シリコンバレーの破たんで資金が大手銀行に流れている。
Dado Ruvic/Reuters
ボストンを拠点とする健康食品のスタートアップ企業、ファームボックスRx(FarmboxRx)の創業者であるアシュリー・ターナー(Ashley Tyrner)は、コスタリカで家族と休暇を過ごしていた時、会社のCOO(最高執行責任者)から慌てた様子のメールを受け取った。シリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank:SVB)が経営破綻したため、ファームボックスRxの何千万ドル(何十億円)もの預金を早急に移す必要があるという。
SVBから預金を引き出すために奔走したターナーは、同行が破綻した当日の3月10日にInsiderの取材に応じ、「この24時間は、これまでのキャリアの中で最大の修羅場でした。おそらくこれまでの人生の中でも一番大変だったと思います」と語っている。
ファームボックスRxは、ファースト・リパブリック(First Republic)とバンク・オブ・アメリカ(Bank of America)にも口座を持っていた。しかし、その2つの銀行だけでは十分ではなかった。
「たった今、COOと話していたところです。経済が動いているところに資金を移すべきだ。JPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカに移さないと、と」(ターナー)
しかし、そのように考えたのはターナーだけではなかった。長年SVBは、シリコンバレーのテック企業の創業者たちの御用達銀行だった。しかし驚くことにそのSVBがあっけなく破綻したことを受け、創業者たちはこれまで考えもしなかった新たな課題に直面している。
資産を分散させなければ、再び銀行が破たんした時のリスクがある。今まさに起きているのは、JPモルガンからバンク・オブ・アメリカまでアメリカ中の大手銀行がその恩恵を受け、市場での基盤をより強固なものにしているということだ。
ゼータ(Zeta)の創業者兼CEOのアディティ・シーカー(Aditi Shekar)はこう話す。
「私たちは、少なくとも4大銀行の1行を含むいくつかの口座に資金を分散させ、同じことが起きた場合の混乱を最小限に抑えるつもりです。とはいえ、この大手4銀行への偏重が諸刃の剣にならないかと心配しています。ビッグ4に資金が集中するということは競争が減るということで……それは必ず、顧客が不利益を被る結果になりますから」
JPモルガンへの送金や口座開設の迅速化
現時点で、大手銀行にどの程度の資金が移転しているのかを特定することは難しいが、その額は2000億ドル(約26兆円、1ドル=132円換算)以上にのぼるとみられている。SVBはおよそ1750億ドル(約23兆円)の預金残高を保有していた。SVBと同じくアメリカ連邦預金保険公社(FDIC)の管理下に置かれたシグネチャー銀行(Signature Bank)は、890億ドル(約11兆7000億円)だった。
さらに、ファースト・リパブリックのような他の銀行に資産を集中させていた経営者たちも大手銀行に資金を移しており、この傾向はさらに強まると予想される(編注:SVBの経営破綻を受け、預金保険制度で保護されない預金を多く抱えていたファースト・リパブリックは預金流出が加速。3月16日、アメリカの大手銀行11行は合同で、同行に対して合計300億ドル〔約4兆円〕を預金すると発表した)。
FPVベンチャーズ(FPV Ventures)の共同創業者兼マネージング・パートナーのウェスリー・チャン(Wesley Chan)は、「今後、どの会社の役員も預金先を複数の銀行に分散させるようにと社内に指示するでしょう」と話す。
スタートアップの経営者たちは、4大銀行が資金分散化の重要な役割を担っていると言う。
スタートアップの創業者で、金融顧問会社CSMインサイツ(CSM Insights)の創業者のカーラ・マセソン(Carla Matheson)は次のように語る。
「広範にわたって今後どんな影響が出るかが明らかになるまでは、ひとまず大手銀行をバックアップとして使うことを私は勧めており、実際多くの人がそのやり方を実践しています」
ニューヨーク・ポストは3月10日、JPモルガンの銀行員が、既存顧客の送金や新規顧客の口座開設を支援するため、「顧客情報(KYC)」確認プロセスの迅速化などに24時間体制で取り組んでいると報じた。ある創業者も11日に以下のようにツイッターに書き込んでいる。
「夜を徹して顧客情報を処理し、SVBと取引している何千もの企業の口座開設に奔走してくれているJPモルガン、バンク・オブ・アメリカ、シティバンクのバックオフィスの銀行員たちに、こう伝えるべきです。我々はあなた方の仕事を見ています、あなた方に感謝しています、と」
ウェルズ・ファーゴ銀行のアナリスト、マイク・メイヨー(Mike Mayo)は3月13日付けの顧客向けレポートで、JPモルガンは特に不安定な市場で「試練に耐えてきた」歴史があり、2008年の金融危機以降、アメリカの銀行がいかにリスクを回避してきたかを「象徴する存在」であると述べている。
「最近の業界の動きによって、JPモルガンは中核的な資金調達能力をさらに高め、強力な存在になるはずだ」と、メイヨーはレポートの中で述べている。
一方、バンク・オブ・アメリカの顧客の1人は、市場が混乱する中、最大手の銀行の顧客たちは冷静に状況を見ているという。
「バンク・オブ・アメリカについては心配していません。昨晩、シグネチャー銀行がダウンしたのには驚きましたが、理由は分かっています」と、13日にバンク・オブ・アメリカの支店から出てきたある企業経営者は話す。
高い手数料、低い金利
もちろん、安全な場所への逃避には支払いをともなう代償があるかもしれない。SVBのような新興企業向けの銀行では得られたメリットを失うのではと懸念する経営者も複数いる。
例えば、大手銀行は安全性を重視しているため、金利はそれほど高くない傾向がある。
「大手銀行では預金残高に対して少ない金利しかつかないという不満はすでにありました。今回の件で、それがさらに悪化する可能性があるでしょう」と投資リサーチ会社、CFRAの株式調査アナリストであるアレクサンダー・ヨーカム(Alexander Yokum)はInsiderに語る。
「銀行業界全体で今回の問題に対処しなければならないため、おそらく銀行全体の利益は少なくなると思います。大手銀行は今回の件で比較的強い立場になるかもしれませんが、それぞれの銀行はそうでもないかもしれません」(ヨーカム)
フロリダ大学ワリントン・カレッジ・オブ・ビジネスの教授で金融学が専門のマーク・フラナリー(Mark Flannery)は、銀行の手数料も上がる可能性があると語る。
「預金サービス、関連サービス、安定性保証など、大手銀行のサービスに対する需要が高まるにつれ、彼らは何らかの方法で手数料をもっと増やしてくると思います」(フラナリー)
カナダのブリティッシュコロンビア州を拠点とするマセソンは、カナダのスタートアップ企業は特に、国を越えた電子送金のために大手銀行に支払うコストを懸念しているという。SVBは、カナダの新興企業との幅広いつながりを持っていて、「SVBはカナダのスタートアップにとって驚異的な貸し手」だったという。
「ただ、SVB対応で行われたようなリスクを受け入れるという姿勢は、ここではあまり見られません。
この48時間、多くのクライアントと話をしてきたのは、まさに取引コストについてです。特にスタートアップ企業は割高だということで、大手銀行への移行には疑問を持つのではないでしょうか」
しかも、全米の大手銀行が大量の新規預金を獲得した場合、それらの銀行への監視の目は、2008年の金融危機後よりも厳しくなる可能性がある。
「マーク・トウェインは、卵を一つのカゴに全部入れるなら、そのカゴをよく観察した方がいいと言いました」とフロリダ大学のフラナリーは語る。
「大手銀行の経営状態は非常に良いので、預金を移動させるのは安定化という意味での判断なのでしょう。しかし、それらの銀行が大きくなればなるほど、大きすぎて潰せなくなり(too-big to fail)、より強固な保証が必要になります」