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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、職場や仕事を通じて結婚相手を見つけた人の割合はコロナ禍をきっかけに大きく減少しました。しかし入山先生は仮説として、「いい会社ほど社内恋愛の数も多いのでは」と考えているそうです。社内恋愛と業績の間にはいったいどんな関係が?
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強い会社ほど社内恋愛が多い
こんにちは、入山文章栄です。
最近、社内恋愛や社内結婚の話をあまり聞かなくなった気がしませんか。「付き合っていることが周囲にバレたら面倒」とか「仕事とプライベートは分けたい」という人が増えたのかもしれません。
しかし実は社内恋愛・社内結婚が多い会社は、業績のいい、強い会社であることも多い、というのが僕の感覚です。
ライター・長山
え、そうなんですか。もしかして「カップルが生まれるような風通しのいい組織は業績もいい」というような経営理論があったりするのでしょうか?
そうですね。まずは僕の個人的な感覚で言うと、僕が「いいな」とか「おもしろいな」と思う会社には、社内恋愛が多いんですよ。
例えば僕が以前社外取締役をしていたマクロミルというマーケティング調査の会社は、社内恋愛がかなり多く、そこから結婚に至るカップルもけっこういたんですよね。
実際、2015年のある調査では、マクロミルは「社内恋愛が多い会社ランキング」の1位でした。他に社内恋愛が多い企業だと僕が思うのはリクルートで、別調査ですがやはり上位に入っていましたね。実際、マクロミルは「リクルートっぽい企業文化」がある会社と言われていたので、さもありなんですが。
社内恋愛は「アプローチしてセクハラだと思われたくない」とか「別れた後で気まずくなるのがイヤ」などの理由で敬遠されがちだとも聞きますが、僕は社内恋愛の多い会社こそがいい会社である可能性すらあると思っています。理由は主に2つあります。経営学的に説明しましょう。
まず社内恋愛が多いということは、そもそも組織に女性が多いことを意味します。男女の比率が同程度でないと、たくさんの恋愛は生まれない(もちろん同性愛の方もいますが、ここでは主に異性間の恋愛について述べます)。
ところが、これだけダイバーシティの重要性が強調されているにもかかわらず、まだまだ男性が8~9割を占める会社はたくさんある。そういう会社では、社内恋愛はなかなか成立しません。ということは社内恋愛が多いというだけで、女性が入りやすい、働きやすい会社だと言えるわけです。
そういう会社は一般職と総合職のような謎の区分もないし、女性が普通に戦力として働いている。しかも社内結婚して子どもができたら、産休や育休から復帰する体制も整っていることが多い。社内でパートナーを見つけて、子どもを育てながら働く先輩たちを見ていたら、「社内恋愛も悪くないな」となるでしょう。つまり社内恋愛・社内結婚が多い会社は、女性が働きやすい会社である可能性が高いのです。
そしてこの連載で何度も言っているように、ダイバーシティが高い会社はイノベーティブになりやすいので結果的に業績も向上する可能性が高い、ということなのです。
社内恋愛が多い会社はコミュニケーションが活発
第二に、そういう会社は男性と女性が同じくらいいるだけでなく、社員同士のコミュニケーションがさかんなことが多い。分かりやすい指標として、社内の「部活」や「サークル」が多い。マクロミルもそうですが、スキー、飲み会、ゴルフなど、趣味を通じた活発なコミュニケーションがある。そこで親しくなって恋愛に発展するわけですね。
同じ会社に属しているけれど、部署が違うので普段は交流のない人たちが、部活を通じて交流する。これは経営理論でいえば、この連載で僕が何度も述べている「知の探索」の実践だし、「トランザクティブ・メモリー・システム」の活性化でもあります。
「知の探索」とは簡単に言うと、遠くにある「知」と、それとはまた別の「知」を組み合わせて、新しい「知」を生み出すこと。
「トランザクティブ・メモリー・システム」とは、社員全員が同じ専門知識を持たなくても、「分からないことがあったら社内の誰に聞けばいいか」を知っていれば十分なので、各人が自分の専門性を高めることに専念できるという説です。
「知の探索」も「トランザクティブ・メモリー・システム」も、社員同士のコミュニケーションを活発にすればイノベーションが起きやすくなるという理論です。社員同士のコミュニケーションが活発になれば、恋愛も生まれやすくなる。だから強い会社では社内恋愛が多い。そう考えると、リクルートで社内恋愛が多いのも、リクルートが強い会社だからなのではないでしょうか。
ライター・長山
そう言われると納得です。カギは「社内部活」「社内サークル」ですね。ところで私は小さい会社にしか勤めたことがなくて、部活があるような大企業の実情をよく知らないのですが、先生も会社員時代は何か部活に参加していたんですか?
僕が勤務していた三菱総研にも部活はありましたが、僕自身は正式な部活に入ったことはありません。ただ……実は僕は当時、肩を越えるくらいの長さまで髪を伸ばしていたんですよ。
BIJ編集部・常盤
それは初めて聞きました!
アメリカに行った最初の2年くらいはずっと長髪だったので、アメリカ時代の指導教官にに「ポニーテール」と呼ばれていたくらい。三菱総研時代もずっと長髪で仕事をしていたので、会社では浮いていたかもしれません。
でもそのおかげで派遣社員も含めた女性社員の方から、「入山さんは髪も長いし女子力が高そうだから、私たちのサークルに入ってもいいよ」と言ってもらえて、“OL友の会”という会のメンバーになっていたんです(笑)。「ねえ、シャンプーなに使ってる?」みたいな話に加わったり。
BIJ編集部・常盤
えーっ!(爆笑)
“OL友の会”に入ってよかったのは、社内の情報が入ってくること。女性社員は男性よりも圧倒的に社内の噂に詳しいので、「〇〇さんは残業ばかりしているけど、実はぜんぜん仕事してませんよ」とか「△△部長と××役員は仲が悪いんですよ」とか、面白い情報を得ることができました。
ちなみにいま僕が教えている早稲田大学ビジネススクールにも、部活がたくさんあります。起業を志す人たちが集まる「WBS起業部」や「サッカー部」など学校公認の部活もありますが、さらにおもしろいのは非公認のほう。
例えば、僕が顧問になっているのが「早稲田大学ビジネススクール三田会」。もちろん非公認組織ですよ。三田会は慶應出身者の集まりですが、それを早稲田大学で結成してみました(笑)。コロナ前は飲み会をやってそこで福沢諭吉クイズ大会をしたり、僕と同じ慶應出身の山口周さんと対談をしたりと、熱い活動を繰り広げています。
あと、いま最も活気がある非公認部活の一つは、これも僕が顧問を務める「チャーハン部」ですね。単にチャーハンを食べてその写真をFacebookに投稿するだけですが、ライバルの「ギョーザ部」と合同イベントをやろうという話もあり、異常に盛り上がっている。
勉強とは関係ないけれど、こういうことって大事だと思うんですよね。せっかくご縁があって知り合えた人たちと親密なコミュニケーションができるので。
ところでBusiness Insider Japanを運営しているメディアジーンは、社内恋愛は多いほうですか?
BIJ編集部・野田
僕はこの会社に新卒で入りましたが、入社当時は部活もあるし飲み会も多く、社内恋愛もかなり活発でした。そこから結婚につながったカップルが何組もいますね。でもコロナで部活がなくなって以来、社内恋愛の話をまったく聞かなくなりました。先生のおっしゃる通り、やはり部活の果たす役割は大きいと思います。
BIJ編集部・常盤
リモートワークも定着しましたし「長時間労働をやめよう」という機運も高まっていますが、やはり会社で過ごす時間は長いですからね。そこで新たな出会いや関係性の深まりを促せるといいですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。