銀行の資金流出はデジタル時代にはさらに加速する。
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「2008年の時のように心配だ」
リーマンショック後の大不況時に連邦預金保険公社(FDIC)の監督官を務めたジェイソン・ブレットは、最近の銀行破綻についてそう感じているという。
ここ2週間、ドミノ倒しのように次々と銀行が破綻している。
今回の危機の発端は、フィンテックと仮想通貨の代表的な銀行を自負していたシルバーゲート銀行(Silvergate Bank)が2023年3月8日、流動性の危機で閉鎖に追い込まれたことだ。
その直後、シリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank、以下SVB)は、一部投資先の価値が急落したことで預金取り付け騒ぎが起こり、カリフォルニア州規制当局は銀行事業を停止させた。その2日後、ニューヨーク州規制当局はこの状況が他行に広がるのを恐れ、こちらも仮想通貨企業とゆかりの深いシグネチャー銀行(Signature Bank)を閉鎖した。
預金者を保護するFDICの迅速な対応に、ブレットは驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは、シグネチャー銀行が日曜日に閉鎖されたことだ。通常であれば、銀行が閉鎖されるのは金曜日だ。
「これは異例の措置です。銀行が何をどれだけ知っているかは分かりませんが、もし銀行システムに何らかの重大なリスクがあるとすれば、今後数年間、経済に大きな打撃を与えかねません」
仮想通貨に関連した今回の騒ぎで浮かぶ疑問は、多くの市中銀行が実践している部分準備預金制度が、仮想通貨という不安定な成長分野のテクノロジーを重視する預金者にとって有効なものなのかということだ。
この部分準備預金制度のもと、銀行は通常、預金の何割かを顧客が引き出せるように保有しておけばよく、残りの預金は高金利の貸し出しや国債投資に回すことができる(編注:この制度下では、中央銀行が各銀行が流動資産で保有しなければならない最低額を決定する)。
しかし仮想通貨のように、価値が急落して預金者が大量の現金を素早く引き出しかねない不安定な業界にとって、このシステムは果たして最適なのだろうか。
コロンビア大学ビジネススクールの経営・法律・公共政策リッチマンセンターのシニアフェロー、トッド・ベイカーは、アメリカの3つの銀行の破綻を踏まえ、そういった疑問についても再度考える必要があると語る。
Insiderが取材した専門家の中には、答えは「最適ではない」と主張する人もいた。現在のシステムは仮想通貨にとって必ずしも完璧なシステムだとは言えず、といってこれに代わる適切なシステムも見当たらない。
デジタル銀行が取り付け騒ぎに遭う時代
この数週間で明らかになったのは、銀行の経営破綻は、特に特殊な分野にサービスを提供する小規模な銀行にとって、これまでとは異なる結果を招くということだ。
「預金流出は今まで以上のペースで起こるため、より危険な展開になりがちです。人々はインターネットやソーシャルメディアでつながっているため、多くの人の動きに刺激されるのです」(ベイカー)
ベイカーは、銀行が経営破綻に至るまでのペースがもっと緩慢だった時代を振り返る。彼はワシントン・ミューチュアル(WAMU)が2008年に破綻するまで、同社の企業戦略・開発担当副社長を務めていた。WAMUはアメリカの貯蓄貸付組合で、FDICの歴史上、保険で保護されていた預貯金取扱金融機関としては最大の破綻となった。
ベイカーによれば、FDICがWAMUを閉鎖したのは、8営業日の間に約167億ドル(約2兆2000億円、1ドル=131円換算)の預金が失われた後だったという。これに対してSVBからは、2023年3月9日の1日だけで420億ドル(約5兆5000億円)が流出した。SVCのほうがWAMUより規模が小さいにもかかわらずだ。
カリフォルニア州金融保護革新局(California Department of Financial Protection and Innovation)が提出した書類によると、SVBの現金収支は閉鎖された時点で約9億5800万ドル(約1260億円)のマイナスだった。
「すぐに資金を移動させる方法は以前よりも増えていて、今後さらに増えていくでしょう。こうしたことすべてが銀行システムの安定性に影響を与えます」
さらにベイカーは、2つの問題が3つの銀行を破綻させたと指摘する。
まず、破綻した銀行はFDICが保証する25万ドル(約3300万円)をはるかに超える預金額を管理するサービシング・ビジネスに特化していたが、これは以前から問題になっていたという。
2番目の点も重要だ。シルバーゲート銀行もSVBもシグネチャー銀行も、動きの激しい業界から多くの預金を受け入れ、その預金残高は時間の経過とともに大きく変化していた。
一方、ワイオミング州に拠点を置くカストディア銀行(Custodia Bank)の創業者兼CEOであるカイトリン・ロング(Caitlin Long)は、最近の銀行破綻は本来回避できたはずだと語る。
ロングは5年前から、銀行規制当局と何回か議論するなかで、潜在的な決済の問題について警鐘を鳴らしていたという。彼女の記憶によれば、ケイトー研究所の年次通貨会議で基調講演を行った2020年11月の時点ではすでにこの問題について警告している。
ロングは、世界的に事業を展開する仮想通貨取引所のFTXが2022年11月に経営破綻すると、規制当局に対し、仮想通貨業界の顧客を多く抱える銀行は預金流出の危険があると警告したという。
このようなリスクをロングが予見できたのは、彼女がウォール街での経験が長く、その間に金融機関が暗号化された情報をグローバルに送受信できるSWIFTシステムの決済問題を処理し、証券市場での決済における失敗を何度も目の当たりにしてきたからだ。
ロングによれば、そのAPI(顧客企業に大口取引や即時取引機能へのアクセスを直接提供するもの)のおかげでで資金の流れが格段に速くなったという。多くのテック企業がSVBと取引をしているのもこのためだ。
このレベルのアクセスは、銀行業界ではまだ珍しいと彼女は話す。ほとんどの企業はフラットファイルを使い、それを銀行に送って夜間に支払いを処理する。エンドユーザーにAPIを公開した瞬間、数時間のうちに預金が引き出される可能性が飛躍的に高まる、とロングは指摘する。
仮想通貨のように取引スピードが速く、リスクが高く、動きの激しい市場、しかもこれが90%もの大幅な乱高下がある分野であることを考えると、最悪の事態を招きかねない。
例えば、仮想通貨関連企業の連鎖倒産が起こる直前の2022年3月31日時点でシルバーゲート銀行が保有していたのは、引き出しに数分しかかからない当座預金約133億ドル(1兆7400億円)、それに14億ドル(約1830億円)にも満たない現金だったとロングは言う。資金が枯渇し始めたシルバーゲート銀行は、預金引き出しに応じるために長期証券を損切りして売却しなければならなかった。
今後の展開
仮想通貨のマーケットは、それ以外の市場が閉じているときでも24時間365日稼働している、とベイカーは指摘する。シルバーゲート銀行やシグネチャー銀行は、取引所などの仮想通貨市場のプレイヤーにサービスを提供するため、銀行内に即時決済手段がある。政策担当者が対応策を検討する際には、この分野にどのようなサービスを提供するべきなのかを考慮する必要がある。
JPモルガンは3月9日付レポートで、シルバーゲート取引ネットワーク(Silvergate Exchange Network)の喪失は仮想通貨のエコシステムにとって打撃となると記している。1000社以上の仮想通貨企業がフィアット通貨(不換通貨・紙幣)を送金する際にこのプラットフォームをよく使っていたが、規制の強化やFTXの崩壊のせいで、一般銀行はその失われた穴を埋めることには消極的だと同レポートは記している。
電子的にすばやく引き出しができる預金者が相手では、銀行の従来の「短期で借り、長期の貸し出しを行う」モデルは通用しないとロングは指摘する。
ロングは、自身が設立したカストディア銀行ならばリスクの高い仮想通貨の顧客により安全なソリューションを提供できると考えていた。というのも同行は、企業向けのデジタル資産決済とカストディ(保管・管理)ソリューションに特化しているからだ。
そこでカストディア銀行では、最初の3年は顧客の当座預金の108%を、4年目以降は105%を米連邦準備制度理事会(FRB)のマスターアカウントで現金保有することを提案したという。同行は2020年10月にマスターアカウント、翌年8月にFRBのメンバーシップを申請したが、2023年1月にいずれの申請も却下された。
ベイカーは、従来の資産負債管理のアプローチが仮想通貨企業の顧客にはうまく当てはまらないと考えている。しかし、100%の現金を準備する当座預金モデルは現実的ではない。ならば、銀行は極めて保守的になって国債その他の短期証券を保有し、大きな金利リスクを負わないようにすべきだと言う。
前出のブレットは、仮想通貨の顧客預金をブローカー預金と同様の分類にするよう定める法案が通過する可能性があり、そうなると規制が強化され、資本力が十分でない金融機関が預金を受け入れることが制限されると話す。
政策がこれらの問題に対応するのにどれくらい時間を要するかは不透明で、いつまでにやらなければならないという期限もない。しかし、仮想通貨市場には4年周期のサイクルがあり、常に放物線を描く仮想通貨の持ち直しで終わっていることを忘れてはならない。
ビットコインのマイニングに支払われる報酬が半分になり、新しく作られるコインの数が減って需要が高まると強気なサイクルに入る。するとビットコインの価格は急騰し、アルトコインもその動きに追随する。そして、上昇基調になるたびに仮想通貨の時価総額は増え、やがて破綻する。
政策立案者は、次に半減する時期は2024年3月24日頃になるということを心に留めておくべきだ。その直後から次の強気サイクルが始まる可能性がある。
このような新しい分野に特化しようとする銀行は、リスクパラメーターを理解していないため、かなり注意する必要がある。「明らかにシルバーゲート銀行は預金の真のボラティリティを理解していなかった」とベイカーは言う。