「Microsoft 365 Copilot」を発表した3月17日開催のMicrosoft March 2023 Eventより。
出典:マイクロソフト
ジェネレーティブAI(生成型AI)をめぐるグーグルとマイクロソフトの競争が激化している。
2022年に画像生成AIから始まった各社の競争は、検索エンジン的な用途を経て、いよいよ一般的なビジネスツールへと実装のステージを拡大しつつある。
筆者の見るところ、グーグルとマイクロソフトの「AIアピール合戦」は、まずマイクロソフトが勝利を収めたようにみえる。2月、検索エンジンに生成型AIを融合させた「新しいBing」の発表から始まった戦いは、今日現在、さらに本格化している。ただ、3月におきたマイクロソフト、グーグル両社の「ビジネスツールでのアピール」も、先行していたマイクロソフトが有利、という印象を受ける。
もちろん、勝負はこれからだ。ビジネスツールへの生成型AIの拡大がどんな意味を持っているのか、考えてみよう。
“ChatGPT的”機能の拡大解釈が起こす「ビジネスツール新時代」
3月14日、グーグルは、ジェネレーティブAIをビジネスツール「Google Workspace」に組み込む、と発表した。
どんなことができるのか? 簡単に理解するには、以下のビデオを見るのが近道だ。
「言葉で命じると、ビジネス上での文書作成の核ができ上がる」という感じだろうか。メールでの会話サマリーも、プレゼン文書も、情報を示して命令を与えれば文書の体裁が整う。
短い言葉で命令すればいいから、すべての作業をPCで行う必要はない。スマホからだって、顧客への挨拶メールを作ってしまえる。
Google WorkspaceにジェネレーティブAIを搭載した場合の使い方の一例。白紙から短文の命令を加えるだけでプレゼン資料ができあがる。
グーグル発表の動画をもとに編集部が作図
スマホからでもボタン1つで、文脈にあった挨拶文を生成できる。
出典:マイクロソフト
そして3月17日には、マイクロソフトも同じような技術を発表した。「Microsoft 365 Copilot」がそれだ。
こちらもできることは、グーグルの目指す方向性に近い。ビジネスチャット「Teams」で開いた会議のサマリーを作り、必要なビジネス文書を生成し、Excelの表からデータ分析をし、プレゼン資料の体裁をまとめてくれる。
90秒ほどのこの動画は3月19日時点で90万回以上再生されている。
Microsoft 365 Copilotでも、グーグルと同じように、白紙から条件にあったプレゼン資料を自動生成できる。
マイクロソフト発表の動画をもとに編集部が作図
「昨日開いた会議のサマリー」も、頼めば自動生成してくれる。
出典:マイクロソフト
Excelの表の形で集計されたデータもサマリーを作ったり(左上)、そこからさらに「モデル化」して予測を集計したりもできる。
出典:マイクロソフト
Wordで、OneNoteに書き溜めた「昨日のメモ」から、自動的に提案書を作成。
出典:マイクロソフト
マイクロソフトは、以前よりジェネレーティブAIを「ユーザーの副操縦士(Copilot)」にする、という表現を使ってきた。
3月17日の発表はそれを具体化したものだといえる。
ビジネスAIめぐり、急加速する大手の戦い
マイクロソフトのクラウド「Azure」で使えるAzure OpenAI Service。こういったところからも、マイクロソフトとOpenAIの距離の近さがわかる。
撮影:Business Insider Japan
実のところ、「ビジネスツールにおけるジェネレーティブAIでの作業支援」は、マイクロソフトの専売特許ではない。誰もが本命だと考え、多くの企業が開発を進めている。
例えば、文書作成ツール「Notion」が提供済みの新機能「Notion AI」はその一例だ。今回、大手2社が実現したことの一部はすでにNotion AIで実現可能で、当然いつかは大手もやってくるだろう……と予測されてきた。
とはいうものの、実際にグーグルやマイクロソフトなど、すでに多くのユーザーを抱える大企業が参入してきたのは、やはり大きなインパクトがある。こと「大規模言語モデルを使ったAI」が絡む領域では、ビッグテックとはいえ「大企業」らしからぬスピード感だ。
AIの開発自体、必要なサーバー資源や人材の面でいわゆるビッグテックが先行しているのは間違いない。
特に今年に入って以降、マイクロソフトは、ジェネレーティブAI戦略を立て続けに発表している。特に、2月7日発表の「新しいBing」におけるチャット検索の導入は、業界に大きなインパクトがあった。
3月14日、OpenAIは最新の大規模言語モデル「GPT-4」を発表したが、実は新しいBingのチャット検索も、2月からすでにGPT-4を利用していることが改めて発表されている。
ただし、マイクロソフトはOpenAIの技術をそのまま使っているわけではないようだ。2019年からの提携関係を活かし、OpenAIの技術を軸に、独自の技術を自社製品に組み込んでいく戦略を採っている。
Bingでは、GPT-4に検索エンジンの技術を組み合わせた「Prometheus(プロメテウス)」を使っている。
今回のオフィスツールに関する発表も、OpenAIの技術を使いつつ、それを自社向けに改良した「Microsoft 365 Copilot」として使う、というものだった。
一方で、グーグルが使っているのは、自社で開発した大規模言語モデル「PaLM」だ。
「OpenAIの技術」か「自社の技術か」という違いはあるものの、グーグルのアプローチの流れも似ている。
ただ、マイクロソフトにせよ、グーグルにせよ、生成型AI機能の存在が公開されただけで、実際に我々が使えるようになるのはまだ先の話だ。数カ月以内に実装されるが、利用料金などは公開されていない。
以前から計画? 「Microsoft 365」に隠されたマイクロソフトの野心
OpenAIとのパートナーシップを拡大することを発表するマイクロソフトのブログ記事より。
出典:マイクロソフト
とはいうものの、印象としては、「グーグルよりもマイクロソフトの方が一歩先を行っている」との印象が強いのは間違いない。
それは、マイクロソフトがすでに「新しいBing」を公開済みであること、ベースとなったOpenAIの「GPT-3」や「GPT-4」も、単独で実際に使えるようになっていることなどが大きい。
背景には、マイクロソフトがOpenAIと強力な関係を築いていることがある。
マイクロソフトは2019年からOpenAIに投資しており、1月には新たに複数年で100億ドル規模の投資をするとブルームバーグが報じた。また、OpenAIはクラウドインフラとして、マイクロソフトの「Azure」を使っている事実もある。
ポイントは、Microsoft 365 Copilotも、Google WorkspaceでのジェネレーティブAI対応も、「アプリ単体」ではそれほど意味をなさないということだ。メールやメッセージング、ワープロと表計算の間のように、「複数の文書をまたぎ、それぞれをAIが連携させること」で本当の価値をもつ。
マイクロソフトのプレゼンテーションは、この導線の見せ方が抜群に上手い。
以下の画像は、3月17日にオンラインで開催された、Microsoft 365 Copilotの発表会で流されたものだ。
ポイントは、オフィスのアイコンがあることではない。同時に、大規模言語モデル(LLM)に加え、「Microsoft Graph」(左下)があることだ。
Microsoft 365 Copilotの概念図。オフィスアプリ・大規模言語モデル・Microsoft Graphをうまくつないでいる。
出典:マイクロソフト
このように、「矢印」はLLM(大規模言語モデル)にもつながる。
出典:マイクロソフト
Microsoft Graphとは、Microsoft 365やマイクロソフトのクラウド基盤「Azure」で提供されるサービスにアクセスする仕組み。さまざまなデータをMicrosoft Graphで扱える形で蓄積しつつ、分析ツールや顧客とのコミュニケーションツール、業務支援などに活用する……というのが、マイクロソフトが理想とするシステム活用の形だ。
ただ従来、その活用にはシステム開発が必須で、手間も時間も必要だった。
しかし、大規模言語モデルが「Copilot」(副操縦士、助手)として補助してくれたらどうなるか? 手間とコストは下がり、情報活用が容易になる。
編注:既にChatGPTを使ってノンプログラマーがプログラミングをしたり、アプリを作成できたという事例はSNSなどで多くの報告がある
あくまで筆者の予想だが、別の言い方をすれば「マイクロソフトのシステムを導入していたが、データをイマイチ活用できていなかった」企業こそ、今回の変化で大きな利益を得る可能性がある
そうした部分までアピールできたことが、マイクロソフトの巧みさだ。
同じことをグーグルも考えてはいる。が、「ビジョンの明示」では後手に回っているのが実状だ。
さらに、マイクロソフトは数カ月前から、Microsoft 365 Copilotの存在を「チラ見せ」していた節がある。
Microsoft 365の現在のアイコン。実はこの形、Microsoft 365 Copilotでもそのまま使われている。
出典:マイクロソフト
上記の画像は、現在の「Microsoft 365」の紹介ページだ。Microsoft 365のアイコンが、2022年中に変更されていたことにお気づきの方もいるはずだ。このアイコンは、Microsoft 365 Copilotを象徴するものとして使われている。
こんな部分からも、マイクロソフトの戦略の巧みさを感じずにはいられない。