REUTERS/Stephen Lam
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
中国のEVメーカーが日本で販売を始めても、日本の自動車産業にはさざ波も立たないと予想していた入山先生。しかしテスラについては面白い可能性があると言います。テスラというと製品の性能にばかり目が行きがちですが、「テスラの本質はそこだけではない」と先生は指摘します。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:14分35秒)※クリックすると音声が流れます
なぜテスラには可能性があるのか
こんにちは、入山章栄です。
前回は、中国の電気自動車(EV)メーカー最大手であるBYDが日本に上陸したというニュースを取り上げました。
BIJ編集部・常盤
BYDが日本に進出しても、自動車は民族系メーカーがどの国も強いし、BYDは肝心の販売網が築けているわけではないので日本の自動車産業の勢力図がすぐに変わることはないだろう、というお話でしたね。
はい。BYDが日本にどうやって進出するのかは分かりませんが、その理由で日本市場をとるのは簡単ではないでしょう。
でもその一方で、今すぐには難しいと思いますが、同じEVをつくっているテスラには面白い可能性があると僕は考えています。
テスラというとみんなデザインがカッコいいとか、製品の優劣で議論するでしょう。しかし僕から見るとテスラの本質はそこだけではありません。テスラの本質は、「直販」スタイルをとっていることです。
BIJ編集部・常盤
確かにインターネットで売っていますよね。サイトを覗いてみたことがあります。
そう、ショールームはあるけれど、基本的にはネットで買うんですよ。僕から見ると、ここが一番大きい。なぜならネットで直接販売するから、ディーラー網が不要なんです。
日本に限らず、世界の自動車メーカーは100年以上クルマをつくってきた。でもその間ずっと、売ってきたのはディーラーなんです。
ということはお客さんとの接点が一番多いのは、メーカーではなくディーラー。だから顧客の購買動向など、すべての情報はディーラーにあるんです。メーカーは顧客の情報を持っていない。だからトヨタもホンダも日産も、顧客の情報をわざわざ調査する調査部があるんです。
BIJ編集部・常盤
調査部とディーラーは連携していないんですか?
それはすごくいいポイントで、実は思ったよりしていないですね。
BIJ編集部・常盤
それはもったいないですね。
ある程度はしているかもしれないけれど、そもそも別資本の別会社ですから、顧客の情報を共有して一緒に戦略的にマーケティングに取り組んだりは、必ずしもしていません。
アメリカやヨーロッパでは、この傾向がもっと顕著です。日本はトヨタのディーラーはトヨタ車しか売らないけれど、アメリカではメガディーラーという巨大ディーラーがトヨタもGMもフォードも売る。そこが全部情報を持っているので、メーカーとしては困るわけですよね。
その点、テスラはネット直販だから、顧客とダイレクトにつながっている。旧来型の自動車メーカーが欲しくて欲しくてたまらなかった顧客の動向が、テスラなら一瞬で自社ですべて手に入るんですよ。
BIJ編集部・常盤
テスラのサイトに行くと、どのモデルにするか、色は、ホイールは……などを聞かれて、クリックして選ぶようになっていますよね。これならテスラは、その人がどれくらいのグレードのクルマを探していて、どんなオプションを望んでいるのかも分かります。
テスラのクルマではさまざまな情報を記録するようになっているので、「この人は月に何キロくらい走る」とか、クルマの利用状況も手にとるように分かって、そのデータをマーケティングに生かすことができる。
いまテスラは600~700万円、ものによっては1000万円近くします。そんな高額なものを、僕も含めた上の世代は、さすがにネットでは買えません。お店に行って現物を見ないと決断できない。
でもいずれEVの価格が200万円、100万円くらいで買える時代になれば、若い世代はネットで買うのにもう抵抗がないかもしれない。そういう人たちが多数派になれば、今度は新興EVメーカーの時代になるかもしれませんね。
老舗メーカーが直販に乗り出したら
BIJ編集部・常盤
トヨタのような伝統的なメーカーが今後直販を始めることはないのでしょうか?
それはすごくいいポイントですね。あくまでも僕の推測ですが、その可能性はあると思いますよ。いずれZ世代やα世代が自動車をネットで買う時代が必ず来る。自動車メーカーも当然、直販は考えているはずです。
そのときのために直販の可能性も探っておきたい。でも、それはメーカーは絶対に口には出せません。なぜなら「直販を始めます」なんて言ったとたん、ディーラーから猛反発を食うからです。
ですからこれも推測ですけれど、そこでトヨタが小さな一歩として始めたのが「KINTO(キント)」だと僕は見ています。
BIJ編集部・野田
クルマのサブスクですね。
KINTOは、物理的な顧客接点としてディーラーを使っているかもしれないけれど、主要な接点はネットにしている。これは僕から見ると直販への第一歩です。
ちょっと前にNewsPicksというメディアで、「モビエボ」という動画番組をやっていたのをご存じでしょうか。南海キャンディーズの山里亮太さんが司会の番組で、スポンサーがKINTOでした。
実は僕はその最終回に出演させてもらったのですが、あの番組を見て分かったのは、「モビエボ」は社内広報に近いというか、おそらくトヨタのディーラー向けにつくっている部分があるんですよ。
もちろん一般の方に自動車の未来を理解してもらうという目的もあるけれど、「自動車の未来はこんな感じだから、ディーラーのみなさん、これからも一緒にやっていきましょう」というメッセージを送る目的があったのではないでしょうか。それくらいメーカーはディーラーの存在を気にしていると思います。
BIJ編集部・常盤
あるいは、メーカーがディーラーとがっつり組むという可能性はないのでしょうか。今はメーカーとディーラーがまったく別会社ということですが、組むことで共存共栄の道を探れるのでは?
それもありえます。例えばトヨタは「トヨペット」「ネッツ店」「プリウス店」「カローラ店」など、販売チャネルを複数持っていたけれど、少し前にディーラー再編の動きがありました。おそらくその目的の一つは提携の可能性を探ることだと思いますよ。「ディーラーとメーカーはこれから手を取り合っていかないとまずいですよね」ということでしょう。
BIJ編集部・常盤
メーカーが直販を始めるのは当然の流れかもしれませんね。自動車メーカーに限らず例えば出版社も、昔は取次を通して書店に本や雑誌を卸していましたけど、ウェブメディアが登場してからは直販モデルを採用するところも徐々に増えてきましたから。
メディアはその典型ですね。自動車はその変化が遅れているだけなんですよ。自動車はまだ乗り心地や快適性などを直接確認したいという欲求がある。だから今のところはまだ大きな変化はない。BYDが日本上陸しても、おそらく当面はつらい勝負になるでしょう。
BIJ編集部・常盤
BYDは中国本土ではものすごい勢いで伸びていますが、日本での戦い方に要注目ですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。