相次ぐ経営破綻に見られる銀行セクターの大混乱も、株式市場への影響は限定的と、富裕層向け資産運用大手JPモルガン・プライベート・バンクは分析している。
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シリコンバレーバンクとシグネチャー・バンクの破綻を受け、多くの関係者が2008年の世界金融危機を想起して懸念を深める中、米連邦準備制度理事会(FRB)にとって、3月21・22日の連邦公開市場委員会(FOMC)会期ほど危機の緊迫度が高まった時期は過去になかったのではないか。
2022年3月に急ピッチの利上げに着手したFRBだが、ここに来て、銀行危機の沈静化を進めながら同時に高止まりの続くインフレを抑制するという、繊細すぎる綱渡りを強いられている。
年内の景気後退入りがほぼ確実視される中、金融業界を揺るがす現在の大混乱は、少なくとも表面に見えている事象から判断する限り、市場にとって破滅的な事態と言うほかない。
ただ、投資家が世界金融危機時の景気後退と現在の事態を重ね合わせて不安になる心の動きは理解できるものの、短期的な市場の変動は必ずしも長期的なファンダメンタルのトレンドを反映したものではなく、しばしば(一時的な)ノイズによっても発生し得ることは念頭に置いておく必要がある。
富裕層向け資産運用大手JPモルガン・プライベート・バンク(JPMorgan Private Bank)米国投資戦略責任者のジェイコブ・マヌキアン氏は3月23日付の顧客向けメールで次のように説く。
「平均的な年でも、高値から安値まで15%近い下落幅を経験することはあります。そして現在、年初来の下落率は約8%です。相場の下落は決して気持ちいいことではありませんが、いま我々が目にしている市場の姿は少なくとも表面的には正常の範囲にあります。
ですので、長期的な展望をいつも心に抱きつつ、現在の市場のダイナミクスに目を凝らし、その意味するところを徹底的に考えていただきたいのです」
JPモルガン・プライベート・バンクによる現状分析と展望の要点を以下にまとめた。
[要点1]連続した銀行破綻は特殊ケース
シリコンバレーバンクとシグネチャー・バンクの相次ぐ破綻が金融業界に伝播する可能性を懸念する投資家は、資金の集中度の観点で、両行が根本的に他行とは異なる性格を帯びていたことを念頭に置くべきと、マヌキアン氏は指摘する。
両行は、米連邦預金保険公社(FDIC)による保護上限を超える25万ドル以上の大口預金の集中度が異常に高かった。加えて、シリコンバレーバンクの預金者のほとんどはベンチャーキャピタル(VC)とその投資先で占められ、個人や中小企業の小口預金は10%未満にすぎなかった。
【図表1】シリコンバレーバンク(左から2番目)とシグネチャー・バンク(左端)の保護対象上限を超える預金の割合は、いずれも9割弱と極めて高かった。2022年第4四半期時点。
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両行はFDICの管理下で破綻処理を進めており、米連邦規制当局は全預金者を保護する緊急の救済措置を発表している。影響の広がりこそ未然に防がれたものの、銀行は今後融資について慎重な姿勢を示し、融資基準の引き締めなどが進むとマヌキアン氏は予想する。
クレジット・クランチ(融資の縮小)は経済成長の鈍化につながる恐れがあるものの、慎重な融資姿勢は信用・金融を引き締め、究極的には粘着性の高い現在のインフレを抑えるのに役立つ可能性がある。
[要点2]ハイテク不況は終わりを迎える
シリコンバレーバンクとシグネチャー・バンクは預金の集中度が一般的な地方銀行と異なることを前節で述べたが、さらに特定セクターの預金者の割合が極めて高かったことにも注目すべきだ。
前者はハイテク、ヘルスケア、ライフサイエンス業界の顧客が多く、預金残高の3分の1以上が上記業界のアーリーステージスタートアップの資金だった。一方、後者の預金者の多くは暗号通貨業界に極端に偏っていた。
「そうした企業はだいたい(まだ)収益性が低く、事業の不確実性も高く、しかしデジタル対応に長けているのが特徴です。オンライン中心の生活スタイルと、コロナ危機対応策としての量的緩和を受けた超低金利が続いたパンデミックのもとで急成長を遂げました。
しかし、状況はいまや全く逆です。社会生活が再開され、過去数十年で最も急速な勢いで金利上昇が進んでいます。投資家の意欲は冷え込み、資本市場の門戸は閉ざされ、資金調達は困難な状況が目の前にあります」
シリコンバレーバンクの破綻は、ハイテクセクターが現在直面する不況が(ベンダーへの支払いのための預金引き出しなどを経由して)別の形で可視化されたものとマヌキアン氏は分析する。
2023年に入ってから、すでに481社のハイテク企業がレイオフ(一時解雇)を発表しているが、それも1月ですでにピークを迎え、同セクターの不況はすでに回復に向かっているというのが、マヌキアン氏のとりあえずの見方だ。
【図表2】ハイテクセクターのレイオフの波はピークアウトしたかもしれない。左軸はレイオフ対象の従業員数、右軸はレイオフを実施した企業数(2022年1月〜23年3月、3月14日時点の数字)。
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「ハイテク業界全般にわたって厳しい状況が続いてきましたが、投資家にとっては、焼け野原を生き延びた期待株を選り分ける時期が来ているのかもしれません。
締まったコスト構造と持続可能なビジネスモデルを備え、現在の取引価格なら割安感があると評価される企業にチャンスがあると予測しています」
[要点3]労働市場は「適温」状態
シリコンバレーバンクが破綻したのと同じ3月10日、米労働省は2月の雇用統計を発表した。
非農業部門の雇用者数は市場予想を上回る前月比31万1000人増。平均時給は前年同月比4.6%増も、前月比では0.2ポイント減と伸びが鈍化。失業率は前月から0.2ポイント上昇して3.6%だった。
マヌキアン氏の評価によれば、この労働市場の数字は過熱しすぎず、冷え込みすぎることもなく、とりわけ賃金(平均時給)は堅調な上昇を見せつつも青天井ということはない、いわゆる「ゴルディロックス(適温)」相場とのことだ。
【図表3】平均時給伸び率(年率換算)3カ月移動平均の推移。賃金上昇は落ち着きを取り戻しつつある。数字は2月28日時点。
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「銀行セクターの混乱により新規融資の手控えが進む可能性が高く、その影響で経済成長およびインフレが鈍化するでしょう。FRBもほんの数週間前に考えていた水準までの利上げは必要なくなるかもしれません。
ただ、ネガティブな影響もあって、それは(融資の手控えから始まる成長やインフレの鈍化で)同時に景気後退入りのリスクが高まることです」
[要点4]ノイズに惑わされず長期視点での投資を
短期的には、ボラティリティ(価格変動性)と不確実性の高い相場が続くものの、長期的に見た時の株式リターンはそれに比べてはるかに変動幅が小さく、実際、過去のデータを踏まえると、長期保有(20年)した場合のトータルリターンは完全にプラスなのだから、投資家は長期の投資計画を堅持すべきとマヌキアン氏は強調する。
【図表4】1950年〜2022年の資産別保有期間別トータルリターン。左から1年、5年、10年、20年。紺は株式、緑は債券、橙は株式50%債券50%。長期保有するほどリターンのボラティリティが縮小する。
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マヌキアン氏の分析によれば、相場のボラティリティはある程度まとまってやって来る。
「当社の調査によれば、過去20年間、最高のパフォーマンスを記録した10日間のうち7日間(つまり7割の確率)は、最悪のパフォーマンスを記録した10日間から15日以内にやって来ています。
また、この最高のパフォーマンスが期待される10日間を(投資資金を引き上げるなどして)逃した場合、投資を続けていた場合に比べて年4%のリターンを失うことになるのです」
この先に困難が待ち構えている可能性があるとしても、投資家は長期的な目標や投資計画を見失うことなく、短期的な株価下落に惑わされて株式投資から撤退するといった軽率な判断を下さないようにしたい、マヌキアン氏はそう結論している。