バイドゥの対話型AI「文心一言」発表会では李彦宏CEOが登壇した。
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米OpenAIがChatGPTを発表したのを機に、対話型AIの開発競争が加速している。3月16日には中国検索ポータル最大手のバイドゥ(百度、baidu)が「中国版ChatGPT」と目される「文心一言(ERNIE Bot)」をリリースしたが、創業者の李彦宏(ロビン・リー)CEOがChatGPTとの差を認めたこともあり、発表会のさなかに株価が10%急落した。だが、李CEOは「現時点での遅れは2カ月」と述べ、キャッチアップに自信を見せた。
発表会中に株価10%急落
バイドゥの李彦宏CEOは16日、文心一言について「十数年の蓄積の成果」と熱弁を振るった。自社の新プロジェクト発表会に李CEOが登壇するのは、2017年夏の自動運転車開発プロジェクト「アポロ」以来5年半ぶりだ。力の入れ具合が分かるだろう。
「文心一言」は2019年に開発を始め現在は第3世代だ。「兆」レベルのウェブページのデータ、数十億の検索データと画像データ、100億レベルの音声データ、5500億の知識グラフを学習し、発表会では「文学創作」「商業コピー」「数理推算」「中国語理解」「画像の生成」の5機能がデモンストレーションされた。
ところが発表会の真っ最中にバイドゥの株価は10%急落、多くの視聴者がプレゼンそっちのけで株価チャートの変動に釘付けとなった。当日から翌日にかけてのメディアの記事も辛口な内容が多かった。何が起きたのだろうか。
GPT-4に主役奪われる
ChatGPTがリリースされたのは2022年11月末。中国からは登録できないため、当初は日本のようなユーザーレベルでの盛り上がりは起きなかったが、バイドゥはすぐに動いた。李CEOは翌12月、全社員向けのライブ配信で「(対話型AIの)技術がこの段階まで来た。どんなプロダクトになるか、どんなニーズを満たすかは不確実なことが多いが、バイドゥもやらなければならない」と述べ、早期参戦を示唆した。
年が明けると中国でも大規模言語モデル、対話型AIへの関心が高まり、投資先として有望企業を物色する動きが活発化した。AIに巨額の投資を続けていたバイドゥは当然ながら「中国版ChatGPT」を生み出せる企業の筆頭になった。
そして2月7日、同社は「文心一言」を3月中にリリースすると発表した。その後、3月16日に発表会を行うとアナウンスされ、市場の期待が高まった。だが直前の14日(中国時間では15日)になって、思わぬ“刺客”が現れた。OpenAIが前バージョンのGPT-3.5より大幅に性能が高い、司法試験にも合格できるレベルの「GPT-4」をリリースしたのだ。
「文心一言」は「ChatGPT」をベンチマークに開発されたが、OpenAIはさらに高性能のGPT-4を発表し、バイドゥを突き放しにかかった。
発表会での「文心一言」のデモンストレーションが事前に収録された動画だったことも、「即興で実演するほどの精度に至っていないのでは」との憶測を呼んだ。李CEO自身が発表会でChatGPTあるいはGPT-4との差を認めたことも、市場の失望を買ったようだ。
ChatGPTには2カ月の遅れ
バイドゥは自動運転技術などAIに巨額の投資を続けてきた。
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発表会中に株価が急落し、ネガティブな報道にあふれたバイドゥだが、その後は落ち着きを取り戻し、株価も発表前の水準まで回復している。同社の株価は1月末からChatGPTバブルに乗って10%以上上昇しており、「文心一言」のリリースでいったん「材料出尽くし」となった面もあるし、詳細が判明したことで良くも悪くも期待値が修正されたとも言える。
「ChatGPT」「GPT-4」は中国で使えず、「文心一言」は中国の電話番号を持っていないと登録できない。また、「文心一言」は英語の理解力はまだ低く、中国語に特化している。したがって日本人ユーザーが両者を比べるのは難しいが、記者発表後に李CEOが中国テックメディア「36Kr」のインタビューに応じているので、その発言から米中2つの対話型AIを比較してみよう。
1. ChatGPTにはない機能
「文心一言の発表会」では5機能が紹介されたが、うち「文学創作」「商業コピー」「数理推算」はChatGPTも有する機能だ。李CEOは後者の「中国語理解」「画像の生成」がバイドゥならではの強みだと考えている。
文心一言は英語の理解力が低く、その点も発表会当日の株価下落に影響した。一方で、中国人の使用を想定し、ことわざ、歴史上の人物、地名、詩、小説など中国固有の言葉を広く理解して正確な回答に導くことには自信を示した。
非常に中国的なのは、方言の音声に対応したことだろう。中国の有名な詩を、「四川方言」「広東語」「東北方言」などで暗唱させることができ、ユーザーが試す様子が既に動画サイトで配信されている。李CEOは方言機能を「皆が楽しんでくれれば」と語っており、現時点では中国プロダクトのシンボル的存在にとどまるが、中国の方言は実に多様で、地域によっては同じ中国人でも意思疎通できないことがあるため、産業に応用する段階になると何か役に立ちそうではある。
また、「文心一言」は「○○を描いて」と入力すると画像を表示してくれる画像生成機能を有している。GPT-4は画像を理解する能力はあるが、画像生成はできない。ただしユーザーのフィードバックを見ると、「文心一言」の画像生成の精度は高くない。なお、「文心一言」は動画生成も準備しているが、3月16日には公開できるレベルに到達せず、機能のリリースを見送った。
2. 3月16日に強行リリースの背景
李CEOは発表会で「文心一言」が日進月歩で進化しているとアピールしつつも、現段階ではChatGPT、GPT-4とは差があると認めた。ではなぜその状態で発表に踏み切ったのか。李CEOは当初は3月末のリリースを想定していたが、市場ニーズの大きさから前倒ししたと説明した。
リリース前に既に650社が協業を表明しており、ChatGPTが世界に衝撃を与え、破壊的技術として話題が沸騰していることから、焦った企業がバイドゥをせっついていたようだ。GPT-4リリースの直後というタイミングは不運だったが、米グーグルの対話型AI「Bard(バード)」の試験版リリースには先んじることができ、自社開発という意味では「メガテック一番乗り」は果たした。李CEOはその点には満足しているようだ。
3. ChatGPTとの実際の差は
李CEOは「文心一言プロジェクトに着手したとき、ChatGPTには1カ月で追いつけると考えていたが、ChatGPTの進化も非常に速く、1カ月後には差が広がった」と率直に語った。3月16日の時点で、「ChatGPTの11月30日のリリース時よりは優れており、だから発表に踏み切ったわけだが、おそらくChatGPTの1月の水準程度、つまり2カ月遅れている」と分析した。「追いつけるか」との質問には、「追いつける、追いつけないではなく、いつ追いつくかにフォーカスしている。また、追いつくだけでは足りず、超えなければならない」と意気込みを示した。
4. 中国にOpenAIは登場しない
中国では、スタートアップや起業家が続々と「中国のOpenAIを目指す」と宣言している。だが李CEOは明確に「不可能だろう」と答えた。「OpenAIが生まれたのは米メガテックが同技術をそれほど有望視してこなかったからだ。中国ではメガテックが大規模言語モデルの将来性を評価し投資しているため、スタートアップがChatGPTに似たプロダクトを開発することに大した意義がない」と述べた。
李CEOは対話型AIのベース技術である大規模言語モデルを「AIのiPhone」「AIのOS」と捉えている。AIだけでなくクラウドやチップなど周辺技術にも破壊的イノベーションをもたらす一方で、OSがiOSとAndroidの2陣営に集約されたように、いくつも存在する意義が薄く、大規模言語モデルを生かして革新的なプロダクトを開発する方がよほど将来性があると訴えた。
「タイヤ(大規模言語モデル)が世に出たのだから、スタートアップを初めとする企業は車や飛行機を開発した方がいい。その方がよほど価値がある」(李CEO)
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。