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※この記事は2023年3月29日初出です。
料理レシピサイトを運営するクックパッド株式会社(以下、クックパッド)は2月、40人の希望退職者を募集すると発表しました。3月10日には海外レシピサービス事業でも80人の人員削減計画を発表しており、経営の合理化を急ぐ様子がうかがえます。
その3月10日のリリースによれば、同社の2022年12月時点の従業員数は409人とのことですから、この2月と3月での人員削減数合計120人は、従業員の約30%を削減することを意味します。いかに大きな人員削減かが分かるかと思います。
なぜ人員削減に踏み切ったのでしょうか。コロナ禍を経て家庭で料理をする人も増えたように思いますが、クックパッドは直近2期連続赤字と不振です(図表1)。その背景には、相次ぐ競合サービスの参入のほか、2021年3月下旬から各通信キャリアが低価格プランを導入した際、この低価格プランに移行したプレミアム会員ユーザーのキャリア決済ができなくなり自動退会されてしまうという不運もありました(2021年12月期第3四半期報告書を参照)。これらに加えて、「クックパッド」に掲載するバナー広告の売上減も響きました。
(出所)クックパッド 決算短信及び有価証券報告書より筆者作成。
クックパッドの業績不振は、会員数の推移を見ても明らかです。国内の有料会員数は2022年12月末時点で168万人となり、2年前の197万人から15%減少しています(図表2)。
(出所)クックパッド 2022年12月期決算説明資料をもとに編集部作成。
先ほどの図表1を見ていて引っかかるのは、売上収益自体も減少しているものの、それを上回る減少幅で利益が目減りしている点です。なぜクックパッドはこれほど赤字が拡大してしまったのでしょうか?
そこで今回は、不調のクックパッドについて、会計とファイナンスの観点から考察をしていくことにします。
“ポエム”と言われる決算説明資料
一昔前までは、企業の業績を知る材料としてすぐに思いつくのはもっぱら有価証券報告書や決算短信が中心でした。しかし近年では、企業が公表する決算説明資料にも注目する人が増えているように感じます。
その理由は、企業のKPIがまとまっていたり、有価証券報告書や決算短信には必ずしも書かれていないことも言及されていたりするからです。実際、読者のみなさんもSNSなどで企業の決算説明資料の一部がシェアされているのをたびたび目にした経験があるのではないでしょうか。企業の戦略や狙いが端的に示された資料、それが決算説明資料というわけですね。
ところがクックパッドの決算説明資料は、一時期からインターネット上で“ポエム”と呼ばれるようになりました。どういうことでしょうか。
図表3は、2022年12月期のクックパッドの決算説明資料の前半に記載された「Our Vision」の一部です。ご覧のように、やや抽象的な内容が7ページほど続きます。
文章を一部抜粋してみましょう。
クックパッドは、食の世界を良くするには、料理をするひとはもちろん、農家など食に関わるものをうみだす「つくり手を増やすこと」だと考えています。
これまでの歴史において、効率や利益の追求が優先され、結果、地球が健康を損なうシーンに遭遇することが多くなりましたが、つくり手になると様々な「気づき」が増え、自らが考え判断するようになるので、「つくり手」となったひと自ら、地球の健康について判断したほうが正しい意思決定ができると思っています。
「つくり手」で居続けてもらうためには、料理が楽しみに、それも、毎日楽しみになる仕組みづくりが必要だと思うのです。
料理をもっとクリエイティブで楽しいものにしたい。「つくること」をわくわく楽しいことにしたい。
「作業」ではなくどんどんうまくなるものにしたい。料理をとおして、他の人とのつながりが楽しみとなり増えていくようにしたい。
料理を、ヒト、社会、地球の健康に貢献していると自信をもって続けていけるものにしたい。そんな風に考えています。
この文章自体は、クックパッドのビジョンを表現するものとして非常に大切な内容だと私自身は感じます。一方で、上場企業が公表する決算説明資料としてこうしたビジョンの説明に何ページも割かれると、少々やきもきしてしまう投資家たちの心情も理解できます。
このビジョンの説明の後には、直近の数字の客観的事実が淡々と報告されていきます。図表4を見ても分かるように、売上収益や会員数は減少傾向にある一方で、費用は増加傾向にあります。
企業分析をする側としてはその詳細こそが気になるところですが、これら数値の解説や今後の戦略との兼ね合いについては特段言及されていません。
企業を分析する際のポイントはいくつかありますが、中でも「キャッシュフロー」と「未来」の2つは重要なキーワードです(本連載の主眼は「会計とファイナンスの視点から企業を分析する」ことであり、このファイナンス的な視点とはまさに、キャッシュフローと未来の2つの観点から分析をすることを意味します)。
一方クックパッドの決算説明資料は、前半は壮大な未来について書かれているものの、後半は過去の事実が中心となっていて、ビジョンを描いた未来と過去の間をつなぐ短期〜中期の未来についてはあまり記載されていません。
おそらくこうした事情から、クックパッドの決算説明資料は“ポエム”と呼ばれてしまうのでしょう。
クックパッドはどんな近未来を描いているのか
さて、そこでクックパッドの決算説明資料から、ボリュームは少ないながらも同社が「具体的に」どんな未来を描いているのかを見てみましょう。
私が確認したところ、2022年12月期のクックパッドの決算説明資料でそれに該当する箇所は、以下の2ページのみです。
(出所)クックパッド 2022年12月期決算説明資料より。
2ページとはいえ、ここにはクックパッドの戦略のエッセンスがふんだんに盛り込まれています。特に注目したいのは次の2点です。
第一に、事業の選択と集中をしたということです。冒頭で触れたとおりクックパッドは今回希望退職者を募りましたが、その理由は上記の決算説明資料にも一部書かれているように、「レシピサービスにおける広告企画の立案及び販売の一部」「たべドリ」「komerco」「おりょうりえほん」「ツリバカメラ」「Oitoco」という6つの事業の廃止を決めたためです。
つまりここから、経営資源を分散させるのではなく集中させることで、収益を改善させようという意図があることが分かります。
2つめの注目ポイントは、「ミッション実現に向けて」というスライドに書かれている「P/LよりもC/Fとキャッシュ残高の水準を重視します」という一文です。これからはP/L(損益計算書)よりも、C/F(キャッシュフロー計算書)とキャッシュ残高の水準をより重視した経営へとシフトする——これはまさに、クックパッドが今後ファイナンスの視点を強化するという宣言にほかなりません。
では以降で、クックパッドの現在の財務状況を確認しながら、どんな点が立て直しのカギを握りそうかを考えてみることにしましょう。
意外にもB/Sはすこぶる健全
クックパッドは赤字続きだと聞くと、財務状況は大丈夫なのかと心配になる方も少なくないと思います。
そこで同社のB/Sを確認してみると……意外にも、クックパッドの財務は極めて健全だということが分かります。
図表6は2022年12月期のクックパッドのB/Sをボックス図で表現したものです。一見してお気づきのとおり、なんと総資産の83%をキャッシュが占めています。金額にすると、総資産202億円のうちキャッシュは168億円にものぼります。
(出所)クックパッド2022年12月期決算短信より筆者作成。
そしてもう一つ注目すべきは、資産に占める資本合計の割合が82%だということ。つまり自己資本比率が82%もあるのです。借入金はなく、当然のことながら無借金経営です。
クックパッドの業績はたしかにここ数年は下降傾向が続いています。しかし上述のとおり財務体質は依然として健全であり、少なくともB/Sの質に関してはいまのところまったく問題ないと言える水準です。
となると逆に不思議に思いませんか? クックパッドのB/Sは、なぜこれほど健全さを保てているのでしょうか。
それはひとえに、クックパッドがこれまで十分なキャッシュを生んできたからです。
(出所)クックパッド有価証券報告書及び決算短信より筆者作成。
図表7は2014年12月期以降のクックパッドの売上収益と営業利益、および営業利益率を示したものです。
2015〜2017年は毎年50億円以上もの営業利益を上げており、営業利益率も30〜48%と極めて高い水準でした。クックパッドは2009年に上場しましたが、上場後に営業赤字を計上したのは、実は2021年12月期が初めてです。クックパッドが直近2期連続で20億円以上の赤字を計上しても依然として168億円ものキャッシュを誇っていられるのは、こうした過去の蓄積があるからなのです。
実際、キャッシュフロー計算書を見てみても、2021年12月期以前は営業CFはずっとプラスであり、多くのキャッシュを生み出してきたことが分かります(図表8)。
(出所)クックパッド有価証券報告書及び決算短信より筆者作成。
販管費が4年で約1.8倍に
では、2017年12月期の時点で売上収益134億円、営業利益54億円を誇っていたクックパッドが、なぜそこからわずか5年で売上収益91億円、営業損失35億円へと調子を落としてしまったのでしょうか。売上収益も減少傾向にありますが、それ以上に利益のマイナス額が増えている点が気がかりです。
その謎を探るために、2017年12月期と2021年12月期の販売費及び一般管理費(販管費)を比較したのが図表9です(本来ならば2022年の販管費と比較したいところですが、決算短信では販管費の詳細が開示されていないため、ここでは2021年12月期の販管費で比較をします)。
(出所)クックパッド有価証券報告書より筆者作成。
このグラフからお分かりのように、2017年12月期には70億円弱だった販管費は、2021年12月期には122億円と1.8倍近くにまで増えています。なかでも目を引くのが「従業員給付費用及び報酬」や「業務委託費」。なぜこれほど増えたのでしょうか?
理由を知る手がかりは、クックパッドの2022年12月期の決算説明資料に書かれています。図表10にあるとおり、クックパッドは2017年からの投資フェーズで次々に新規事業を生み出してきたのです。
もともと収益率が高くキャッシュを潤沢に持っていたクックパッドは、過去5年間でいくつもの新規事業を生み出してきました。先ごろ撤退を決めた「たべドリ」「komerco」「おりょうりえほん」「ツリバカメラ」「Oitoco」という5つの事業も、この投資フェーズで新しく始めた事業でした。従業員の給与や業務委託費等の人件費が大きく増えたのは、これが主な理由です。
しかし意に反して新規事業からは十分な収益が生まれず、会員数も減少が続き……ここ2年は費用がかさみ赤字に転落、一時期は40%を超えていた営業利益率もマイナスになってしまったというわけです。
早期退職募集は経営立て直しの第一歩
以上見てきたとおり、クックパッドが赤字を大きく計上している要因としては、会員の減少や広告費の減少による売上の落ち込みはもちろんのこと、この5年間で販管費が大きく増加したことなどが挙げられます。
一方で、B/Sにおける財務体質は、資産のうちキャッシュが80%以上も占めており、健全です。また、直近の売上収益は91億円、当期純損失は35億円と業績不振のわりには、時価総額は241億円(2023年3月24日時点)と比較的高い状況にあります。
その理由は、純資産が178億円もあること、そして、潜在的には将来キャッシュフローを生むことを株式市場が期待しているからだと思われます。
では、株式市場の期待通りにクックパッドがこの先キャッシュフローを生み出せるようになるには、どうすればよいのでしょうか?
セオリーとしては、まずは費用を見直すことです。クックパッドは売上が減少傾向にあるとはいえ、売上総利益は依然として87億円もあります。しかしそれを上回る122億円もの販管費を計上しているため、35億円もの営業赤字になってしまっているのです。
時間を巻き戻せば、2017年12月期の販管費は70億円弱でした。もちろんこの時点の水準まで販管費を落とすのは現実的ではないかもしれませんが、売上が落ちている今の状況では、販管費を売上総利益(87億円)の範囲内に抑えることが経営立て直しの第一歩となります。
まさにこの具体的な対策こそが、本稿でこれまで見てきた早期退職者の募集と6つの事業の撤退なのです。
実際、冒頭でも見たように、今回は2022年12月時点の従業員の30%にものぼる120人の人員削減を発表しています。クックパッドの年間の平均給与は792万円(2021年12月期)ですから、今回の人員削減は単純計算で9.5億円もの費用削減効果をもたらします。この金額は売上収益の10%以上に相当します。
では、クックパッドの来期の業績予想はというと、図表11のように、同社の決算短信に具体的な数字は記載されていません。
(出所)クックパッド 2022年12月期決算短信より。
通常なら決算短信には売上や利益の業績予想が書かれているものですが、クックパッドでは先ほど見てきたように今後は「P/LよりもC/Fとキャッシュ残高の水準を重視する」と方針転換を決めたこともあり、業績予想を記載していないのかもしれません。
今後クックパッドの決算を見る際には、決算説明資料に加えて、ぜひキャッシュフロー計算書とキャッシュ残高にも着目したいところです。“ポエム”と呼ばれるクックパッドの決算説明資料ですが、実際に同社が行っていることは経営の観点から見ると至極真っ当です。決算説明資料に綴られたビジョンに向かって、クックパッドがどれだけ実際に歩を進めているか。その成果が近い将来、キャッシュフロー計算書とキャッシュ残高の数字となって現れてくることを期待したいものです。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』 『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)がある。