shaunl/Getty Images
鴻海精密工業(フォックスコン)は米ウィスコンシン州でEV用バッテリーの製造を予定しており、インテル(Intel)はオハイオ州で半導体チップの製造を予定している。メキシコの倉庫はアメリカ向けの商品であふれ返り、テスラ(Tesla)もメキシコに工場を建設する計画を発表した。こうしたニュースの見出しから、アメリカの消費者に近いところへとサプライチェーンのシフトが起きていると考えるのは当然だ。
ブラックロック(Black Rock)のCEOであるラリー・フィンク(Larry Fink)CEOもそう確信している。フィンクは先日発表した注目の株主向け年次書簡の中で、「ここ数年の度重なる衝撃で、サプライチェーンは劇的に変化しました」と述べている。
フィンクはウクライナ戦争をはじめとする地政学的な緊張を引き合いに出し、企業はサプライチェーンをリスクから遠ざけ、「たとえ価格が上昇しても、必需品を自国の近くで調達する」ことを目指していると指摘した。
ここ何年かの情勢を鑑み、よりローカルなサプライチェーンへのシフトが避けられないと見ているのは、フィンクに限らず他の経営者や識者たちも同様だ。
「このような状況の変化は、世界経済の統合を弱め、より分断化させています。官民のリーダーたちは本質的に、効率性や低コストと引き換えにレジリエンスの向上や国家安全保障に重きを置いています」(フィンク)
しかし、少なくともこれまでのところ、サプライチェーンに関するデータを見る限り事情は異なるようだ。
商品の移動距離はむしろ伸びている
DHLとニューヨーク大学スターンビジネススクールが共同で発表した最新のDHL国際際連結性指数(DHL Global Connectedness Index)によると、パンデミックの始まりから3年が経過した現在、われわれのモノづくりは最終消費者に近づくどころか、より遠ざかっている。
貿易、旅行、通信、海外直接投資について深く掘り下げて調査した結果、ニューヨーク大学のスティーブン・アルトマン(Steven Altman)非常勤助教はグローバリゼーションを「著しく回復力がある」と評している。
グローバリゼーションが本当に後退しているのかどうかを調べるために、研究者はモノが移動する国や地域だけでなく、その移動距離にも注目した。
その結果、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、およびトランプ前大統領が2018年に中国からの輸入品の多くに関税をかける(そのほとんどが現在も適用されている)前の2017年から、商品の平均移動距離は徐々に伸びていることが明らかになった。
「国家間の実際の流れに関する最新のデータを見ると、グローバリゼーションから大きく後退しているという考えとは実情は大きく異なります」と研究者らは述べている。
関税をかけることで中国との貿易量が減り、パンデミックの悪影響により、サプライチェーンの管理者は当時信頼性が低く高価だった長距離輸送を避けるようになると予測されていた。
しかし、マッキンゼー(McKinsey)の2021年のリショアリング指数によると、過去5年間に発生したリショアリング(海外に移転した生産拠点を再び自国に戻すこと)は予測に反し、アジアの製造業への依存度がさらに高まり、中国が最大の割合を占めている。
中国アメリカ間の貿易額は多少減ったものの、だからといってローカルな取引量が大幅に増えたわけでもない。
アルトマンは先ごろ開催したウェビナーで、「長距離輸送を伴うサプライチェーンは回復し、実際には多くの場合、長距離輸送を単に継続した方がより効率的であることが判明しています」と述べている。
言うは易く行うは難し
ニアショアリング(生産拠点を消費地の近くに移転させること)が広く進行していると考える根拠として、よく挙げられるのが調査データである。オンライン・ソフトウェア・マーケットプレイスのキャプテラ(Capterra)が行った最近の調査では、中小企業の回答者の88%が、サプライチェーンをアメリカに近い場所に移す予定だと回答している。
アルトマンは、リショアリングをめぐるセンチメントと、それに続く実際の行動の両方を追跡調査している。同氏の説明によると、経験則上、こういったことは“言うは易いが行うははるかに難し”だという。
ラザード(Lazard)の研究者たちは2022年11月の報告書の中で、企業にとっての「転換期」とされるものに関して、「リショアリングへの関心は、依然として単なる関心の域を出ていない」と述べている。
パンデミック以前は、サプライチェーンを築く際に重視されていたのは主にコストだった。信頼性や製造技術も優先されたが、安定した供給を維持しながらコストを抑えることが最優先事項だったのだ。
専門家は、サプライチェーンがパンデミック以前の状態に戻るまでにはもう少し「平常」を取り戻す必要があると主張しているが、一部の業界を除けばまだ貿易の流れに目に見える大きな変化は起きていない。
例えば、ウォール・ストリート・ジャーナルは2022年暮れにアップル(Apple)の中国撤退の意向を報じたが、その矢先に中国の指導者たちはコロナに関する規制を緩和。中国からアメリカへの輸送コストは急落した。
今回のDHLの報告書によれば、政府の圧力、およびハイテクやライフサイエンス製造など特定の業界の状況が引き金となって生産拠点のシフトが起きている商品や材料も数少ないながら存在はしており、これらに関してはフィンクCEOの言っていることは正しい。
「つまり、どの場所にあろうと、最高の市場リターンを生み出す事業に資本が配分されるとは限らないということです」と、フィンクは書簡の中で記している。
半導体、EV部品、バッテリーは、バイデン政権および安定した供給を必要とする業界にとって大きな焦点となっている。つまりDHLの報告書とフィンクによれば、ニアショアリングが有意義なスピードで軌道に乗るかどうかは、これらの産業にかかっているということだ。
サプライチェーンの「大幅」な再設計は可能なのだろうか。もちろん、可能ではある。政府が関与するならなおさらだ。だがすでに実現しているのかといえば、そうとは言えない。