スイスの規制当局は、UBSによるクレディ・スイス買収取引の一環として、AT1債の価値をゼロに引き下げた。
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- クレディ・スイスは3月19日、長年のライバルであるUBSによって救済された。
- その一環として、スイスの規制当局は、クレディ・スイスの「AT1債」の価値をゼロに引き下げた。
- ここでは、AT1債について知っておくべきこと、そしてなぜAT1債が金融市場のさらなる混乱に拍車をかける可能性があるのかについて解説する。
スイスの金融最大手UBSは2023年3月19日、長年のライバルであり、窮地に陥っていたクレディ・スイス(Credit Suisse)を救済するために、30億スイスフラン(約4300億円)で買収した。だが、クレディ・スイスが発行したいわゆる「AT1債」の保有者は打撃を被っている。
買収が発表された時点で、市場を規制するスイス連邦金融市場監督機構(FINMA)はクレディ・スイスのAT1債が無価値になると述べ、憤慨した投資家は、他のヨーロッパの銀行株まで手放している。
クレディ・スイスとAT1債について知っておくべきことを紹介する。
「AT1債」とは何か
AT1債は、偶発転換社債(contingent convertible bonds:CoCo債)とも呼ばれ、2008年の金融危機後に、新しいタイプの固定金利資産として登場した。国債のような一般的に安全性が高いとされる資産よりも、高い利回りを提供するリスクの高い債券の一種だ。
例えば、10年物米国債の利回りは現在約3.58%だが、クレディ・スイスのAT1債の表面利率は9.75%だった。
また、AT1はハイブリッド債であり、銀行の財務状況が一定水準を下回った場合、株式に転換することもできる。これは、危機の際に銀行の資本レベルを引き上げ、負債を減らす役割を果たす。
クレディ・スイスに何が起きたのか
FINMAは3月19日、クレディ・スイスのAT1債が無価値になると述べ、一晩で160億スイス・フラン(約2兆2800億円)相当の資産が事実上消滅することになった。
資本金の返済に関しては、通常、株主よりも債権保有者の方が上位に位置付けられる。しかし、クレディ・スイスのAT1債保有者は、FINMAが無価値化を決定したことで、手元に何も残らない。一方、株主は買収取引の一環として、約0.70スイスフラン(約101円)でUBSに株式を売却するオプションを得た。
法律事務所のクイン・エマニュエル(Quinn Emanuel)は3月20日、弁護士チームを編成し、FINMAに対して法的措置を取る可能性についてAT1債保有者に打診していると述べた。
だがこの状況は、規制当局が契約書を読み違えた可能性もある。クレディ・スイスのAT1債は、債務を株主に負わせて帳消しにできるような特別な構造になっているのだ。
以前にも同じようなことが起きている
以前にも同じようなことが、ごくまれなケースとして起きているが、クレディ・スイスほどの大規模な銀行が当事者となったことはない。
今回のFINMAによる決断に最も近い事例は、2017年にスペインのポプラール・エスパニョール銀行(Banco Popular)の破綻処理だ。ライバルのサンタンデール銀行(Banco Santander)による救済措置の一環として、AT1債に加え、この時は株式まで価値を失った。その後、AT1債保有者のグループは、クイン・エマニュエルを代理人として規制当局に対する訴訟を起こそうとしたが、失敗に終わった。
何が問題なのか
FINMAがクレディ・スイスのAT1債を無価値にしたことで、欧州の銀行が発行する他のAT1債は暴落した。同様に規制当局に無価値にされるのではないかという懸念からだ。
インベスコ(Invesco)の「AT1キャピタルボンドETF」は、3月20日の市場開始時に14%急落したが、その後、損失は一部縮小し、取引は5%弱の下落で終えた。BNPパリバ(BNP Paribas)、サンタンデールといった大手、そしてUBSの銀行株までもが20日に急落している。
フィナンシャル・タイムズのデータによると、AT1債は2022年の市場規模が2600億ドル(約34兆円)だった。それを投資家が買い控えるようになると、銀行による債権の発行が難しくなる可能性がある。FINMAの決定により、UBSがクレディ・スイスを救済してから欧州に広がった銀行危機が長引くリスクが高まっている。
「このことが投資家を怯えさせ、他の銀行債の売りにつながり、株価を圧迫しているようだ」と、投資プラットフォームAJベル(AJ Bell)の投資ディレクター、ラス・モールド(Russ Mould)は述べている。
「つまり、この数週間に見られた銀行危機は、収束したというよりも新たな章に入ったということを意味している」