Tyler Le, Rebecca Zisser/Insider
「スタートアップ企業の担当者は、朝5時から夜11時まで起きていますよ」
中堅企業向けに銀行口座を提供するフィンテック企業であるロー・ビジネスバンキング(Rho Business Banking)は今、総力を挙げて業務にあたっている。シリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank、以下SVB)の破綻を受け、できるだけ多くのスタートアップに対応するためだ。
匿名を条件に3月16日にInsiderの取材に応じた現職の社員は冒頭のように明かす。この社員によれば、社員たちはこの1週間でおそらく15時間ほどしか寝ていないという。
これはローに限った話ではない。3月10日にSVBがアメリカの銀行としては史上2番目となる規模で破綻して以来、ベンチャーキャピタリスト(VC)、スタートアップのファウンダー、ウォール街の関係者、フィンテック企業、そして規制当局にとっては旋風が吹き荒れた日々だった。
SVBは1750億ドル(約23兆円、1ドル=132円換算)以上の預金残高を抱え、アメリカのVCが支援するスタートアップ企業の半数近くを顧客としていた。そのSVBが、3月10日に連邦規制当局によって閉鎖された。
その後、連邦規制当局によって同行の資金が完全に保護されたため、給与支払いを心配するファウンダーも含め、預金者たちの懸念は緩和された。SVBを追うように閉鎖されたニューヨークのシグネチャー銀行(Signature Bank)の預金者も同様だ。
しかしそれでもパニックは鎮まらなかった。業界全体に広がった混乱を食い止めるため、アメリカの大手銀行11行は経営難に陥ったファースト・リパブリック銀行(First Republic Bank)に300億ドル(約4兆円)を預金する緊急支援を行った。
SVBの破綻から1週間、眠れぬ夜と株式市場の混乱の中で、不確実要素はまだ数多く残っている。とはいえ、テック業界に特化していたSVBの死は、すでにベイエリアからウォール街、ワシントンDCにまで影響を及ぼしている。
大手銀行はさらに巨大化する
いま、数十億ドルの預金が4大銀行——JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)、バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)、ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)、シティグループ(Citigroup)——に流れ込み、顧客は新規口座開設や送金に躍起になっている。
FPVベンチャーズ(FPV Ventures)の共同創業者兼マネージング・パートナーのウェスリー・チャン(Wesley Chan)は、「取締役会のメンバーたちはこぞって、複数の銀行口座に資金を分散させるよう指示するはずだ」と話す。
JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEOとシティグループのジェーン・フレイザーCEO。
Drew Angerer/Getty Images
実際、Insiderの取材に応じたゼータ(Zeta)の創業者兼CEOのアディティ・シーカー(Aditi Shekar)は、4大銀行を含む複数の口座に資金を分散する予定だと語る。
「とはいえ、この大手4銀行への偏重が諸刃の剣にならないかと心配しています。ビッグ4に資金が集中するということは競争が減るということで……それは必ず、顧客が不利益を被る結果になりますから」(シーカー)
まさに、アメリカで過去数十年にわたって進んできた銀行統合の流れにふさわしい結末だ。
アメリカン大学ワシントン・カレッジ・オブ・ローのヒラリー・J・アレン(Hilary J. Allen)教授は次のように語る。
「長い時間をかけて、地方銀行の消滅や合併が起きてきました。統合の流れはずっと続いており、システミックリスクの観点からも懸念されています。銀行が巨大化すれば、その分リスクプロファイルも高まります」
フィンテックに久々のチャンス到来
スタートアップや中小企業に銀行商品を提供するフィンテック企業にも、SVBの破綻を受けて数十億円が流入している。
CNBCの報道によると、1年も前に中小企業向けサービスから身を引いたブレックス(Brex)は、SVBに預金されていた数十億ドル分をすでに吸収しているという。スタートアップ向けのフィンテックであるマーキュリー(Mercury)は、営業担当者やソフトウェアエンジニアまで問い合わせ対応に駆り出すなどして口座開設担当者を60人に倍増したと、フォーブスは報じている。
ブレックスの共同創業者兼共同CEOのペドロ・フランセッシとエンリケ・ドゥブグラス。
Brex
カンブリアン・ベンチャーズ(Cambrian Ventures)の創業パートナーであるレックス・ソーリスベリー(Rex Salisbury)の話では、フィンテックは主要な機能をアピールするためにマーケティングメッセージをいち早く変更したほか、急ごしらえで新機能を追加する企業もあったという。
テック業界の低迷により過去1年にわたって大きな打撃を受けてきたフィンテック界隈にとって、これは歓迎すべきビジネスチャンス到来である。この分野はすでに競争が熾烈だが、同業者や中小企業の銀行取引支援にフォーカスしたスタートアップの新しい波が到来するとVCたちは予想している。
レスティブ・ベンチャーズ(Restive Ventures)の共同創業者兼マネージングパートナーのタイラー・グリフィン(Tyler Griffin)は、次のように話す。
「スタートアップの多くはバックエンド業務を請け負ってくれる銀行パートナーを必要とするため、地方銀行にとっては追い風になるかもしれません」
しかし、その資金が定着するのかどうか、あるいはSVBの元顧客にとって安全な着地点であるのかどうかについては疑問が残る。
VCであるプライマリー(Primary)の共同創業者兼ゼネラルパートナーのブラッド・スヴルーガ(Brad Svrluga)の見方はこうだ。
「おそらく、地方銀行は重要な役割を果たすことができるでしょう。ただ、地方銀行がSVBより脆弱ではないとは言いきれません。
これらの銀行はどこも、ネブラスカ州やサウスダコタ州にあるような、聞いたこともない小さな銀行に銀行機能をリースするビジネスを展開しています。
これらは、少なくとも連邦政府からすれば構造的に重要な金融機関ではないので、それなりのリスクはあるでしょう」
親身な貸し手を失ったスタートアップたち
SVBがテック業界にもたらした最大の功績は間違いなく、貸し手としての役割だった。
まだ黒字化していないスタートアップへの融資から資金不足のファウンダー向けの住宅ローンまで、シリコンバレーの起業家たちのための銀行という立ち位置で、その財務的なニーズを一手に引き受けていた。
破綻時、同行には700億ドル(約9兆2400億円)の融資枠があった。その中には従来のスタートアップ向けベンチャー債権、不動産融資、さらには高級ワイナリーへの融資も含まれていた。
「SVBは、大手銀行が尻込みするような事業計画にも理解を示してくれました」と語るのは、ファームボックスRX(FarmBoxRX)のCEO兼創業者のアシュリー・タイナー(Ashley Tyrner)だ。
SVBはまた、何か問題が生じたとき、他の金融機関がしないような方法で企業と建設的に協力することでも知られていた。
「SVBは、融資に問題があってもそれを解決しようとしていました。強引なやり方はとらなかったのです」と、経営難のスタートアップを買収して債務整理を支援するプライベートエクイティファーム、ステージ(Stage)のゼネラルパートナーであるクリスタ・モーガン(Krista Morgan)は語る。
顧客の信頼を取り戻すべくFDIC(連邦預金保険公社)に指名されてSVBの新CEOとなったティム・マヨプロス(Tim Mayopoulos)は、同行を「営業中」とし、既存の与信限度額を尊重し、新規融資を実行すると宣言している。
ファウンダーたちは資金の調達に苦労することになるかもしれない。
Tim Robberts/Getty Images
しかし、競合他社はすでに動いている。スタートアップへの融資を手がけるアッパー90(Upper90)のマネージング・パートナー、ビリー・リビー(Billy Libby)は、ここ数日でSVBからの借り入れの借り換えを希望する顧客から何十件もの電話や電子メールを受け取ったという。
短期的に見れば、リビーにとっては商売繁盛である。しかし、その穴を埋めるためにどこが参入してくるのかと彼は懸念している。
「民間のクレジット会社の多くが、俺たちも一枚噛んでやるぞと意気込んでいます」とリビーは言う。
アポロ(Apollo)やブラックストーン(Blackstone)、KKRといった投資会社はいずれもプライベートクレジットの主要プレイヤーである。これらのディールメーカーは、SVBの破綻にどう乗じるかすでに品定めを始めている。
ブルームバーグ(Bloomberg)が先ごろ報じたところでは、ブラックストーン、アレス・マネジメント(Ares Management)、カーライル・グループ(Carlyle Group)といったプライベートクレジット大手が、SVBの貸付債権に関する協議に参加しているという。
匿名を条件に取材に応じたある関係筋によると、3月16日の時点でブラックストーンは買収を検討する可能性のある案件を評価しており、このときはアーリーステージの企業が対象だったという。
だがブラックストーンが投資するのはより成熟した企業が中心だ。仮にディールを行うのであればベンチャーデットは避けるだろうと、この人物は語る。
ノンバンクは、SVBが提示したであろう金利よりも高い金利を請求する傾向がある。そのため、過去1年にわたるテック業界の冬の時代にあってすでに経営に苦労しているスタートアップにとっては、資本コストが上昇する可能性がある。
「1週間前には資金調達が難しくなると思っていましたが、これでさらに状況は悪化しました。本当に質がよくて安く借り入れができる先がなくなってしまいました」と、前出のモーガンは言う。
いがみ合うVCたち
SVBが問題を抱えているとの噂は何カ月も前から水面下で渦巻いていたが、それが表面化したのは3月8日、SVBの潜在的な経営不安についてソーシャルメディア上で広まったのがきっかけだった。
その翌日、VCやファウンダーたちはツイッター(Twitter)やディスコード(Discord)でSVBから資金を引き揚げるよう公然と呼びかけ始めた。SVBが規制当局によって閉鎖されたのは、パニックが始まって48時間も経たない3月10日のことだ。
これは史上最速の取り付け騒ぎであり、デジタル時代の預金流出がいかに急激に起こるかを示す好例となった。
それから何日か経つと、普段は結束の固いこの業界で非難の応酬が始まった。SNS上でVCたちが最初にパニックに陥ったことは、混雑した部屋の中で火事だと叫ぶようなものだと話す者もいる。
「この一連の騒動を見ていて悲しいです」と、VCシンジケートのエキスパート・ドージョー(Expert DOJO)の責任者であるブライアン・マクマホン(Brian Mac Mahon)は、Insiderの取材に対してそう胸の内を語る。
「SVBは長年、VCとは持ちつ持たれつのいい関係でした。それなのに、VCたちが寄ってたかって同行にとどめを刺そうと動くのを目の当たりにして、本当に残念です」
ワードプレス(WordPress)上に作られた「SVB Hall of Shame」というサイトの匿名筆者は3月15日、そのサイトのURLをBCCでグループの受信者にメール送信した。
このサイトの前文には、「この騒ぎを引き起こして悪化させたのはVCコミュニティ内のプレーヤーであり、彼らには説明責任がある」とあり、次のように続けられている。
「未来のファウンダーたちは、あなたの本質を知ることになるだろう。あなたが信頼できるパートナーではなく、すぐにでも自分たちを切り捨てるつもりがあるのだと分かるだろう。あなたたちは偽善者として記憶されるのだ」
デジタル時代にふさわしい規制を
SVBの破綻は、2008年の金融危機の際に3070億ドル(約40兆5000億円)の資産を有していたワシントン・ミューチュアル(Washington Mutual)に次いでアメリカで2番目の規模となる。
2008年の金融危機後、オバマ政権はドッド・フランク法をはじめ多くの保護と規制を導入した。しかしその後、2018年にトランプ政権が規制緩和法を制定したことで、それらのルールの一部が軟化した。
決定的だったのは、システム上重要な銀行の閾値を2500億ドル(約33兆円)に引き上げたことである。これにより、SVBを含む小規模な銀行はドッド・フランク法の下でそれほど厳しい規制を受けなくなった。
コロンビア大学ビジネススクールで金融を専門とするカイロン・シャオ(Kairong Xiao)教授は、次のように話す。
「『ドッド・フランク法の後にこれだけの規制が設けられたのに、まだ銀行が破綻するのか』と言う人は多いですが、その見方は正しくありません。2008年以降人々の関心が薄れたため、残る規制はすべて小さく書かれた字でごまかされているのです。
当時、規制緩和法は閾値を変更するというものだったため誰も関心を持ちませんでした。その結果がこれです」
エリザベス・ウォーレン上院議員。
Kevin Dietsch/Getty Images
規制当局の間ではすでに、地方銀行や中堅銀行に対する規制を再考する必要性が議論されている、とシャオは続ける。
一方、エリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)とリチャード・ブルーメンソール(Richard Blumenthal)の両上院議員は、SVBの幹部や銀行員による違法行為の可能性があるとして、米国証券取引委員会(SEC)と司法省に、破綻について調査を行うよう要請している。
規制当局にとってもう1つの懸念事項は、このデジタル化が進んだ世界をどのように監視すべきか、ということだ。
「規制当局には、迅速に行動するための準備が必要です。『来週会議を開こう』では遅すぎる。規制当局は24時間体制でツイッターやソーシャルメディアを見て、人々が何を心配し、どんな噂が立っているのかを把握し、適切な情報でいち早く対処する必要があります」(シャオ)
1980年代のS&L(貯蓄貸付組合)危機の際に連邦住宅ローン銀行理事会の総法律顧問を務めたトム・バルタニアン(Tom Vartanian)も、銀行規制当局が現在の時流に即したやり方に変えなければ、第二、第三のSVBが破綻する様を後追いするしかなくなると見ている。
「現在の規制構造は1930年代に作られたものですが、テクノロジーの進展により時代遅れなものになりつつあります。テクノロジーが発達した環境では、システム全体を違った角度から見なければいけません」(バルタニアン)