ユニクロに導入されているセルフレジ。商品のRFIDタグを読み取って自動的に登録が行われる。
写真提供:ファーストリテイリング
ここ数年、ユニクロ店舗を利用したことある方なら体験したかもしれないが、最先端のセルフレジシステムが導入され、素早く会計を終えて退店が可能になっている。
購入する商品をセルフレジ横の“くぼみ”にすべて投入するだけで素早く商品が読み込まれ、いちいち商品ごとにバーコードを読み込ませる必要はない。各種キャッシュレス決済手段のほかUNIQLO Payというモバイル決済への対応もあり、会計にかかる時間は短い。
その秘密はすべての商品に取り付けられた「RFID」と呼ばれる“無線タグ”の存在にある。
セルフレジではこのタグの情報を読み取って商品登録を行っている。ユニクロでは2017年からRFIDの付与を始め、いまや名物となったセルフレジは2019年から導入している。
このRFIDタグは、買い物客の視点で見たときは「会計を素早く済ませるためのもの」という一側面でしかないが、さらに広い視点で見たとき、小売業界全体を大きく変革する可能性を秘めた技術となる。
RFIDがいかに小売業界のビジネスを後押ししているのか、その先にどのような世界が実現されるのか。米ニューヨークで2023年初に全米小売業協会が主催する「NRF Retail's Big Show」において行われた、業界の先端を走るプレイヤーらによるパネルディスカッションでの討論を基に整理してみたい。
小売業界の課題とRFIDで可能になること
NRFで行われたRFIDと小売業界の変革についてのパネルディスカッション。左から順に、司会のメンフィス大学プレジデントのBill Hardgrave氏、ファーストリテイリングCIOの丹原崇宏氏、アクセンチュアでRetail Growth and Commerce LeadのRay Marciano氏、Avery DennisonでVP Global RFID Market DevelopmentのBill Toney氏。
撮影:鈴木淳也
まず最初に、小売業界が現在抱えている課題があり、それを解決する手段の1つがRFIDとなる。
大きな課題としては「在庫の把握」があり、小売はこの把握に多くの時間とコストを費やしてきた。実際に店内や倉庫にある商品が帳簿上のデータと一致しているとは限らず、“実数”を把握するうえで棚卸しが必須だからだ。近年ではオムニチャネルを意識して店頭在庫とECが連動するケースが増えているが、注文したはずの商品在庫が存在していなかったり、欠品を把握していなかった場合、ユーザーの利便性を損ねるうえ、顧客満足度を下げる結果にもつながる。「在庫の把握」を素早く正確に実行することが重要であり、これを支援するのがRFIDということになる。
RFIDの特徴として、無線タグという性質を利用して複数のタグを離れた場所から同時に読み取れる点がある。短時間でほぼリアルタイムに在庫状況を把握できるため、従業員の業務負担を低減するのみでなく、ECやオムニチャネルとの相性もいい。
またパネルに登壇したAvery DennisonのVP、Global RFID Market DevelopmentのBill Toney氏が指摘するのが「トレーサビリティ」の存在だ。RFIDでは各タグごとに異なるシリアル番号が付与されており、サプライチェーンの過程でこの情報を記録していくことでその軌跡を追跡できる。
これは顧客が商品を購入した場合も同様で、特定の商品における販売状況が記録され、それをすぐに把握できるため、返品時の処理を非常にシンプルにできるというメリットがある。盗難防止対策も含め、商品の流通状況を逐次把握し、必要な情報をいつでも引き出せるという点で小売業者のメリットも大きい。
特にユニクロがコンセプトとして掲げている「LifeWear」は、リサイクルやリユースも含めて全工程でサプライチェーンを管理することで成り立つものだ。RFIDというテクノロジーがサステナビリティにも貢献するという点は非常に興味深い。
Avery DennisonのBill Toney氏。
撮影:鈴木淳也
企業的観点からいえば、トレーサビリティの仕組みはSDGsなどの持続可能性(サステナビリティ)と相性がいいのも大きい。製造過程から販売の最終段階まで追跡が可能だからだ。
このほか、パネルに参加したコンサルティング大手アクセンチュアのRetail Growth and Commerce LeadのRay Marciano氏は「今後、小売業で急激な変化が見られるようになるのはデータであり、データが通貨としての役割を担うようになる」という。
企業はRFIDにより膨大なデータを取得可能になり、これがさまざまな可能性を生み出すというのが同氏の考えだ。そして利活用のため、取得したすべてのデータをどのように理解するか施行錯誤し始めている段階だという。
AccentureのRay Marciano氏。
撮影:鈴木淳也
おそらく、こうしたアイデアはRFIDが開発されて市場に出回ったころから検討されていたと思うが、現状でそこまで至っているケースは少ないというのが実情だ。
実際、パネルに登壇したファーストリテイリングCIOの丹原崇宏氏も「RFID自体は登場して20-30年経過したもので、決して新しい技術ではない」と述べている。
ただ、それでも同社のサプライチェーン内にRFIDを全面導入し、世界的な成功事例として紹介される状態まで持ち込めたのは、あくまでその動機が「顧客や社会にとっていいものであるか」という点にあったと同氏は説明する。
「イノベーションにおけるファーストリテイリングのDNAとは、顧客や社会にとってどういった意味があるのかであり、それが商品の在庫管理や(冒頭の)買い物体験など、顧客中心の考えにあった」(丹原氏)
導入のきっかけこそ顧客体験の向上が主眼にあったものの、そこで得られるデータの重要性は同氏も注視している。例えばAIやロボティクスの導入においてデータ基盤の活用が必要であり、そのためのデータはより意味のある正確性や信頼性が必要だと述べている。
このデータの正確性や信頼性が結果的にオンラインとリアルの販売チャネルを横断した商品管理を可能とするわけで、「AIを含む新しい技術のためのわれわれの主要なプラットフォームの1つになる」(丹原氏)という考えだ。
ファストリが標榜する「情報製造小売業」とは何か
こうした取り組みを、ファーストリテイリングは2010年代から「情報製造小売業」というビジョンを掲げて推進してきた。
小売業においてスピード感が重要で、顧客自体が変化してくれば会社のマーケティングもそれに合わせて変化していく必要があるという足回りのよさが求められるという考えだ。
顧客のほしいものを提供するタイミングも重要だ。
「会社からみて100点のものでないとローンチ(発売)しない」というのではなく、60点や70点の段階で提供してしまい、ブラッシュアップを重ねて100点に近付けていく。
その間にもゴールは110点とか120点まで動いている可能性があるので、100点に達した段階でよしとはせず、つねに改良を加えていくというアジャイル的な考えだ。
「会社のDNAとは変革のDNAで、つねに変わり続けるという全社変革。実行を重んじている社風だからこそ、当初は困難や失敗もあったRFIDの導入だが、最終的にやり遂げることができた」(丹原氏)
ファーストリテイリングCIOの丹原崇宏氏。
撮影:鈴木淳也
RFIDの導入でファーストリテイリングが手を組んだのは、同タグの分野で世界最大手のAvery Dennison社だ。もともとAvery Dennisonはプライスタグなどの製造販売を手がけているメーカーだ。両社の取り組みがスタートしたのはファーストリテイリングがAvery Dennisonの製品を使っていたことがきっかけ。両社の提携関係は、10年以上におよぶ。
話題のセルフレジも初期版から何度も改良を重ねており、タグの読み取り速度や精度のほか、スタッフが運用できるか、また顧客に受け入れられるかという部分から最終的に現在のような大規模な採用をするという判断したという。
タグと読み取り装置自体はすでに存在していたものの、ソフトウェアや実際に業務へと落とし込む部分は数多のトライ&エラーを経て自社で行わなければならなかったこともあり、実質的にシステム全体のブラッシュアップをファーストリテイリング自身が行ってきたことになる。
ユニクロ銀座店。
出典:ファーストリテイリング
業務の部分的な最適化ではなく、エンド・ツー・エンドで全体を視野にRFIDを導入したのは、製造から流通、販売までを自社で手がけるファーストリテイリングらしいところだが、今後もより多くの場面でRFIDを活用しつつ、それ以外の技術も含めて全体の最適化を進めていく意向だ。セルフレジやサプライチェーンは最も恩恵を受ける部分だが、スタッフの接客対応などデジタルで支援できる余地はまだまだあるというのが丹原氏の考えだ。
データ活用がアパレル業界の新しい形を可能にする
ユニクロのニューヨーク5番街店。
撮影:鈴木淳也
興味深いのは、システム開発を外部依存するのではなく、社内のエンジニアが業務のスタッフと一緒になってソフトウェアを構築している点にある。実際に現場のスタッフとの会話で仕様が決定されて開発が進められるが、フィードバックを直に得てシステムの改良が行われていく。エンジニアには店舗の店長経験者も含まれており、エンジニア自身が業務をよく理解しているという強みもある。
また同社では「グローバルワン」という方針を採っており、国内外の市場を含めてシステムから流通、販売までを一元管理している。デジタル部門も1つしか存在しておらず、ユニクロやGUを含むすべてのブランドを管理する。
ファーストリテイリングでは、2017年に「デジタルコマースプラットフォーム」が稼働を開始しているが、それ以前はブランドごとにECが独立して存在している状態だったものを「データ一元管理プラットフォーム」の下で一括管理するようになった。
当然システム開発も世界規模で行われることになり、同氏によれば、すでにエンジニアリングチームの半分近くが外国籍だという。
ファーストリテイリング自体は日本の会社だが、海外に複数の開発拠点があり、社員間でのコミュニケーションは日常的に英語で行われている。
ニューヨーク五番街のユニクロ店舗のロゴ(2019年撮影)。
REUTERS/Carlo Allegri
2022年秋には、東京に加えてニューヨークにグローバルヘッドクォーター(GHQ)が設置され、海外戦略での主要拠点としての機能を開始したが、今後はここを含めてエンジニアが世界中で活躍する場が増える可能性を丹原氏は示唆している。
デジタル部門に求められるのは業務のシステムへの落とし込みならず、今後のデータ利活用を見据えたデータサイエンスやアーキテクトに関する人材など、求められる分野は広い。より現場に近いところで新しいチャレンジや発想をもって活躍できる場所を提供できるというのが同社の考えだ。世界を代表する小売業ではあるものの、「情報製造小売業」を標榜するようにシステムとデータを最大限に活用してビジネスを極大化しようとしているのが現在のファーストリテイリングといえる。