Eric Dietrich / Secretary of the Air Force Publishing; Arif Qazi / Insider
新型コロナウイルス感染症が流行したとき、グーグル(Google)の社員は千載一遇のチャンスが巡ってきたと思った。
世界が劇的にリモートワークにシフトするなか、グーグルはライバルのマイクロソフト(Microsoft)やパンデミックで急成長したズーム(Zoom)に追いつくため、コラボレーションソフトのチャット、ビデオ、セキュリティの改善を強化するように開発チームに働きかけた。また、より多くの大企業や学校に販売するために、その営業範囲を拡大している。さらに、G SuiteからGoogle Workspace(グーグル・ワークスペース)へとブランド名の変更も行っている。ある元社員が言うように「大きく舵を切っている」のだ。
Google Workspaceは、2021年10月時点で30億人のユーザーを抱えており、2022年秋に800万社だった有料顧客は現在900万社に達した。それでも関係者によると、グーグルは、その後勢いが鈍化しているズームや、 Office365製品が2022年時点で3億4500万の有料ユーザーを持つマイクロソフトに追いつくための戦いを強いられている。
全社を挙げて人工知能(AI)を強化する動きは、Workspaceにとってまたとないチャンスになるかもしれないと関係者は話す。同社は社員に、Workspace全体に新しいジェネレーティブAI機能を統合することを課しており、GmailとGoogle Docsでこれらの機能のテストを開始することを発表した。
しかし、この件に詳しい人物によれば、経営陣は最も人気のあるWorkspaceアプリであるGmail以外にも「ヒーロー」アプリを作り出し、ドロップボックス(Dropbox)やズームといったライバルに対する競争力を高めたいと考えているという。
同社は、マイクロソフトのChatGPTにも追いつこうとしている。グーグルは以前からAIファーストを掲げており、オープンソースの機械学習プロジェクト「TensorFlow」のような業界をリードするツールを開発している。また、検索にAIを取り入れ、Workspaceでもオートコンプリート、スマートリプライ、自動会議記録などの機能を搭載している。
テレビ会議ソフトのGoogle Meetについては、2023年中に多言語でのライブキャプションと自動会議記録の展開を予定している。
マイクロソフトも同じ路線で投資しており、広く普及しているチャットボットChatGPTをOffice製品に統合することを発表している。
グーグルのサンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)はCEO就任以来、クラウドを最大の優先事項に挙げている。Google Cloudは2022年第4四半期に売上高70億ドル(約9200億円、1ドル=132円換算)を突破したが、純損失が続いている。一方、マイクロソフトとアマゾン(Amazon)は、クラウド製品でリードし続けている。
グーグルのサンダー・ピチャイCEO。
Jerod Harris/Getty Images
Workspaceのサブスクリプションモデルは、経常的な収益を生み出し、その差を縮めるのに最適な手段だ。Google Cloudのトーマス・クリアン(Thomas Kurian)CEOは、パートナーとのミーティングでWorkspaceの話題に時間を割いていたと、パートナーであるサダシステムズ(SADA Systems)のトニー・サフォイアン(Tony Safoian)CEOはツイートした。
匿名を条件にInsiderの取材に応じた5人の現社員と11人の元社員および契約社員は、Workspaceの仕事は困難だと語る。それによると、製品の品質よりも、マイクロソフトの影響下にある企業内の政治力によって、しばしばビジネスを失ってきたという。マイクロソフトのAIという新しい武器は、その競争をさらに激化させるだろう。
「Workspaceはイノベーションを加速させ、2022年だけで300以上の強力な新機能を提供し、チームが仕事を成し遂げるのを支援しています」とグーグルの広報担当者はInsiderに寄せたコメントの中で述べている。
「世界中で900万以上の有料組織と30億人以上のユーザーが、コミュニケーションとコラボレーションのためにGoogle Workspaceを利用しています。アメリカ陸軍が25万人の隊員を安全なコミュニケーションとコラボレーションのプラットフォームに移行させたり、大韓航空がGoogle DocsとGoogle Driveを使って社内業務システムを変革したりと、Workspaceは世界で最も人気のある生産性ツールになっています」
チャンスを逃す
グーグルはWorkspaceの売上高を公表していないが、この分野は過去2年間で大きな成長を遂げている。ITデータ分析会社のIDCによると、2021年のテレビ会議市場の売上高は28.1%増の101億ドル(約1兆3300億円)で、2023年の売上高は140億ドル(約1兆8500億円)に達するという。
2022年のフォレスター(Forrester)の調査によると、業務でテレビ会議を利用する情報産業従事者のうち、37%がMicrosoft Teamsを、19%がズームを最も頻繁に利用している。一方、Google Meetを最も頻繁に使用していると答えたのはわずか6%だった。
テレビ会議のマーケットに占めるGoogle Meetのシェアは決して高くない。
Monticello/Shutterstock
パンデミックは、グーグルがWorkspaceを売り込む理想的な機会となるはずだったが、関係者は同社が素早く転換できず、十分な投資もしなかったと述べている。グーグルは、Meetの1日の利用ピークが30倍になり、Meetユーザーが2020年3月から2021年にかけて60億回以上のミーティングに参加するなど、急成長を遂げたとしている。
バーンスタイン(Bernstein)社の試算によると、Workspaceの伸びは22%で現在頭打ちになり、ピークである2020年初頭の41%から低下している。Insiderはグーグルの内部データに詳しい現役社員から、過去5年間で新しく販売されたサブスクリプション数が鈍化していることを確認した。
「上昇傾向というわけではありません。飽和した市場でも、マーケットリーダーであればいいのですが」と、彼らはグーグルがマーケットリーダーからはほど遠いと述べている。
ズームはすぐに行動を開始し、学校に無料でサービスを提供している。マイクロソフトは、WindowsとOffice 365の既存顧客という大規模な基盤にコラボレーションソフトウェアTeamsを提供し、ズーム、スラック(Slack)、Workspaceを下回る価格を提示している。
グーグルのコントロールが及ばない要因もある。関係者によると、リモートワークのブームで大企業が新しいソフトウェアスイートを導入することに積極的でなくなり、販売するのがいっそう難しくなったという。
さらに、Office 365は大企業に浸透しており、Excelなどのツールでキャリアを積んできた人さえいるため、そこへの売り込みは難しい。また、長年マイクロソフトのOfficeを利用してきた顧客は、Workspaceへの切り替えには追加のトレーニングが必要なため、それを望まないと情報筋は話す。
「たとえ相手がパワーユーザーでなくても、WordやExcelが使えなくなるぞと言えば、我が子を殴られたように感じるでしょう」とある元社員は語る。
その結果、マイクロソフトのTeamsのユーザー数はパンデミック時に爆発的に増加した。2021年には2億5000万人だった月間アクティブユーザー数は、2022年初めには2億7000万人に達した。グーグルは「当てが外れた」と元社員は言う。
「その気になれば、もっと投資できたはず」と別の元社員は言う。「彼らは現実主義者だったということです。あまりに早く使いすぎると、すぐに資金が尽きてしまうので」
「グーグルに同情することはできます。しかし、大きな機会損失でした。Workspaceはもっと成長させられたはずです」
マイクロソフトとの競争
グーグルはこれまで、政争や合併のために契約を失うことがあったと情報筋は述べている。例えば、リンクトイン(LinkedIn)はマイクロソフトが買収するまでWorkspaceの顧客だったし、メタ(Meta)はグーグルと直接競合しているため、マイクロソフトを利用している。
ドイツ銀行のような他の大口顧客は、クラウドインフラにはGoogle Cloudを利用しているが、コラボレーションソフトにはマイクロソフトのOfficeを利用している。グーグルは、デジタル・ファースト・メディア(Digital First Media)など、以前に買収したWorkspaceの顧客も持っているという。
営業担当者は、マイクロソフトのTeamsの旧バージョンを使っている顧客をターゲットにするようにも言われたが、クリアン氏がオラクル(Oracle)から多くを拝借したグーグルの営業戦略は、それほど効果的でないことが証明されている。
Google Cloudのトーマス・クリアンCEO。
Shutterstock
Workspaceのサブスクリプションの大半は、Workspaceのサイトもしくはパートナーのサイトを訪れた顧客から獲得したものだ。Insiderが確認した内部データによると、グーグルが2021年に獲得したWorkspaceの新規顧客の97%はそのルートであり、営業担当者が獲得した割合はわずか3%だった。グーグルは、企業顧客との取引の多くは営業担当者を通じて行われるとしているが、関係者によれば、企業ユーザーはWorkspaceのユーザー全体から見れば小さな割合に過ぎない。
マイクロソフトが大企業の顧客に注力している以上、グーグルはまだマイクロソフトに染まっていない新しい企業にアプローチすることを優先すべきだったと社員は述べている。実際グーグルには、エッツィー(Etsy)、アサナ(Asana)、デリバルー(Deliveroo)など新興企業の顧客が多い。
社員たちは、グーグルはすでに優位性のあるところに重点を移す機会を逸してしまったと話す。すでに優位性のあるところとは、グーグルが「デジタルネイティブ」と呼ぶ、小規模なテック企業に他ならない。
「新型コロナウイルス感染症が蔓延したとき、一般的な企業は衰退し、デジタルネイティブが台頭しました。我々は乗り遅れたのです」(ある現役社員)
今、グーグルはマイクロソフトが支援するChatGPTという新たな脅威に直面している。社員がWorkspaceの幹部に対し、この脅威にどう対処しているのかと尋ねたところ、グーグルはAIのリーダーであり、自社製品にAIを取り入れる方法を今後も模索していくことを強調したという。
経営陣が刷新され、AIで新たなチャンスが生まれる
Workspaceは最近、経営陣の交代があった。2022年、Workspaceを率いたハビエル・ソルテロ(Javier Soltero)氏と、同製品の販売担当バイスプレジデントだったグレッグ・トゥーム(Greg Tomb)氏が退職した。ソルテロの下で、G SuitesはWorkspaceにリブランドされ、DuoやMeetなど、分散していたグーグルのビデオチームは一つにまとめられた。
また、ソルテロは、CalendarやMeetなどのWorkspace製品で一貫したブランディングを指揮したが、ロゴが似ていることからグーグル社員の間では「かなり不評」だったという。
現在は、グーグルのエンジニアとして15年以上のキャリアを持つアパルナ・パップ(Aparna Pappu)氏が後任に就いている。関係者は、特にWorkspaceの成長が鈍化し続けるなか、グーグルがクラウドで勝ちたいのであれば戦略の転換が必要だと述べている。
その戦略は今、報われつつあるのかもしれない。グーグルがAIでライバルに追いつこうと躍起になるなか、パップ氏はWorkspaceチームに新しいジェネレーティブAI機能をWorkspaceに組み込むよう働きかけている。例えば、Docsに「営業担当者の求人票を作成」と依頼すると、ほんの数秒で本格的な求人票を作成できるようになるといったことだ。
Google Workspaceのバイスプレジデント、アパルナ・パップ氏。
同社は、Meetで新しい背景を生成したり、Google Slidesで画像、音声、動画を呼び出したりするなど、ジェネレーティブAI機能を他のアプリケーションにも展開する予定だ。
グーグルはこの新機能を引っ提げ、生産性アプリケーションのスイートで独自の生成ツールのデモンストレーションを開始したマイクロソフトと、またしても真っ向からぶつかることになる。
しかし、グーグルに有利に働く点もありそうだ。この戦略に詳しい人物によると、Workspaceは完全にWebベースなので、グーグルがアプリ全体にAIツールを組み込んで更新するのも比較的容易だというのだ。
この担当者は、Workspaceスイートの中ではGmailが圧倒的に人気のアプリだが、パップ氏はDriveや Meetなど、スイート内でもっと「ヒーロー」になるようなアプリを作りたいと考えていると付け加えた。「(パップ氏らは)Gmailだけでなく、他の製品でもWorkspaceを売り込みたいと考えています」
例えば、Gmailは電子メールアプリの代表格かもしれないが、クラウドストレージアプリに関してはGoogle Driveよりドロップボックスの方がブランド認知度が高いと幹部は考えている。
また、Workspaceは先日値上げを行ったところだが、今後も値上げを行いたいと幹部は考えているという。
Google Workspaceの元バイスプレジデント、ハビエル・ソルテロ氏。
クリアンCEOはさらなる成長を望んでいるが、以前はWorkspaceのソフトウェアよりもCloudのインフラの成長を優先していたと関係者は語る。しかし、AIに再び注目が集まっていることを考えると、この状況は多少変わる可能性がある。クリアン氏は2月に開催された全社集会で、WorkspaceとGoogle Cloud Platform(GCP)を抱き合わせ販売すべきだと述べたと、参加した関係者は述べている。
グーグルは公共部門にも大きなビジネスチャンスがあると考え、2022年に公共セクター専門の部門を創設している。同年10月にはアメリカ陸軍と契約し、最大25万人の隊員にWorkspaceアカウントを提供すると発表した。
また、顧客がマイクロソフトのOfficeを使っているからといって、Workspaceを使えないわけではない。フォレスターの2022年の調査によると、マイクロソフトのコラボレーションソフトウェアを使用する予定、または現在使用している組織のソフトウェア調達担当の44%が、Workspaceも使用していると回答している。
グーグルは今、厳しい経済環境に直面しているが、それはWorkspaceにとってチャンスかもしれない。Cloudはまだ採算が取れていないものの、2021年のマイナス8億9000万ドル(約1180億円)から2022年にはマイナス4億8000万ドル(約630億円)へと、赤字幅は縮小した。バーンスタインのアナリストは、「この改善の多くは、WorkspaceというSaaSビジネスが驚くほど好調であることに起因していると考えられる」と記している。
ある元社員は次のように話す。
「GCPはグーグルにとってWorkspace以上に戦略的な存在ですから、まだまだ追い上げる必要があります。
CloudほどWorkspaceに投資してこなかったことについて、TK(トーマス・クリアン)を責めるつもりはありません。われわれはAWSやAzureに追いつこうとしていたのです」