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シマオ:皆さん、こんにちは!「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
都内のネット企業でプロジェクトマネジャーをしています。仕事柄、最近流行っているChatGPTなどのAIチャットツールをウォッチしているのですが、その進化に舌を巻いています。簡単なコードであれば1秒もかからず書けてしまうのです。
自分自身はコーディングがそこまで得意ではなかったため、専門性を磨くのではなく、管理職の方向に歩みを進めましたが、正直その選択をしてよかったなと思ったほどです。
私としては、今後はコミュニケーション力が大事になっていくと思っているのですが、佐藤さんはどう考えていますか。
(ワンダー、30代後半、会社員、男性)
テクノロジーが進んでも人間の仕事はなくならない
シマオ: AIチャットツールの進歩、本当にすごいものがありますよね。ワンダーさんの心配もよく分かる気がします。
佐藤さん:私もすごい進化だと感じています。少し勉強するだけで、いまやAIを通じて誰もがプログラミングできる時代です。
ですが、テクノロジーが進化することで、どんどん人間の仕事がなくなるのではないかという考えは、機械が誕生してからずっと人々が抱いていたものでもあります。
シマオ:昔から同じ問題があったのですか?
佐藤さん:はい。例えば産業革命の時代から大掛かりな機械が登場した訳ですが、その時からすでに機械が人間の労働にとって代わるのではないかという考えがありました。
極端な話、人間は飛行機のように空を飛ぶこともできないし、モノを運ぶにしたって、トラックやダンプのように大量に運べない。計算能力だって電卓に勝てる人はいないでしょう。個別の能力では機械に敵わないんです。
でも、だからといって人間の仕事がなくなりましたか?
シマオ:いえ、そんなことなかったですね。単純労働は機械にとって代わられても、今度は機械を整備したり、売ったりする仕事が生まれました。
佐藤さん:そうなんです。どんなにテクノロジーが進み、オートメーション化が進んでも、人間の仕事がなくなることはない。そういう意味で人間は仕事を作る天才だとも言えます。
シンギュラリティは来ない。その理由とは?
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シマオ:ただ、ここ数年でのAIの進化を見ると、チェスや将棋でも人間が敵わなくなってきているじゃないですか。そこへ来て、すごく自然に会話ができて、思考力や学習力を持つAIチャットが出てきて……。
いよいよ人間の知能がコンピューターに追い越されるのでは? という恐怖が生まれてきている感じもします。
佐藤さん:つまりシンギュラリティの問題ですね。AIと人間の知能が逆転する境界点があるという。それがもしかしたら10年後、あるいは数年後には来るかもしれない……そういう議論が数年前までは盛んでした。でも、いまそんな話を聞くでしょうか?
シマオ:そういえば、最近あまり聞かなくなったような……。
佐藤さん:どうやらシンギュラリティは来ないという説の方が最近は強くなってきているんです。
シマオ:えぇ! そうなんですか?
佐藤さん:それを知るには新井紀子さんの『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を一読することをお勧めします。
シマオ:どんな内容の本なのでしょうか?
佐藤さん:結論から言うと、コンピューターの思考は突き詰めると論理と統計と確率でしかないというものです。論理というのは加減乗除、つまりは計算ですね。
統計はビッグデータなど膨大な情報を集めて、それをもとにどれくらいの確率で物事が起こりうるかを予想するものです。天気予報がちょういい例だと思います。
シマオ:逆に言うと、論理と統計と確率からでは導けない思考を人間は行っているということでしょうか?
佐藤さん:その通りです。結局のところ、AIには価値判断ができないんです。AIは数値化されたものを基準にして、何が一番効率的であるかとか、何か一番得かという判断はできます。ですが、人間の思考や判断はそれだけではない。
例えば、ボランティアのような活動をどうして人は行うのか? そこには使命感だとか奉仕の喜びとか、損得勘定や合理性を超えたところでの価値判断があります。AIには、そのような思考や感情を理解したり、価値判断をしたりすることはできないのです。
シマオ:自己犠牲の感覚というのは、AIの思考では絶対に生まれない価値観だということですね。逆に言えば、そういうものを人間が持っている限り、シンギュラリティは来ないと。
佐藤さん:そういうことだと思います。他にも、現在のウクライナ情勢をどう捉えるのか? AIは膨大な情報源に当たることはできても、歴史を俯瞰した上で、見解を述べることはできません。
シマオ:善悪の判断だとか、正義や倫理といった哲学的な問題になると、AIでは判断は不可能だということですね。情報をどれだけたくさん集めても、価値判断ができるアルゴリズムはできないということでしょうか?
佐藤さん:私はそう思います。例えば、インターネット上の膨大な情報の中にはヘイトもあれば極端に片寄ったものもある。たくさん集めたからと言って、必ずしも正しい判断ができるということではないのです。
シマオ:なるほど。そうなると、歴史や事実の蓄積といった「文脈」から価値判断をする、ということが人間にとって大事になってきそうですね。
佐藤さん:まさにその通りです。新井さんはそれを「読解力」という言葉で表現していますが、文脈の中から文意を読み取る力こそ、AIにはできない人間だけの能力だということです。
幅広い教養こそAI時代を生き抜く力となる
佐藤さん:ただ、たしかにAIにとって代わられる仕事はあるでしょう。新井さんの本によると、スポーツの審判や医療現場でのCTスキャンやMRIなどの画像診断の作業などは、AIの方が得意です。そういう仕事はとって代わられる可能性があります。
シマオ:意外ですが、行政書士や税理士など、いわゆる士業がAIにとって代わられると言う人もいますよね?
佐藤さん:手続き業務、書類作成業務など、情報を整理して記述するのはAIならば迅速かつ正確に処理することができるでしょう。ですが、今や税理士などはコンサル業務が中心になっていたりして、新たな仕事と役割を担うべく変化しています。そういう意味で、すみ分けができつつあるんじゃないでしょうか。
シマオ:なるほど。最初に戻ってきますが、AIがどれだけ発達しても、人間の役割や仕事はなくならないということですね。
佐藤さん:そう思います。すみ分けという意味でこれから大切になるのは物事を総合的に捉え判断する総合力であり、新たな価値を作り出す企画力ではないでしょうか。
シマオ:やはり、そこに行きつく訳ですね! 僕もそういう力が欲しいなぁとは思うのですが……総合力だとか企画力というのは、どうやったら身に着けることができるのでしょうか?
佐藤さん:一言でいうと、幅広い教養を身につけるということに尽きるでしょう。
シマオ:教養かぁ……これがまた難しいような……。やはり本を読むことが今までよりもっと大事になるんでしょうか?
佐藤さん:もちろんそうだと思いますが、たくさんの人と会い話をすること、いろいろな経験をすることも大事だと思います。そういう意味で、読書は代理経験でもあります。普段自分ができないような経験を読書ならできるからです。
シマオ:そういえば僕も、大学時代に教授から心理学の本を読むより、小説を読んだ方が心理学の勉強になると言われたことがあります。
佐藤さん:小説などは、主人公が凶悪な犯罪者だったり、命がけの事件に巻き込まれたり、死に直面するような病にかかったりしますね。実際には体験できない極限の状況でも、読書によって代理経験として積むことができる。これはとても大きな経験値です。
シマオ:そう考えると読書というのは立派な「体験」なんですね。
佐藤さん:人生のいろいろなシーンを代理経験することで人間理解が進む。するとコミュニケーション力も確実に上がります。それによって情報が集まるので、ますます教養が身に付き太くなっていく。
シマオ:なるほど。そういう意味で、ワンダーさんが言うコミュニケーション力が大事になるというのも、当たっている訳ですね!
佐藤さん:そういうことです。さらに言えば、AIが発達すればするほど、本来の人間臭いものがクローズアップされてくるということだと思います。その意味では、私は地方の小さな信用金庫だとか不動産業者は生き残ると思っています。
シマオ:確かに、そういった業界は信頼関係で成り立っている感じありますもんね。
佐藤さん:それはつまり、非公開の情報ネットワークを持っているということでもあります。地方の不動産業者は、地元の不動産情報を一手に握っていて、よい物件はネットや紙媒体などの情報に載る前に売買されています。
同じ意味で信用金庫なども、地域の小さな会社の社長のお酒の飲み方だとか、女性関係だとか、そういう噂レベルの情報が手に入るでしょう。これは大手銀行にはない情報で、もちろんネットなんかには載らないものです。そういう泥臭い情報ネットワークを持っている者が、むしろ優位性を持つ時代になってくると思います。
シマオ:なるほど。飲みなんて古い、みたいな風潮もありますけど、むしろ大切になってくるのかも……。
学び直しには映像コンテンツが役に立つ
佐藤さん:あと、基礎的な教養をしっかりと身につけておくという意味では、高校の教科書レベルの知識は押さえておいた方がいいでしょう。
シマオ:以前の相談でも仰っていた、学力欠損をなくすってやつですね! でも、高校生までの教科書はもうとっくに捨てちゃったなぁ……。
佐藤さん:参考書でもいいんですよ。それなら書店でどこでも手に入りますし。歴史や地理などを学び直すのもいいし、数学が苦手だった人も、意外にマイペースで学べるとなると、楽しく感じることができるかもしれません。
いずれにしても、すべてを理解し記憶する必要はありません。いろいろな会話の中で、今どんな分野のどんな内容を話しているか、少なくとも分かるくらいになっておきたいものです。
シマオ:なるほど。できる限りハードルを低く始めるには、何かおすすめの教材はあるでしょうか?
佐藤さん:そういう意味で、今注目すべきは映像メディアの活用です。
シマオ:活字ではなく、映像から学ぶということですか?
佐藤さん:はい。例えば、リクルートのスタディサプリはビジネスパーソンが学び直すにはとても便利なツールだと思います。
シマオ:CMでやってるやつですよね? でもあれって、大学受験用なのでは?
佐藤さん:最近では、社会人向けのコンテンツも充実しているんですよ。ビジネスパーソン向けの英会話やTOEIC対策のコースもあります。
お勧めなのは伊藤賀一さんの政治経済や倫理社会などの講座です。例えば、仕事絡みでイスラム諸国の歴史や政治経済を知りたいということであれば、該当する講座を重点的に視聴してみる。
シマオ:興味のあるところをチャプターごとに見られる訳ですね。
佐藤さん:そうです。あらゆる科目を月2000円で受講できますし、テキストも無料でダウンロードできる。学び直しにはもってこいだと思います。
シマオ:月2000円かぁ……学費と考えれば、安いようにも感じますね。
佐藤さん:他には、地味ですが放送大学もいいと思いますよ。いずれにせよ、動画で学ぶというのは、これまでになかった新しい教養の身に着け方だと思います。
シマオ:スマホで見ることができるということであれば、通勤の電車の中で学ぶこともできますもんね。ワンダーさん、AIをいたずらに恐れるのではなく、幅広い教養を身につけるべく一緒に頑張りましょう!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。