一般社団法人精神障害当事者会ポルケ 代表理事の山田悠平さん(左)と、ゲストで東京大学大学院 総合文化研究科 特任准教授の井筒節さん(右)。
撮影:小林優多郎
2023年1月26日、27日の2日間にわたってお送りしたBusiness Insider Japan主催のイベント「BEYOND MILLENNIALS 2023」。
その特別回として、精神障害者への差別や偏見を取り除くことや、企業の障害者雇用促進などに取り組む山田悠平さんと、研究者として長くこの分野に関わってこられた井筒節さんが登場。
DE&Iの中でもまだ途上と言える「ニューロダイバーシティ(※)」への取り組みについて、その実態と課題、今後の展開について聞いた。
※ニューロダイバーシティ:脳や神経、それに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこうという考え方(経済産業省)
当日の様子はYouTubeでご視聴いただけます。
撮影:Business Insider Japan
──障害者は、国連によると世界人口の15パーセントに上ると聞きました。この分野に長く関わってこられた井筒さんに、改めて「精神障害」についてお伺いします。
井筒節さん(以下、井筒):2006年に障害者権利条約ができましたが、そこから考え方が大きく変わりました。
「障害」におけるモデルの変化について。井筒さんは国連本部精神保健・障害チーフなどを経て現職。
画像:番組よりスクリーンショット
以前は、障害者には助けや治療が必要といった「医学モデル」として考える方が多かったと思います。それが条約によって、「社会モデル」の考え方に変わりました。法律上も、既に社会モデルが採用されています。
「社会モデル」とは、「障害」は障害者ではなく社会が作り出しているという考え方です。
例えば車椅子を使っているのは、眼鏡をかけていることや髪の毛が茶色であることと同じように、多様な個性の一つ。
もし車椅子を使っている方の前に階段があった場合、当事者ではなく「階段」が障害物で、それを取り除くかスロープやエレベーターを設置しようという考えです。
つまり、個人の側を変えるのではなく、社会に存在するさまざまなバリア(社会的障壁)を取り除くという考え方です。
社会モデルにおけるバリアについて。
画像:番組よりスクリーンショット
社会モデルには「制度のバリア」もあります。例えば盲導犬と一緒に入れないお店は、目の見えない方は利用できません。これもバリアです。
他には、差別する気持ちや、障害に対して例えばステレオタイプに基づいて「〇〇ができないに違いない」というステレオタイプ(固定観念)を持つ、「態度のバリア」もあります。
こうした社会モデルの考え方は、条約が批准された後も日本ではなかなか知られていません。障害コミュニティに限ることなく、それを広めていくことが重要です。
精神障害者の場づくり、差別・偏見を取り除く活動をする「ポルケ」
自身の活動について語る一般社団法人精神障害当事者会ポルケ 代表理事の山田悠平さん。
撮影:小林優多郎
山田悠平さん(以下、山田):日本では精神障害への偏見への問題があり、それが精神障害者の社会参加を阻害する要因にもなっています。
2016年に精神障害当事者が運営する団体として発足したポルケでは、こうした実態や当事者が抱える課題を広く知ってもらうための活動を行っています。
直近の具体的な活動としては、2022年には障害者権利条約についての障害者権利委員会による審査(=建設的対話)があったのですが、それに際してジュネーブで国内の状況をレポートしたり、話す機会をいただきました。
──普段は当事者同士のワークショップ等もされているのですか?
山田:そうですね。現状の日本では、当事者が精神障害であることをカミングアウトしたり、仲間内でその話題を話す機会自体が難しい状況もあります。私たちは「お話し会」と呼びますが、そのように当事者が話しやすい場づくりの支援もしています。
出典:ポルケ
──活動のなかでどんなことに課題を感じていますか。
山田:精神障害は、偏見の問題もありますし、見た目で分かりづらいこともあり、自分から障害があることを言語化して周囲に伝えることがなかなか難しいと感じています。
社会の中のバリアーを取り除くことを障害者側から求める手続きを「合理的配慮」と呼びますが、それをめぐる事業者や職場ので対話のあり方が今後のダイバーシティをつくるうえでの課題の一つだと考えます。
──例えば、障害特性や服薬治療の副作用で、毎朝の継続した出勤に困難があるために勤務時間を後ろにずらすケースがあるとします。この場合、合理的配慮のもとでは、就業規則に個人が合わせるのではなく、個人の特性に応じて柔軟にルールを変更するということですね。
山田:そう思います。
──こうした合理的配慮は世界的に進んでいるのでしょうか。
井筒:さまざまなことが大幅に変わってきていると思います。分かりやすい例だと“誰一人取り残さない”をスローガンに掲げた「SDGs(持続可能な開発目標)」です。
17のゴールのうち、教育、雇用など5つのゴールに障害に関連するターゲットが入っています。
このように、障害や多様性を包含していく動きが加速しています。あとは一人ひとりが実施していく段階に来ていると思います。
「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」
──ビジネスパーソンに対して、期待することや心がけてほしいことはありますか?
山田:障害者雇用促進法の中で、2018年に精神障害者の雇用義務化の流れがありましたし、今後、精神障害者とともに働くことがさらに一般化していくと考えます。
また同時期に、職場でのメンタルヘルスチェック義務化もあり、労働環境におけるメンタルヘルスのイシューがクローズアップされています。
精神障害のある人からすると、職場での相談をしくいとの声が寄せられています。合理的配慮をめぐっての対話をどのように構築していくべきかは、今後ますます取り組んでいきたいテーマの一つです。
「精神障害」について語る井筒節さん。
撮影:小林優多郎
井筒:障害者権利条約のスローガンに「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」があります。
周りが「こうしたらいいだろう」と決めるのではなく、当事者一人ひとりと対話をして、一緒に計画したり決めたりすることが大切です。これは各企業でもできることです。
また、WHOと世界銀行は「1ドルをメンタルヘルスに投資すると、4ドルになって戻ってくる」と言っています。私たち人間は心の生き物なので、嫉妬や不安、恐怖等に対処できることを含め、人の精神保健に注目していくことは重要なことであり、大切なビジネスにもなるはずです。
──経済産業省も近年、ニューロダイバーシティの研究を始めています。権利を主張するだけではなく、個性を活かし、全体として経済成長もしていき、心の幸せを得ていくことが進んでいるのかと思います。
山田:そうですね。一方で合理的配慮については、当事者しか気づかないことも多く、当事者が発信することで社会にインパクトを与えることもあります。当事者側からもそうしたムーブメントを作っていきたいと思います。
司会進行は、Business Insider Japan ブランドディレクターの高阪のぞみ(写真左)が務めた。
撮影:小林優多郎
──当事者ではないと見えないから考える機会もなく、顕在化しないということですよね。最後に一言お願いします。
井筒:ステレオタイプにとらわれず、声を上げない人も含め、一人ひとりの当事者の想いに耳を傾ける。そしてアカウンタビリティ(説明責任)を果たし、見える化するためにデータをきちんととる工夫もさらに求められていくと思いますし、これらを早めにつくるとビジネスにもなると思います。
山田:さまざまなかたちで当事者の方とプロジェクトを進めたり、ビジネスの領域でも広げていけると良いですね。ぜひみなさんと協働しながら一緒に取り組んでいきたいです。