3月22日、モスクワ市内での晩さん会終了後、中国の習近平国家主席(中央右)を建物の外まで見送るロシアのプーチン大統領(中央左)。
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異例の3期目入りを果たした中国の習近平国家主席は、直後の外遊先としてロシアを訪問(3月20〜22日)し、プーチン大統領と10時間以上におよぶ首脳会談を行った。
ロシアのウクライナ侵攻について、習氏は「責任ある対話」を提案し、対話と和平に向けた仲裁役を担う立場を鮮明にした。
ウクライナも中国の仲介を否定せず、西側諸国の対応にも温度差が垣間見える中、中国抜きのウクライナ和平はないことを印象付けた。
あえて「玉虫色」の狙い
首脳会談後に発表された中ロ共同声明を、ウクライナ問題を中心に振り返ろう。
日本のメディアは早速、今回の共同声明がロシアに撤退を求めていないことを理由に中国を批判している。
しかし、声明のウクライナ部分は「双方は、国際連合憲章の目的と原則が尊重されなければならず、国際法が尊重されなければならないと信じる」と書く。
ウクライナ侵攻が国連憲章に違反していることは明らかであり、したがってこの部分は中国からロシアに向けられた批判とも受け取れる。必ずしもロシア寄りのスタンスとは言えない。
その一方、声明は続けて「他国の正当な安全保障上の利益を害する軍事的、政治的またはその他の優位性を求めるいかなる国または国のグループにも反対」するとし、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大への批判も展開した。
ロシア批判ともアメリカ批判ともとれる「玉虫色」の内容となっており、中国の狙いもそこにあると筆者は考える。
中国の仲介を高く評価
さらに声明は、ウクライナ危機の解決に積極的な役割を果たす中国の意思を(ロシアが)歓迎し、「『ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場』に示された建設的な命題を歓迎する」と中国の仲介工作を評価した。
しかし、ロシア軍のウクライナ領土からの撤退や、併合宣言した東・南部4州の扱いには一切触れていない。
習氏の訪ロに先立って2月24日に公表された和平案は、冒頭で「国連憲章の厳格な尊重と各国の主権・独立、領土保全の保障」を強調しており、今回の共同声明に登場する国連憲章や主権と領土の保全といった主張は、それをなぞったものであることが分かる。
また、台湾問題についても言及があり、中ロ両国は「外部勢力による内政干渉に反対」とした上で、「(ロシアは)いかなる形の『台湾独立』にも反対し、主権維持と領土保全のための中国の措置を断固として支持する」とうたった。
2022年2月の前回首脳会談の声明では、ロシアは「一つの中国」原則を順守し「台湾独立に反対する」とするだけの簡単な表現だった。それが今回は「主権を維持し領土を保全するための中国の措置を断固として支持する」と、中国の武力行使を支持するとも受け取れる踏み込んだ表現に変化している。
これは中国側の要求に、ロシアが従ったものと考えていいだろう。
中ロ両国間の関係について、共同声明は(1)冷戦時代のような軍事政治同盟ではなく、非同盟、非対立、非標的の性格、(2)海上・航空合同パトロール、合同演習と訓練の定期開催、両軍間の交流・協力の強化により軍事的相互信頼を一層深化、(3)緊密なエネルギーパートナーシップを構築し、石油・ガス、石炭、電力、原子力など資源エネルギー協力プロジェクトの推進を支援、と列挙した。
声明はさらに、バイデン政権が進める東アジアにおける軍事同盟の再編強化にも触れ、米英豪による安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」の原子力潜水艦協力計画について、「深刻な懸念を表明」とした。
サウジ・イラン国交正常化が中国の「自信」に
中国は今回、ロシア・ウクライナ両国とも受け入れ可能な、現実的かつ具体的な解決策を携えてロシアに乗り込んだわけではない。2月に発表済みの和平仲介案に肉付けする目新しい提案も提起していない。
中国の狙いを端的に説明するなら、ウクライナ和平への仲裁外交に着手したことを、世界とりわけアメリカを頂点とする主要7カ国(G7)など先進諸国に対し誇示することにあったと、筆者は考えている。
中国が自信を深める背景には、自らの仲介で3月10日、同じイスラム教国ながら厳しい宗派対立を続けてきたサウジアラビア(スンニ派)とイラン(シーア派)の外交関係正常化を成し遂げた成果がある。
バイデン政権からすれば、アメリカが圧倒的な影響力を持っていた中東地域という「裏庭」に、中国が「土足で上がって荒らした」形になり、はらわたが煮えくり返るような不快感を味わったに違いない。
習氏は今回、バイデン政権がはらはらしながら中国の外交攻勢を見守る視線を意識しながらモスクワ入りしたのではないか。
共同声明はそれを意識して、「中ロ両国は、対話を通じたサウジアラビアとイランの関係正常化を歓迎し、両国によるパレスチナ問題の包括的かつ公正な解決を支持した」と誇らしげに書いた。
世界秩序の変化にも言及がある。アメリカを念頭に「覇権主義、一国主義、保護主義は依然としてまん延している」と批判しながら、南半球の新興途上国を意味する「グローバルサウス」について次のように書いた。
「新興市場と発展途上国の地位があまねく増強され、グローバルな影響力を持ち始め、自国の正統な権益を守ることを決意した地域大国の数が増加している」
中国、ブラジル、ロシア、インド、南アフリカの新興5カ国(BRICS)、あるいはそれらの国々を中心とする開発途上の国々「グローバルサウス」が、国際秩序の形成と決定をめぐり、先進国集団であるG7に代わって力をつけ始めたことを強く意識した内容だ。
西側諸国にも「温度差」
2月24日に公表された前出の中国仲裁案は、(1)主権、独立、領土保全の尊重(2)冷戦思考の放棄(3)当事者による直接対話を通じて全面的停戦を実現(4)人道危機の回避(5)原発攻撃の停止(6)核兵器の不使用(7)制裁停止、など12項目からなる。
バイデン米大統領は2月24日、この案について「ロシア以外の誰も利することはない」と批判。ブリンケン国務長官も、安易に停戦に応じれば「ロシアが態勢を整え再び侵攻する恐れがある」と、はなから突っぱねた。
その一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は2月24日の記者会見で、「中国が関与する用意を示す重要な合図」と仲裁案を評価しながら、「全ウクライナ領からのロシア軍撤退を含まない和平案は受け入れない」とも述べた。
G7の対応も複雑だ。4月上旬に訪中を予定するマクロン仏大統領は「中国が和平に向けた努力を行っているのは良いこと」と述べた。
西側諸国の間に温度差が生まれていることが、中国の仲裁への自信につながってもいるのだろう。
岸田政権は「即時無条件撤退」要求、それでいいのか
そんな中、インドを訪問していた岸田首相が3月21日にウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談。5月のG7サミットへの大統領のオンライン参加の合意を取り付け、エネルギー分野などに4億7000万ドル(約620億円、1ドル132円換算)の新たな無償支援と、NATOの信託基金を通じた非殺傷性の装備品支援として3000万ドル(約40億円、同)の拠出を約束した。
共同声明では、ロシア侵攻を非難し「ただちに敵対行為を停止し、ウクライナ全土から全ての軍および装備を即時かつ無条件に撤退させなければならない」と要求した。
G7議長国として、ウクライナ訪問をようやく実現し、ゼレンスキー氏のG7サミット参加合意取り付けに動き、現地からロシアに撤退を求めた岸田氏の気持ちは分からないではない。
だが、日本はロシアに対し「即時かつ無条件」の撤退という現実的に実現の難しい要求をずっと続けるつもりだろうか。
中国は、自らの提案した仲裁案が、いますぐ議論のテーブルに乗るとは考えていない。米下院で多数派を占める共和党を中心にウクライナへの軍事支援に音を上げる声が出始め、ドイツやフランスから停戦と和平を求める主張が出てくるのをじっと待っている。
そうなった時、岸田政権は徹底抗戦論を繰り返し、対話による停戦に反対するのだろうか。
世界秩序の中でアメリカの影響力が減衰する中、インドやドイツ、フランスなどは、アメリカの磁力から距離を置こうとする「戦略的自律性」を追求している。
岸田政権に問われているのもまさに、アメリカ追従ではない、自律的な戦略と政策である。