役場職員も「半泣き」の本気度。ライドシェア規制や官民連携の難しさを越えて【博報堂・畠山洋平4】

博報堂・畠山洋平

撮影:今村拓馬

朝日町側でノッカルあさひまちを担当するのは、「みんなで未来!課」課長代理の寺崎壮だ。

博報堂の畠山洋平(43)が最初に町を訪れた当時から、寺崎は公共交通を担当している。地域交通として町はコミュニティバスを走らせていたが、課題も多かった。増え続ける利用者の利便性を上げるためには、もう1台バスを増やしたいが、財政上無理だというところで「思考がストップしていた」という。

とはいえ、畠山が地域交通の提案に来たときに、すぐに歓迎したわけではない。むしろ東京の広告会社がなんでうちの町に、と身構えた。町長が普段から町の課題を解決するためにはいろんなところと連携しなければ、と話していたので、とりあえず話だけは聞こうぐらいの感じだったという。

IMA_0556

「みんなで未来!課」課長代理の寺崎は、最初は博報堂に警戒心を持っていたという。

撮影:今村拓馬

「でも、まだ私たちが自分達の課題に対してボヤッとした感じでしか動けていなかった時に、全国のいろんな自治体を回っていた畠山さんの持っていた提案は具体的でした。最初は町に点在する観光地を結ぶという提案でしたが、困っているのは生活者の足だと伝えると、すぐに改良案を持ってくれたんです」

実は畠山が朝日町を訪ねる前に、別の事業者からも地域交通の提案はあったという。それは利用者の予約に応じて運行経路やスケジュールを合わせるオンデマンド交通の提案だった。

しかし、運転手を待機させる形のオンデマンドでは、結果的に人件費とバスの車両代という固定費の問題は解決されない。提案が町の実情に合わないと話すと、その事業者はカスタマイズするための費用を要求した。

「博報堂のやり方はそれとは真逆だったんです。既にあるものを町にはめ込もうというのでなく、町に入り込んで、課題は何か見極め、ゼロから仕組みをつくり上げるというものでした」(寺崎)

本気の姿に溶けていった警戒心

IMA_0574

朝日町役場の「みんなで未来!課」。部署の名前も博報堂チームがアイデアを出した。

撮影:今村拓馬

寺崎同様、警戒心を抱いていた職員たちの気持ちが変わっていったのは、博報堂チームの「本気度」を目の当たりにしたからだという。

雪が降りしきる中、病院やスーパーで町民に話しかけヒアリングをする姿に驚いたという話は、何人もから聞いた。副町長の山崎富士夫も、「町民一人ひとりの声を聞いていて、うちの職員よりよっぽど町民のことを知っているのではないかと思った」と話す。

寺崎も言う。

「博報堂チームは住民の声を直接聞いて、この問題の根幹にあるものは何か、課題の本質をつかもうとしていました。それは私たちにはノウハウも経験もないことでした」

住民の中に「お互い様」の気持ちがあると気づいたことから、マイカーを使った乗合交通へと発展していくわけだが、ノッカルを実際進めようとすると、今度は法制度の壁が立ち塞がった。

日本では有償のライドシェアの導入はさまざまな法規制をクリアする必要があることから進んでいない。畠山は法律を読み込み、時には寺崎らと国土交通省まで一緒に出かけた。

ドライバーへの運転前のアルコールチェックもその一つだ。ノッカルに登録した住民がわざわざ地元のタクシー会社まで出向いて検査を受けるのは現実的な運用として難しい。遠隔での検査が可能になるよう、国交省とは何度も協議すると同時に、ドライバーが自宅でチェックできるようLINEを使った仕組みも開発した。

ドライバーには60代の人もいてスマホを使い慣れていない人もいる。ドライバーに登録した住民のためにLINEのアプリをスマホに入れ、使い方の講習会も開いた。

日本でUberのようなライドシェアが広がらない背景には、地元の交通事業者、バス会社やタクシー会社の抵抗が強いという事情もある。

朝日町のタクシー会社にはノッカルの運行管理を任せることで共存の道筋を描いたが、富山県のタクシー協会からは警戒された。協会にも理解してもらえるよう何度も足を運んだ。こうしたハードルを博報堂と町は二人三脚でクリアしていった。

来る者拒まずだった町長

IMA_0664

町長の笹原は、博報堂が提案する以前から、民間企業との連携が町の課題解決のキーになると考えてきた。

撮影:今村拓馬

連載の1回目でも書いたように、朝日町は日本創成会議が2014年に発表した消滅可能性都市リストに入り、町内にある公立病院も赤字経営が続いていたことから、統合すべき病院に名指しされた。

将来消える町—— 住民の不安を煽りかねないレッテルを貼られそうになるところを、町長の笹原靖直は「消えてたまるか」と奮い立った。

博報堂が訪ねてくる前から、公立病院の経営改革を進め、子育て世代に定着してもらえるよう保育料の補助など独自の少子化対策も進めていた。それでも自分達だけで地域の課題を解決する限界も感じていた。

「民間企業が持つアイデアや推進力、人のネットワークなどは行政にはないもの。私は基本来る者拒まずの姿勢でした」(笹原)

畠山もこの町長とだったら、と思えたという。

「人口が減れば当然需給バランスも変わる。でも、一度作った公共サービスを需給バランスの変化に合わせて変えることは簡単ではなく、手付かずの自治体も多い。

でも朝日町は公立病院も病棟数を減らすなどして赤字経営から脱却し、自分達で運営できるサイズに変えてきたんです」

町側が博報堂の「本気」を信じられたのは仕事ぶりだけでなく、最初から博報堂側の課題も包み隠さず話してくれた畠山の誠実さもあったという。

広告代理業というビジネスの限界、自動車産業の将来……綺麗な言葉だけで地方の未来を語りがちになるところを、クライアントである自動車メーカー、博報堂の課題を一緒に解決したいという言葉を聞いた時にむしろ腑に落ちたという。

官民連携の難しさ露わにした五輪談合事件

shutterstock_1089230942

JPstocker/Shutterstock

とはいえ、町全体が両手を挙げて賛成という訳でもなかった。当然議会にも住民にも警戒感を持つ人はいたし、「町長の人気取りじゃないか」と反発する声もあった。議会に対してはノッカルあさひまち導入に際し何度も勉強会を開いた。

公平性を問題にする人たちもいた。税金を投入するだけに、例えば「みんまなび」のような放課後学習の場所をつくっても、「そこに来られない子どもはどうするんだ」というような声も上がった。

追い討ちをかけたのが東京五輪・パラリンピックをめぐる談合事件だ。

電通だけでなく、博報堂および博報堂DYグループ会社の元幹部も起訴され、経済産業省や文部科学省などは博報堂に対して補助金交付の停止と契約に関わる指名停止措置を発表している。大阪府と大阪市は大阪・関西万博に向けて、電通や博報堂と結んでいた協定を解除する方針を固めた。

町内や議会からも博報堂と組んでいて大丈夫なのか、という声も上がった。たとえ別の部署の不祥事でも、住民から見れば同じ会社だと映る。それが官民連携の難しさだ。町長の笹原はこう話す。

「山積する課題解決は行政だけでは無理です。官民連携を進める上で重要なのは、税金を投入する以上お金の流れだけはきちんとオープンにすること。そしてやっていることの意義を伝え理解してもらうことです」

楽しそうに働く博報堂社員に衝撃

hakuhodo

博報堂社員たちのポジティブなエネルギーは、朝日町役場の職員たちにもいい影響を与えていった。

提供:畠山洋平

博報堂の社員らと仕事をすることは職員達にも影響を与えている。

「最初は博報堂チームの仕事の進め方があまりにスピーディーだったので、職員らは半泣き状態でした。でもやる気のある若手職員らをプロジェクトに入れて一緒に仕事をしてもらったら、どんどん変わっていった」(副町長・山崎)

職員たちも博報堂をうまく利用してきた。それまで自分たちでやりたいことがあっても、役所の年功序列の壁に阻まれ、なかなか提案できてこなかったことを博報堂を巻き込んで形にしていくこともあった。

何より、みんなで未来!課課長の住吉嘉人は博報堂チームが楽しそうに働いている姿に衝撃を受けたという。

「ここまで仕事って楽しめるものなんだ、楽しんでいいんだと。諦めずにやり切る姿勢にも影響を受けました。彼らは国の事業への申請も締め切り2分前まで粘って書類を作っていましたから」

横展開で稼ぐより、本当のキープレイヤーに

ノッカル

ノッカルは、住民同士の繋がりを復活させることにも一役買っている。

撮影:今村拓馬

ノッカルの登録ドライバーは現在30人。次世代の公共交通としての道はまだ途上だ。

当初、町側はドライバーの負担を心配していたというが、むしろ利用者からだけでなくドライバー側からも感謝の声が返ってきている。「いろんな人と話せて良かった」「誰かの役に立てて良かった」。それは想定外だった。

住民同士が少しずつ自分の時間と労力を提供して公共サービスの一部を担う。それは地域の課題解決のために「やむを得ない」選択なのではなく、かつてあった住民同士の繋がりを復活させるという、むしろ新たな社会資本の創出にも繋がっている。

おそらく企業の経営戦略的に言えば、一度作り上げたノッカルという仕組みを他の地域に横展開した方が効率良く稼げるだろう。だが、畠山たちはノッカルの次はみんまなび事業を通じた教育、そして独自ポイントの「ポHUNT(ポハント)」事業も推進している。

このポイント事業は住民に外出を促し、スポットに立ち寄ればポイントが獲得でき、獲得ポイントによってさまざまな景品が当たる仕組み。町民の健康増進や動きの把握が狙いだ。

「会社からも今はまだ『売り上げなど数字のことは考えなくてもいい』と言われています。地域課題の本当の意味でのキープレイヤーになるという覚悟を、会社も共有してくれていると感じています」(畠山)

そしてもし朝日町で地域課題解決のモデルを作ることができれば、その知見とノウハウはきっと他の自治体でも生きるはずだと確信もしている。

(完、敬称略)

浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、4月よりBusiness Insider Japanの統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーター、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』。


Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み