アドビの開発者たちが社内で進めるプロジェクトを「チラ見せ」する「Sneaks」がSummit 2023でも開催された。
撮影:小林優多郎
アドビは3月23日(現地時間)、アメリカ・ラスベガスで開催中の年次イベント「Adobe Summit 2023」で、開発中の未発表機能のプレビューを行なった。
これは同イベント内の「Sneaks(スニークス)」と言う恒例のイベントで実施され、過去にSneaksで発表された内容の4〜5割は製品化を果たしている。
写真右からゲストのコメディアン兼役者のティグ・ノタロ(Tig Notaro)氏と、アドビでAnalytics & Data Science Evangelistを務めるエリック・マティソフ(Eric Matisoff)氏。
撮影:小林優多郎
今回発表された開発中の機能はそれぞれ開発コードネームがTwitterのハッシュタグとなっており、Twitterの投稿内容や投稿数に応じて、アドビ社内での開発の順序や内容の参考にするという。
アドビは年に2回イベントを開催している。デジタルマーケティング製品群の「Exprience Cloud」中心のSummit、クリエイティブ製品群の「Creative Cloud」中心のMAXだ。ただ、ジャンルは違えど両イベントのSneaksでは共通してAIに代表される先進技術を活用した開発コンセプトを毎年公開している。
イベントで公開された七つの新コンセプトを見ていこう。
未来を予測する「Project Path Wise」
「Adobe Journey Optimizer」で、プロモーション施策のプランニングができる。
撮影:小林優多郎
「どうすれば顧客とエンゲージ(関与)できるか。将来を見極められたらどう思うか」
Project Path Wise(プロジェクト・パスワイズ)をプレゼンした開発者はそう切り出した。
同機能は、ユーザーの体験の流れを計画・可視化する「Adobe Journey Optimizer」上で実行されたシミュレーション機能だ。
デモは、架空のスポーツジムにおいて、あまりジムに来ていないユーザーに対するキャンペーンプランを例に実施された。該当のターゲットに対し、アプリを入れている人にはプッシュ通知で、そうでない人にはEメールを送る……というシンプルなものだ。
AIが施策案を提示しているところ。
撮影:小林優多郎
メールやアプリ通知の開封率を上げるため、複数のキャンペーンの計画を作り、その施策でどのぐらい開封率が上がるかを過去の施策などからAIが予測、改善案を提案していた。
AIはアプリの通知を25歳以下とそれ以外に分けて、「25歳以下には新しい装置について通知」「36歳以上にはZumba(ダンス)クラスについて通知」という2案を提案していた。試しにZumbaクラスの案を追加してみると、顧客生涯価値(LTV)が5%向上する、という結果が予測された。
AIが変更した施策の効果を予測しているところ。
撮影:小林優多郎
提案された施策を実行したとして、本当にその結果が出るかは分からない。
ただ、AIによって新しい施策の提案から、過去の情報からの予測をクリック操作で行えるのはシンプルに便利な機能と言える。
過去の動向に合わせて動画を最適化する「Project Custom Clips」
デモはPremiere Rush上で行われた。
撮影:小林優多郎
二つ目に紹介されたProject Custom Clips(プロジェクト・カスタムクリップ)は、クリックだけでできる動画アセット最適化ツールだ。
簡単に言えば「オーディエンス(広告の受け取り手)に対して印象の強い動画になっているのか」を、AIが判断し、編集できる。
オーディエンスを指定しているところ。
撮影:小林優多郎
デモは、初心者向け動画ツール「Premiere Rush」上で実施。既に存在する広告動画について、届けたいオーディエンス(「都会好き」 か「アウトドア好き」、デモではまず後者)を選択すると、現在の状態の動画が「mid(まあまあ)」と表示された。
その後、アウトドア好きにはランニングやスケボーなど中心の動画に、都会好きには世界の都市を紹介するクリップを中心にした動画が生成された(最適化後の動画の状態はそれぞれhighに変わった)。
「アウトドア好き」に最適化された動画。自然が多く、外でのアクティビティを髣髴とされるクリップで構成された。
撮影:小林優多郎
この機能の強みは数クリックで印象的な動画の編集ができる点や、提案や編集結果が過去のキャンペーンの結果が根拠となっている点だ。
多数のターゲット向けの画像を大量に生成できる「Project Limitless Options」
Project Limitless Optionsでシェフのエプロンや帽子の色を変えている。
撮影:小林優多郎
続いて紹介されたのは、Project Limitless Options(プロジェクト・リミットレスオプション)。自社のウェブサイトやメールでパーソナライズ化されたコンテンツを生成することに特化している。
デモでは、架空のレストランのサイトや宣伝メールに載せる画像の編集作業が披露された。
元となる画像は「Adobe Experience Platform」にアセットとして登録されている。食品メニューの画像とシェフの男性の写真を用意し、食品の種類やブランドによってシェフの服の色などを変えられるようになっていた。
シェフに画像などを元に生成されたさまざまなパターンの画像。
撮影:小林優多郎
こうした画像は、一つひとつクリエイターに頼んだり、マーケティング担当者がPhotoshopを操作して色調等をいじったりして作られているわけではない。元画像と届けたいオーディエンスの情報を元に、AIが多数の素材を生成している。
生成した画像は再びExperience Platformに登録され、その画像が並ぶ様子に、会場の観客からはドッと歓声が上がっていた。
ユーザーも店も助かる色特化型レコメンド機能「Project True Colors」
AIが判断したティグ・ノタロ氏の「似合う色」。
撮影:小林優多郎
四つ目はProject True Colors(プロジェクト・トゥルーカラー)で、アパレルなどのECサイト向け機能だ。
サイトに訪れる消費者目線で、商品の絞り込みをサポートしてくれる。自分で好みの色を選ぶのではなく、Webカメラで撮影した自分自身の姿をもとに、肌の色合いや髪の光沢などから自分に似合う色をAIが判断する。
分析にはWebカメラで撮影した画像を利用する(機材の都合でしゃがんで演台の下のカメラを使っている)。
撮影:小林優多郎
消費者がその色に納得すれば、その色を含む服を検索できる、といった流れだ。
なお、 True Colorsは消費者向け機能に加え、サイト運営側への機能も提供する。
デモでは、新商品として登録した商品写真から色データを抽出して提案する機能、商品にあまり使われていない色やこれから需要が増えそうな色を表示するダッシュボード機能が披露された。
ネットの買い物体験が変わる「Project Fast Filtered」
AIがレコメンドしてきた内容。
撮影:小林優多郎
五つ目にプレゼンされたProject Fast Filtered (プロジェクト・ファストフィルター)も、True Colorsと同じくECサイト向けの機能だ。
開発者曰くイメージは「買い物客専属の販売アシスタント」。とはいえ、チャット画面や有人無人のアバターなどが表示されるわけではない。
簡単に言えば「超強力な絞り込み機能」と「サイトの表示をリアルタイムで変える機能」を組み合わせたものだ。
デモでは、架空の家具店のECサイトで「棚付きのオフィス机を検索」「机の脚の長さをサムネイル上に表示」などの操作が行われた。
サムネイル上に黄色のラベルで「脚の長さ」が表示されている。
撮影:小林優多郎
そうした柔軟な絞り込みや表示の切り替えができる点も本機能の一つの特徴だ。ただし、真骨頂と言えるのは、そのフィルターの提案自体をAIが行うという点だ。
サイト管理者はサイトのCMS(コンテンツ管理システム)に表示されたフィルターのレコメンドリストから「Enable(有効にする)」ボタンを押すだけでいい。
超パーソナライズ時代のマーケターを助ける「Project Segment Smarts」
Project Segment Smartsでタグや設定済みのセグメント別に効果的な資料を絞り込める。
撮影:小林優多郎
続いて紹介されたProject Segment Smarts (プロジェクト・セグメントスマート)は、制作したクリエイティブ=コンテンツ資産を検索・推奨するマーケター向け機能だ。
これはシンプルに登録された文字列などを元に検索するというわけではなく、Adobe Senseiがアセット一つひとつを認識し、特徴タグを設定し、そのタグや「Experience Platform」で作成するセグメント情報(オーディエンスの所在地、年齢など)を元に絞り込める。
機能の概要だけ書き出せばやや地味だが、Project Limitless Optionsで自動生成したらなおさらだが、「パーソナライズ」が重視されたマーケット活動においてはどうしても制作・管理する素材の種類は多くなる。
タグとセグメントの「重なり」が表現されている。
撮影:小林優多郎
Segment Smarts開発者によると、一般的な会社で「アップロードされる何らかの素材は年間8万個以上」であり、マーケターが効果的な素材を選ぶだけでも一苦労なのは想像に難くない。
素材がただレコメンドされるだけではなく、画面右側で選択中のタグ情報とオーディエンスの情報がどれぐらいマッチしているか図で確認もできる。
分析レポートを共同表示・操作できる「Project Side by Side」
「Project Side by Side」は操作もできる画面共有機能。
撮影:小林優多郎
最後のプレゼンとなったProject Side by Side(プロジェクト・サイドバイサイド)は、Sneaksの中ではかなり変化球的な機能だ。
一言で言うなら「Googleドキュメントのように共同操作できる分析ツール」だ。
デモでは、分析ツール「Adobe Customer Analytics」の画面をプレゼンターのPCからゲストのPCに共有していた。
ただ、画面を共有するだけであれば、Zoomなどの画面共有機能を使えばいい。Side by Sideは画面を見ているどちらのユーザーも操作が可能な点が最大の特徴となる。
例えば、自宅などの遠隔地で作業している同僚や上司とレポートを見て、操作しながらコミュニケーションを取ることで、より深い分析ができる、ということを期待している。
AI機能の実用性が増した本発表とSneaks
今回のSneaksはやや機材トラブルが複数起きたが、ノタロ氏のコメントで会場の雰囲気は保たれた。
撮影:小林優多郎
個人的な今回のSneaksの印象は「やや盛り上がりに欠ける」と言うのが正直なところだ。これはよく言えば「実装が近そうな地に足のついた具体性のある機能」が多かったとも言える。
なぜ、ワクワクしないのか。それは、ひとえに今回のSummitの目玉である「Adobe Firefly」や「Adobe Sensei GenAI」といった生成型AIのデモや発表を見た後だったからだと思う。
今までのSneaksも今回の内容の一部も、やはり鍵を握っているのはAIだ。
ただ、既に驚きのあるAI機能が「実用手前」まで来ていると、それに似ている、もしくはある程度予測できる機能が「開発中」と言われてもあまり驚かないという感覚だ。
とは言え、いずれの機能もAIが活躍するパーソナライズとカスタマージャーニー(顧客体験)が重要視される新しいビジネスの中では、実用性の高い機能であることは間違いない。
今回発表した七つの機能をいかに実用化していくかと同時に、「AI時代でも魔法に見える先進機能」をどう考えていくか、アドビの開発者陣に期待が集まる。