アマゾンのアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)。人工知能(AI)は「事実上あらゆる顧客体験」を変革する期待分野と語る。
Associated Press
人工知能(AI)を活用して生産性向上を目指す取り組みの分野で、マイクロソフト(Microsoft)が次世代大規模言語モデル(LLM)を組み込んだ「Microsoft 365 Copilot」を発表するなど、劇的な変化(もしくはうねり)が起きつつある。
ここまであまり目立った動きを報じられていない巨大テックの一角、アマゾン(Amazon)も、やはりこの変化に対応しようと水面下で準備を進めてきた模様で、最近になって自社開発の対話型AIツールを業務で活用するよう同社エンジニアに指示を出したことが明らかになった。
Insiderが独自ルートで確認した社内メールによると、アマゾンは3月初旬、ChatGPTのように自然言語によるクエリ(命令文)に対応できるAIコーディングアシスタント「コードウィスパラー(CodeWhisperer)」を使うよう、ソフトウェアエンジニアに指示を出した。
同ツールの社内使用に関する承認プロセスが完了し、すでに業務に活用できる状態になっているという。
コードウィスパラーは同社クラウド部門のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が開発し、2022年にリリースされた。
マイクロソフト傘下のソフトウェア開発プラットフォームGithub(ギットハブ)の開発者支援ツール「Copilot(コパイロット)」にかなり近く、先行するコードやコメントをベースにコード候補を提案してくれる。
OpenAIが開発した対話型AI「ChatGPT」はより幅広い用途に使われるものとは言え、コーディング支援ツールとしても広く活用されており、コードウィスパラーと競合する面もある。
先述の社内メールの件名は「今日から始めるアマゾン・コードウィスパラー」で、以下のような記載がある。
「コードウィスパラーは、記述済みのコードとコメントをベースにIDE(統合開発環境)上でコード候補をリアルタイム表示するAI搭載のコーディングアシスタントです。
コードウィスパラーを使えば、リアルタイムで(単語や単行にとどまらず)全ての行についてフル機能のコード補完を得られます。
もしくは、『シンプル・ストレージ・サービス(Amazon S3)のバケットから過去24時間以内にアップロードされた新しいファイルを取得する』といった自然言語のコメントを書くだけで、コードウィスパーが自動的にコードを生成してくれます」
この動きは、最近のAI生産性向上ツール開発をめぐるし烈な争いの中で、比較的存在感の薄いように見えたアマゾンが、実は水面下で参戦のための準備を進めていたことを示唆するものだ。
ChatGPTの開発元であるOpenAIと、同社に数十億ドル規模の追加出資を発表したマイクロソフト(Microsoft)が急速に台頭し、同じく自社開発の対話型AI「Bard(バード)」を遅れて発表したグーグル(Google)は現時点では不利と見る向きが多い。
アマゾンは上記3社に比べるとほとんど沈黙状態で、2月に自然言語処理関連のライブラリやAIコミュニティを運営するハギングフェイス(Hugging Face)とAWSが協業拡大を発表したくらいだ。
エンジニアカルチャーをアップデートしていく狙いで新設されたアマゾンの社内組織「ビルダーエクスペリエンス」チームの承認を経て、一義的には、コーダーの業務支援を目的として始まったコードウィスパラーの導入拡大措置だが、内情に詳しい人物によれば、突如大ブレイクしたChatGPTの存在こそが決定を後押しする形になったようだ。
Insiderは1月、アマゾンの上級顧問弁護士が作業中のコード含む機密情報をプロンプトとしてChatGPTに入力しないよう注意喚起した事実を報じた。一方で、今回のコードウィスパラーの社内使用については(同ツールはAWSの顧客に提供されているが)特段の制限を加えていないとみられる。
同記事でも触れられているように、アマゾンの顧問弁護士は社内スラック(Slack)チャンネルで従業員から「当社はChatGPTと競合するような製品の開発に取り組んでいないのか」と問われた際、コードウィスパラーをChatGPTに「類似した技術」だと回答した。
また、コードウィスパラーの開発責任者(ゼネラルマネージャー)で、マイクロソフトのクライド&AI部門から2022年10月に移籍してきたダグ・セブン氏も、最近のリンクトイン(LinkedIn)投稿で、コーディング支援の視点からコードウィスパラーとChatGTPを比較している。
ChatGPTはコーディングアシスタントとしての用途がメインというわけではない。むしろ、開発者コミュニティで支持者を増やし勢いづいているのは、OpenAIが開発した言語モデルを使ったGithubの「Copilot(コパイロット、前出)」のほうだ。
そのような状況を踏まえた上で、アマゾンがこの段階でコードウィスパラーの社内使用を促す判断をしたのは、急速に過熱する対話型AI開発競争への向き合い方として、ひとまず同社なりの回答を示したものと言っていいだろう。
アマゾンの広報担当はInsiderの取材に対し、すでに10万人以上の顧客がAWSのAIおよびML(機械学習)サービスを使用しており、AIアプリケーションに組み込むMLモデルを構築、トレーニング、デプロイするための基本的インフラおよびツールを網羅した「SageMaker(セージメーカー)」も提供していると、メールで回答した。
さらに同メールで、AWSのバイスプレジデント(データベース・アナリティクス・機械学習担当)スワミ・シヴァスブラマニアン氏はこう強調した。
「ジェネレーティブ(生成系)AIはまだまだ黎明期の段階です。それでも、当社はすでに他社にない機能を数多く提供していますし、お客さまに近い将来新たな機能をお届けできるよう全力で取り組んでいます」
「大きな注目分野」とジャシーCEO
もちろん、アマゾンはコードウィスパラーの使用拡大にとどまらず、対話型AIおよびAI生産性向上ツールの分野でより大きなシェアを獲得する野望を抱いている。
アンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)は2月開催の社員総会で、AIは同社にとって「長いこと重要な注力分野」であり続けてきたことを強調し、「事実上あらゆる顧客体験」を変革するその将来ポテンシャルに経営陣が「非常に興奮している」と語った。
また、アマゾンのAI分野への投資は増え続け、今後予想される対話型AIを含めたジェネレーティブAIの成熟にこそ商機があるとジャシーCEOは指摘した。
「当社は現在数多くのプロジェクトを進めています。そこで皆さんが取り組むあらゆるビジネス、あらゆるカスタマーエクスペリエンスにおいて、革新的なジェネレーティブAIモデルが登場し、それが変わりゆくカスタマーエクスペリエンスの重要部分を担うことになると考えています。
当社が注目すべき最も大きな可能性は、まさにそこにあるのです」
マイクロソフトがOpenAIの次世代大規模言語モデル「GPT-4」を搭載した最新版の検索エンジンBing(ビング)を発表。危機意識を高めたグーグルは開発中の対話型AI「Bard(バード)」を前倒しで発表し、全社規模での社内テストを進めている。
AIスーパーコンピューターへの巨額投資を進めるメタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)や、ジェネレーティブAI分野を対象に2億5000万ドル規模のスタートアップ投資ファンドを立ち上げたばかりのセールスフォース(Salesforce)も同様に機会を伺っている状況だ。
そして、ジャシーCEOもその緊迫した状況を認識している。前出の社員総会で同CEOは、ジェネレーティブAIツールのアクセシビリティ向上が進んでいる現状に触れ、アマゾンも同分野への投資拡大を計画していることを表明した。
「ここ数カ月の間に登場したジェネレーティブAIツールは多くの人にとって、とりわけ開発者や企業にとって、アクセシビリティ、ユーザビリティともに非常に向上していると感じています。
当社が目下取り組んでいる全てのプロジェクトにここで言及することはできませんが、当社にとって非常に重要な投資分野であり、今後ますますそうなっていくということだけは言えます」