Wavebreakmedia/Getty Images
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
「こんなことを聞いたらバカだと思われるかな」という恐怖心から会議などで疑問を口にできなかった、という経験はありませんか? しかし入山先生によると、その一見バカみたいな質問こそが往々にして物事の本質を突くきっかけになるものなのだそうです。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:21分57秒)※クリックすると音声が流れます
「バカみたい」と思われてもいい
こんにちは、入山章栄です。
みなさんは会議などで、「何か質問はありますか?」と聞かれて、「こんなことを聞いたらバカだと思われそう」と思い、言葉を飲み込んだ経験はないですか?
ところが実はそういう「一見、頭が悪そうな質問」こそ、いい質問であることも多いのです。
BIJ編集部・常盤
入山先生はよくいろいろな方と対談をされますよね。そのとき、まったく馴染みのない分野の話題になることも多いと思います。そんなとき恥ずかし気もなく「それって何ですか?」とか「その言葉初めて聞いたんですけど、どういう意味ですか?」などと聞けますか?
僕はわりと、すぐに聞いちゃいますね。
BIJ編集部・常盤
そうですか……私、なかなかそれができなくて。でも最近、『アトランティック』誌の「本当にいい質問はちょっと間抜けな質問だ」というコラムを読んで、なるほどと思ったんですよね。私は今まではバカだと思われたくなくて、「スマートな質問をしなくちゃ」というプレッシャーがあったんですよ。
なるほど。僕も昔はそうでした。でも今は、一見「バカみたいな質問」って本当に重要だと考えていて、意図的にそういう質問を会議や対談ですることも多くあります。
キーワードは、「そもそも論」です。僕がそれを痛感するようになったのは、アメリカから日本に帰ってきて、いろいろな会社の経営会議に出席するようになってからです。日本ではみんな、びっくりするくらい「そもそも論」を議論しないんですよ。
「そもそも論」というのは、「われわれは何のためにこの仕事をするのか」とか「この会議の目的は何か」「このプロジェクトはそもそもなぜやるのか」というような、根本的な事柄を問うことです。日本の会社の会議では、このそもそも論を忘れている状態で、「キャッシュフローが」「利益相反が」などと、小難しい議論だけしていることがよくあります。
僕は日本企業の会議でそういう“空中戦”を黙って聞いているうちに、「このプロジェクトをやっている理由って何なんだろう」とか「待てよ、そもそも今日はなんでこの会議をしているんだっけ」という疑問が湧いてくるようになりました。
でもみんな、さも「そこはもう分かってるよね」という前提で話しているように見えていたので、当初はやはりなかなか言い出せなかったです。
でも、経営学者として「センスメイキング理論」という理論を理解し始めた頃から、このままではいけないと思うようになってきました。センスメイキング理論というのはものすごく大まかに言うと、「人は心の底から物事に納得して腹落ち(センスメイク)していないと、本当には動かない」という理論だと考えてください(センスメイキング理論については、この連載の第7回などを参照)。
人にとって大事なのは「腹落ち」「納得感」です。ですから、「このプロジェクトって何のためにやっているんだっけ」という納得感が全員にないように見える状態で、キャッシュフローや利益相反の議論だけをしてもしょうがない、と考えるようになりました。
そこで僕も勇気を出して、会議で「そもそも、われわれは何を目指しているんでしょう」とか「なんのためにこの事業をやっているんでしょうか」というような、そもそも論の質問をするようになったのです。
すると会議の参加者の多くは一瞬、虚を突かれて「あっ」となるんです。でもそこから、すごく本質的な議論をするようになって、議論の質が格段によくなる場合も多かった。
実際に僕は某ベンチャーの会議で、みんなが細かい戦略の話ばかりしているので、
「そんなことより、君たちは何をしたいの? この会社は、本質的に未来に向けて何をしたいの? 日本で勝てばいいの、それとも世界を取りに行くの?」
と聞いたことがあります。するとみんなぐっと詰まって、「久しぶりに本質的なことを言われちゃいました」と苦笑いしていました。でも、その質問を境に、議論が建設的な方向に進んだと思います。それで僕は、自分のそもそも論の質問は間違っていないと確信しました。
だから僕はこのアトランティックの記事の「ちょっと間抜けで頭が悪そうな質問ほどいい質問である」というのは、本当にその通りだと思います。大事なのは、一見頭が悪そうな、「そもそも論」の質問を時に投げかけることなんですよ。
高校生からの質問「働くって何ですか?」
もちろん、僕がそういう質問ができるのは「大学の先生」という立場もあるかもしれませんね。「なんでも知っている」と思われている(本当は全然そんなことはありません)からこそ、かえってバカみたいな質問もしやすいところがありますから。
そこで提案ですが、僕のような立場の人がいない一般の会社では、「リバースメンタリング」を意識してみるといいかもしれません。これは「若手社員が役員に指導をする」というように、上下の立場を逆転させること。つまり自分より圧倒的に若い人と対話をして、メンターになってもらうことです。これは素晴らしい気づきをもたらしてくれるんですよ。
僕はいま島根県の海士町の教育プログラムに関わっていて、そこで「SHIMA-NAGASHI」という研修プログラムを監修しました。
プログラムが完成したあと、「監修者なんですから実際に経験してください」と言われ、僕も後鳥羽上皇のように、島に流されにいくことにしました。
一緒に「流された」メンバーは、人事のプロとして知られる島田由香さんが連れてきた、大手企業の錚々たるメンバーの方々です。彼ら彼女らに海士町の島前高校の高校生がいろいろなことを質問するなかで、高校生の一人が大手企業の人事のトップに、「働くって何ですか?」と聞いたんですよ。
BIJ編集部・常盤
働くとは何か、ですか。それはまた本質的な。
まさにこれは、一見するとバカみたいな、でも本質的な「そもそも論」ですよね。ところが、その大手企業の方はその高校生の言葉にとっさに答えられませんでした。大手企業の人事のトップの方ですが、「働くとは何かについて、実は真剣に考えたことがなかったかもしれない」と後でおっしゃっていました。
それくらいド直球の質問だったんですね。
こんな質問を堂々とできるのも、高校生だからですよね。こんなふうに、一見バカみたいな質問をしたりされたりする機会を増やすのは、本当に大事だと思います。その意味でもリバースメンタリングは、大事ですね。
BIJ編集部・野田
もしかしたら、子育てもそれに近いところがあるのでは。子どもから「なぜ? どうして?」と質問攻めにあうのは、リバースメンタリングに近い経験かもしれませんね。
子どもに聞かれても、すぐに答えられないことは多いですからね。だから大人もそういう質問をされたら、「バカなこと言ってないで勉強しなさい」みたいに片付けないで、ちゃんと考えないといけない。
会社でも「何のためにわれわれはこの仕事をやっているのか」というような根源的なことについて考えるのは面倒くさいから、つい後回しにしがちです。でもここが弱いままだと、自分のやっていることに腹落ちがないまま、小手先の議論に流れてしまうので、つまらない忖度とつまらない会議が増えるだけなんですよ。
BIJ編集部・常盤
たしかに。例えば自分が急に呼ばれた会議に参加すると、最初のうちは様子が分からないからじっと聞いていますよね。そうすると、「この話は先日の別の会議でもしていたのに、なぜメンバーが被っているこの会議でまた議論しているんだろう」という疑問が頭の中で渦巻くことがあります。
そのとき「これは何のための会議でしたっけ?」と、勇気をもって質問するのが新参者の務めかもしれませんね。意外とみんなも同じことを思っていたりして。
そう。それをしないと、なんとなく始まってしまいますから。「これはもうこの間の会議で結論が出たから、集まっても意味がないね。はい、解散!」でいいんですよ。
BIJ編集部・常盤
それで会議が一つなくなれば、みんなその分、時間を他のことに使えますからね。空気を読まずに「そもそもこれって……」と質問をすることで、生産性が高まるかもしれません。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。