インフレで商品の値上がりが続くなか、消費者はより慎重に買い物するようになった。
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個人消費の底堅さは、この1年の消費市場における最大のサプライズと言えるかもしれない。
アメリカの小売り売上高が懸念されたほど落ち込んでいないことは、数十年来の高インフレと金利上昇という経済状況にあっても、消費意欲が押しつぶされていないことを示している。
国内総生産(GDP)の約3分の2を占める個人消費支出の力強さが、アメリカの景気後退をぎりぎりのところで食い止めていると言っていいだろう。
投資家が消費と経済の実態を確認する格好の場となる年次会議を、スイス金融大手UBSが2023年も開催した。アメリカの小売り大手16社を招いて3月15〜16日にニューヨークで開かれた「グローバル消費者・小売りカンファレンス」がそれだ。
登壇した経営者たちの共通認識は、「消費は今のところ安定しているが、懸念すべき点もある」といったところだ。
カンファレンス終了の翌日、マイケル・ラッサー率いるUBSのアナリストチームは顧客向けメールでこう指摘した。
「カンファレンスに参加した企業からは、個人消費の底堅さは今のところ変わらないという意見が聞かれました。ただし、注意すべきいくつかの兆候が表れています」
慎重に商品を選ぶ消費者が増えている
歴史的な高インフレは2022年夏をピークに低下傾向にあるとは言え、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げを通じた必死の抑制策にもかかわらず、2023年も1ケタ台半ばのインフレ率が続くというのが大方の予想だ。
物価上昇で実質的な購買力が低下する中でも消費者は支出を続けているものの、先のカンファンレンスに参加したいくつかの企業からは、買い物客が購入する商品をより慎重に選ぶようになったとの指摘がなされている。
スーパー最大手クローガー(Kroger)の調査によると、顧客の約3分の2はアメリカが不況に陥っていると考えており、いずれの所得階層もそれぞれのやり方で支出を調整していることが分かった。
高所得層は高級食料品店での買い物回数を減らし、低所得層はナショナルブランド(大手メーカー品)ではなく、より安いクローガーのプライベートブランド(PB)を選び、購入する品数も減らしている。
ウォルマート(Walmart)の顧客も、新鮮な野菜の代わりに冷凍野菜を買うなど、より安価な商品に切り替えている。同社のPB商品の売上比率は、前四半期(2022年11月〜23年1月)に前年同期比1.6ポイント増加、月を追うごとに上昇の勢いが加速した。
一方で、消費者が安価で低品質な商品に移行する様子は見られないとする企業もある。
業務用食品卸大手のシスコ(Sysco)は、取引先のレストランにおいて、いわゆる「トレードダウン」(より安いものを選ぶ消費動向)の動きはまだ見られないが、そうなった場合に備えて、取引先により安い食材を供給する用意はしていると述べた。
家電量販店のベストバイ(Best Buy)でも、高所得の顧客が多いためか、トレードダウンの動きは広がっていない。同社は2023年、業界平均水準またはそれ以上の成長率を見込んでいるものの、今後の消費動向次第では値引き販促を増やす必要があるかもしれない。
新型コロナウイルス感染症の影響による巣ごもり需要の拡大で、2021年には注文に応じきれないほどの活況を呈したベストバイだが、2022年7月以降はその反動で需要が細り、値引き販売を増やしている。
足元の値引き販売の比率は、すでにパンデミック前の水準に戻っているという。今後、売り上げを伸ばすための値引き販売がさらに増えれば、同社の利益を圧迫することになるだろう。
業種や業態の違いで買い物客の反応も違う
トレードダウンと需要伸び悩みに加え、仕入原価や物流費などのコスト上昇があり、小売業の利益率は需給両面から圧迫されている。こうした状況に苦労している企業もあれば、消費需要の変化をうまく捉え、対処している企業もある。
年間売上高15億ドルの自動車整備・修理会社モンロー(Monro)では、顧客がより安いタイヤを購入し、自動車点検の頻度を減らしているため、価格を引き下げざるを得ない状況だ。しかし、バイイングパワー(販売力を背景とする強い仕入れ力、購買力)を持つ競合大手と同水準まで引き下げるのは容易ではない。
その点、年間売上高440億ドルと約30倍の規模を持つオートゾーン(AutoZone)は、コスト上昇分を価格に転嫁することで利幅を維持しており、しかも客離れの傾向は見られない。
また、犬用品の宅配サービス「BarkBox」を運営するバーク(Bark)に至っては、顧客がペットのためにより高品質な商品を購入するようになっていると報告している。会員のリテンションレート(継続率)も着実に伸びている。
一方、住宅用タイルの専門店タイルショップ(The Tile Shop)では、来店客が価格に敏感になっていることに気づき、ウェブサイト上に住宅リフォームのための値引き商品コーナーを設けたところ、旺盛な需要を獲得することができたという。
全体的には底堅さを保っている消費市場だが、その実態をつぶさに観察すれば、業種・業態や品種の違いにより、まだら模様であることが分かる。
先行きが見通しづらい消費動向の中で、需給両面からの利益率の圧迫を乗り切るのは、綱渡りのような難しさがある。
今買うべき4つの小売り銘柄
こうした状況下にあっても、UBSが「買い」を推奨している小売り企業が4社ある。以下では4銘柄の株価動向と時価総額、UBSのカンファレンスで各社の経営陣が語ったコメントの一部を紹介しよう。
【買い推奨1】ウォルマート(Walmart)
Markets Insider
時価総額:3777億ドル
「高所得層の買い物客が食料品売り上げの拡大をもたらす」
ウォルマートでは、プライベートブランド(PB)を含むより安価な商品への買い替えが進んでいることに加え、ここ3~6カ月で顧客のクレジットカード利用率が上昇している。クレジット依存度の高まりは、買い物客が現金を手元に残したがっている現状を示唆する。
物価が高騰する中で明らかになったもう一つの消費者行動の変化は、より多くの高所得層がウォルマートで買い物をするようになったことだ。
同社によれば、2022会計年度第4四半期(2022年11月〜23年1月)の食料品販売シェア拡大の半分以上は、定期的に買い物をする高所得客がもたらした。会員制有料宅配サービス「ウォルマートプラス(Walmart+)」もシェア拡大に寄与している。
一方、家具や電子機器、家電製品など非生活必需品の需要は弱く、パンデミック時の需要拡大の反動が見られる。これを受けてウォルマートは、食品・日用品を除く一般商品(衣料品や住居関連商品)への支出動向を注視しているという。
【買い推奨2】ターゲット(Target)
Markets Insider
時価総額:745億ドル
「デジタル売り上げの比率が20%に上昇」
ディスカウントストア大手ターゲット(Target)は、高インフレに対する顧客の反応について詳しく説明しなかったが、値上げを余儀なくされる可能性のあるリスクとして、盗難(万引きおよび従業員による窃盗)の問題を取り上げた。
経営用語で「在庫縮小(inventory shrink)」と表現される盗難が、ここ数年で倍以上に増加していると同社は報告した。盗難による損失で利益が一定以上減少した場合、ターゲットは値上げをせざるを得ず、その代償は回り回って顧客が支払うことになる。
また、パンデミックで急増したターゲットのデジタル売上高(ネット販売)は現在も伸び続けており、オンラインショッピングを好む消費傾向は変わらない。2019年に9%だった同社のデジタル売上高比率は、現在では20%まで上昇している。
【買い推奨3】シスコ(Sysco)
Markets Insider
時価総額:383億ドル
「高価格帯プライベートブランド(PB)の販売が絶好調」
業務用食品卸大手シスコによると、顧客である外食店は、同社のPB商品のうち、より高品質のものを選ぶようになっている。
したがって、高価格帯PBの販売は絶好調だが、それは同社にとっては諸刃の剣とも言える。低価格帯PBを買う場合に比べて、購入の絶対量が減るからだ。高価格帯PBの販売増で利益率は高まるものの、売上高の減少というまた別の問題を抱えることになる。
【買い推奨4】ナショナルビジョン(National Vision)
Markets Insider
時価総額:14億ドル
「インフレ下で価格訴求力を発揮」
眼鏡・コンタクトレンズ専門店のナショナルビジョン(National Vison)は、低価格を武器に成長を続けている。視力矯正のニーズは景気変動の影響を受けにくく、物価上昇局面では同社の低価格PBがより威力を発揮する。
同社では視力検査と眼鏡をセット価格で提供しており、眼科の処方箋が必要ない。そのため、保険未加入の低所得層が売上高の3分の2を占める。2022年夏以降の燃料価格の高騰で、保険未加入者が支出を減らしているのが懸念材料だ。
ただし、マネージドケア事業者(医療費支払い・請求代行、医療機関紹介などを通じて医療費の削減や高度医療サービスの選択肢を提供する)からの紹介で訪れる保険加入者の需要は安定している。