造や価値観があたかも自分の価値観かのように同一化してしまっている。そこで自分もグイグイと前に出て、テキパキいろんなことをこなす人間にならなきゃダメだと思い込んでしまう訳です。
シマオ:第45回の相談で、「何者かにならなきゃいけない」という強迫観念は、資本主義社会の価値観を内面化してしまっている結果だと佐藤さんは指摘していましたけど、根本的には同じってことですか?
佐藤さん:その通りです。ちなみに、競争社会によって失われるものがどれだけあるのかを知るには金敬哲さんの『韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩 』を読むことをお勧めします。
シマオ:どんな本なのでしょうか?
佐藤さん:アメリカ型の新自由主義と競争原理が行きついた韓国社会の現状を描いています。韓国では、子どもの頃から激しい競争にさらされる訳ですが、なんとか就職できたとしても退職年齢の平均が男性は53歳、女性は48歳。日本でいうところの定年までなんて、とても働くことができない厳しい競争社会なんです。
シマオ:ビジネスパーソンなのに、スポーツ選手みたいな世界観になっていますね……。カンヌ国際映画祭で最高賞をとった映画の『パラサイト』を以前見ましたけど、まさに競争によって生じた格差社会の苦悩が凝縮されているように感じました。
佐藤さん:競争社会が行きつく先が本当にいいものなのかどうか。そこで必死に頑張ることが幸せにつながるのか。emmiさんには、もっと世の中には別の価値観があり、そういうものを共有できる場があるということを知ってほしいですね。
「 居心地のよさ」で居場所を決める
佐藤さん:私がemmiさんに提案したいのは、「居心地のよさ」という観点で自分の場所を選ぶ、ということです。
シマオ:「居心地」ですか?
佐藤さん:そうです。自分がそこにいて楽しいと思える人間関係があるとか、心が落ち着くとか、そういう場所を選ぶということが大事です。
シマオ:成功体験を積むとか、社会に出るための積極性や経験を身につけるとか、そういうことではなくて、フッと楽になれるような場所が、いまのemmiさんには一番必要だと……。
佐藤さん:そういうことです。せっかくなので、自分にとっての「居心地のよさ」について実験できる方法を一つ紹介しておきましょう。
シマオ:お願いします!
佐藤さん:いろいろなカフェに行く方法です。まず、チェーン店でもスターバックスやタリーズ、ドトール、ルノアールなど何軒かありますよね。一番居心地のいいところはどこか? あるいは、おじいちゃん、おばあちゃんがやっている街の純喫茶などにも行ってみる。
ハンバーガーチェーンでも、マクドナルドやモスバーガー、フレッシュネスバーガーなどいろいろありますが、自分が一番落ち着けるのはどんな場所か? いろんなところで「居心地」を意識して、比較してみるんです。
シマオ:へぇ〜面白そう! 居心地への感度を高めるということですね!
佐藤さん:そうです。きっと自分がどんな場所が好きで、どんな空間が落ち着けるかが分かってくるはずです。ちなみに私はフレッシュネスバーガーが好きですね。落ち着いてゆっくりできて、ちょっとした仕事もできるので。
シマオ:「居心地のよさ」は、いろいろなところに行って体験したからこそ分かるってことでもありますね。emmiさんも現在のサークルだけじゃなく、別のサークルや集まりに顔を出してみることも大切なのかも。
佐藤さん:そう思います。場合によってはアルバイトでも、居心地のいい人間関係が育めることがあると思いますよ。それに、勉強会だとか読書会、オンラインサロンでもいいものがありますから、興味のある分野に顔を出してみるのもお勧めです。そこで自分を認めてくれる人もいるでしょうし、受け入れてくれる人もいる。役割も自ずとできてくるはずです。
シマオ:それが自己肯定感につながっていく……。
佐藤さん:居心地という観点で選んでいくと、また違った景色が見えてくるはずです。さらに言えば、就職先だって居心地で決めていいんですから。
シマオ:え? ほ、本当ですか!
佐藤さん:はい。どんな大企業だとしても、居心地が悪くて働くのが苦痛だったら、自分がすり減っていくだけ。それこそ心を病んでしまうでしょう。
シマオ:言われてみればその通りですね。ご本人もその点を気にしていましたし……。
佐藤さん:emmiさんはおそらく、就活の時にサークルの周りの人に引っ張られて大企業を中心に受けることになるでしょうが、私は中小企業を最初から見ておくことを勧めます。
とくに地方の優良な中小企業は四大卒の新卒者を喉から手が出るほど求めていますから。M&Aなどを考えず、真剣に事業継承を考えて雇用を維持し、地域に貢献しようと考えている。その意味で下手な大手企業よりも人材を大切に扱ってくれます。日本の中小企業は捨てたものじゃありませんよ。
シマオ:多少給料は下がっても、働きがいがあって居心地のいい、「自己肯定感を高められる」場所を探すことが大事なんですね。
佐藤さん:いずれにしても、emmiさんにはもっといろいろな価値観や人間関係が世の中にはあるということを知ってほしいですね。
まず自分が居心地がいいと感じる場所を見つける。講義やゼミ、部活やアルバイトなど、自分で自由に場所を選べる大学4年間こそ、その実践にはとてもいい時間だと思います。
シマオ:なるほど。たしかにそれこそ大学の良さですもんね! emmiさん、いかがだったでしょうか? 居心地のいい場所が見つかることを願っています!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。