ネコ型配膳ロボから配膳をするフロアスタッフ。ガストをはじめとする、すかいらーくグループのファミリーレストランではこうした風景はごく一般的になった。
撮影:Business Insider Japan
「あ、ネコが料理を持ってきた」
ファミリーレストランでこんな風景を目にすることが増えた。「配膳ロボット」によって、レストランの光景はこの2年ほどで一変した。
ロボットとフロアスタッフの「協働」を日常風景にした立役者と言えるのが、外食大手のすかいらーくだ。
グループ全体で2021年11月ごろからネコ型配膳ロボの本格導入が進み、2022年12月には全国2100店舗での大規模導入を完了した。
すかいらーくは2月に公表した2022年度通期決算で56億円の営業赤字に転落しており、「極めて厳しい状況にある」(谷真会長兼社長、上半期決算会見にて)として、V字回復に向けた危機感がどこよりも強いことは疑いようがない。
すかいらーくを取材して見えてきたのは、「ネコ型配膳ロボ」の大規模導入にかける、外食大手の本気度だった。
わずか1年足らずでロボット導入を成功させ、何を変えたのか?外食大手のトランスフォーメーションを取材した。
配膳ロボット3000台導入への道
撮影:Business Insider Japan
「YouTubeで拡散されて認知度が上がったおかげで、従業員やお客様から『うちの店にはいつ導入されるのか』と聞かれるほどです。導入当日には従業員がネームプレートを作ったり、シニアのお客様がカメラで記念写真を撮られたりしていました」(花元氏)
すかいらーくグループの中で、既にセルフレジやタブレットの注文といった「店舗運営のデジタル化」が進んでいるのは、業界では知られた話だ。配膳ロボットの導入も、当初はもう少し遅い時期の想定だったが、コロナ禍に社長の意思決定で計画が前倒しされ、短期間での導入が進んだ。
しかし、グループ全体で3054店舗(2022年12月31日時点)で可能な限り配膳ロボを使うという「トランスフォーメーション」は物理的にも相当な困難が伴ったはずだ。
すかいらーく社内で導入を主導したのは、すかいらーくレストランツ 営業政策グループの花元浩昭氏。
2019年までガストの複数店舗を統括するエリアマネージャーを務め、本部に異動した後はマニュアル制作やオペレーション開発を担当。今回の2100店舗・3000台導入に責任者として直接、関わった人物だ。
「配膳ロボット導入にあたって、最初は通路の広さに余裕があり、ロボットが動きやすい店舗から進めていきました。(当初は)築年数が経過していたり既存の什器や備品が残る店舗では、通路の狭さやカーペットなどによる段差といった問題もありました」(花元氏)
Business Insider Japanの過去の取材記事にもあるように、配膳ロボット導入にあたっては、飲食チェーンごとに使い方の特色がある。
配膳には「上げ膳(料理を出す)」と「下げ膳(食後の皿を片付ける)」の二つがあるが、特にガストでは上げ膳のみに使っている。これは「実証の結果、上げ膳に使うことでピークタイムの回転率が向上し、(検証店舗の)来客数が90名から95名の改善が確認できていた」(花元氏)からだ。
3000台導入の秘策は、現場のプロを結集した「特命チーム」
すかいらーくレストランツ 営業政策グループの花元浩昭氏
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「ロボットと協働する」という新しい形の店舗オペレーション。すかいらーくは、大規模導入にあたり、ある秘策を使っていた。
それが、現場のオペレーションを知り尽くす従業員による導入専門チーム「インストラクター」を、いわば特命チームとして組織化したことだ。
取材で判明したのは、チームの構成員は基本的に全て社員。しかも「最低でも店長経験者以上」という、すかいらーくにおける現場のプロを集めたチームだということ。
「社内では『インストラクター制度』と呼んでいます。最大で17名(2023年3月時点では6名)を店舗のロボット導入支援に配置しました。インストラクターには先行して試験導入した店舗の従業員や、店舗を統括するスーパーバイザーを引き抜いています」
花元氏は、このインストラクターチームを統括している。
2100店舗の大規模導入が成功できた一因は、このチームを作ったことにあったのではないか。インストラクターを組織したことの重要性は、チームがどういう作業をするのかを知るとよく分かる。
「ロボットの導入当日には必ずインストラクターが店舗に出向き、各現場に合わせて設定と修正を繰り返します。例えばドリンクバーの前を通る場合でも、店舗によってお客様の邪魔にならないルートが変わってくるからです」
なぜ店長以上の人材にしたのかにも理由がある。
「これだけ導入が進んだのも、インストラクターによるきめ細かい対応と改善があったからです。
初期に導入された店舗では、視察に来た営業部や店長とも対等に話ができなければいけません。そこでインストラクターには、店舗のオペレーションを熟知した店長経験者などを社内から集めてきました」
インストラクターの働きぶりの猛烈さは数字にも表れている。
導入は一人あたり1日1店舗が限界だそうだが、最大17名のインストラクターによる稼働もあって1カ月で300店舗導入したこともあるという。
店舗から「ネコ型ロボが歓迎」された理由
取材に協力してくれたフロアスタッフは、1年ほどまえから取材先店舗で働いている。ロボットとの協働は、「レジ待ちのお客様の待ち時間が短縮できるようになった」「従業員の一人みたいな感じ」とコメントしていた。
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ロボット導入は迅速な意思決定だった一方で、導入初期の「現場からの反発」はなかったのだろうか。
「当初はロボットに対して半信半疑な従業員もいたはず」とは言うものの、反発というよりはむしろ歓迎の声が多かった、と花元氏は言う。
「(実物を見て)自動で(ネコが)配膳するのを見ると、従業員の目の色が変わるんです。
役に立つだけでなく、簡単に運用できると分かれば、どんどん使おうという気持ちになってくれます。
これはインストラクターがきちんと各店舗に合わせて導入してくれたおかげですね」
ネコ型配膳ロボことベラボットの操作画面。キッチンで完成した料理を載せ、届ける席番号をタップして「出発!」を押すだけ。配膳後は自動帰還する。このわかりやすさが導入が進んだ理由の1つでもあるという。
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業務効率化の成果は、過去に決算会見でも定量データとして公表している。
例えば、ガストではランチピーク回転率が7.5%向上、片付け時間が35%削減、歩行数も42%削減されている。
出典:すかいらーく
花元氏によると、フロアスタッフの歩数は、広い店舗ではわずか数時間で1万歩を超えるほど。これがほぼ半減するので、むしろ現場からロボットを歓迎する声が多いというのは納得できる。
従業員は、他の業務に集中できるようになり、ドリンクバーやトイレの清掃などにかける時間が増えたという声もある。
うれしい誤算だったのは、大規模導入を始めたことで来店客側の認知度が上がり、冒頭の通り、店舗側主導で「ロボットが来る日」をお知らせするなどのムーブメントが草の根的に生まれたことだ。
店舗でも導入が決まると従業員が自発的に「◯月◯日に新たな仲間が加わります」とポスターを貼ったり、SNSでは耳をなでると反応するロボットが働く姿が拡散されるようにもなった。
外食における「ロボット協働」はもはや仲間の一人
写真はイメージです。
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大規模なロボット導入を成功させたことは、外食業界の中でも注目されている。
花元氏によると、既に新規オープンの店舗では、配膳ロボットと協働する前提の設計を取り入れているという。配膳ロボは「もはやロボットなしの店舗運営が考えられないくらい楽になった」(花元氏)そうで、すかいらーくにとって、欠かせない存在になっている。
大規模導入にあたって活躍したインストラクターチームのノウハウは、外食産業の中でも特殊な知見になる可能性がある。
当初はロボット導入が手探りだったため、動作のプログラミングはベラボットを取り扱う東芝テックが担当していたが、導入が完了した現在では、基本的には運用はすかいらーく側で担当するようになっている。
外部のコンサルティングがなくとも対応できる、ロボ導入の「内製化」は、すかいらーくにとって少なくない価値があるはずだ。
花元氏は、ロボットの活用は、人手不足の時代に「働ける人を増やす」という側面もあるとも言う。
「重い食器を運ぶ負担が軽減されたり、シニアの従業員が店内を歩く距離が短くなれば、働きやすくなり従業員の定着率向上にもつながります。ロボットによる業務が増えても、人の接客が重要なことに変わりません。お客様が快適に過ごせる店舗づくりとオペレーションを磨きます」
すかいらーくは、業績回復を進める中で、さらにデジタル化にかじを切るのだろうか?これにも答えがある。
「配膳ロボットの導入以前から、セルフレジ、デジタルメニューブックによる注文が一通り揃っていますし、(レジやメニュー関連で画期的に)新しいものが登場するのは考えにくいです。
テーブルでの決済は実証実験を検討している段階ですが、店舗運営において当面は既存のものが徐々にアップデートされると考えています。一方でロボットは常に進化しており、5年後には我々の知らない世界があるかもしれません」