ベネズエラ出身のエドゥアルド・ブリセーニョ。株投資わずか3年で資産を28倍増させた。
Eduardo Briceno
エドゥアルド・ブリセーニョは、縦長の大型ディスプレイ4台を並べた自前のトレーディングデスクに座っている。
右手の壁には、オオカミの群れを周囲に従えた巨大な雄牛(強気相場の象徴)をあしらったイラストレーション。オオカミは高い知性を持ち、動きも素早く、どんな環境でも生き抜ける柔軟性の象徴なんだ、とブリセーニョは説明してくれた。
現在の彼にとってオオカミが意味するものは、どんな相場環境にあってもロングとショートの両ポジションを駆使してリターンを生み出せるスキルと言ったところだろうか。
ブリセーニョが置かれた境遇は7年前とは全く異なる。
株式市場や金融関係の仕事に就きたいと思って生きてきたが、手の届くチャンスには恵まれず、2010年にベネズエラの大学卒業時に取得した学位は電気工学専攻。収入の安定した仕事に就いてほしいと望む両親の影響もあっての選択だった。
ところが、彼が社会人になった頃、ベネズエラはすでに深い政治的・経済的混乱の最中にあり、当時のチャベス大統領は銀行や証券会社の国有化政策を推し進めていた。
夢はさらに遠ざかったと感じた彼は、電気通信エンジニアとして3年間働いた。
2016年になって、学生時代の夢を追いかけたくて我慢できなくなったブリセーニョは、MBAを取得するために大学に舞い戻った。同時に、研修機関が提供するトレーディングや投資のコースも受講した。
FXや先物、オプションなどさまざまな市場の存在を知り、トレーダーになりたいとの思いはさらに強まった。
より現実的なトレーダーへの道を求めてインターネットで情報を探し始めた時、バル・ミツバー(ユダヤ人共同体の男性が13歳で迎える成人儀式)の祝い金を元手にペニーストック(安価な投機銘柄)投資で100万ドル超の利益を稼ぎ出したとされる伝説のトレーダー、ティモシー・サイクスに出会った。
ブリセーニョは2016年3月にはサイクスの提供するトレーディング学習プログラムに参加し、同時にノートパソコン一つで市場でのリアル取引に少額ながら手を出し始めた。
ところが、翌2017年に彼を取り巻く環境は一変する。チャベス大統領の死後、後継のマドゥロ政権下でベネズエラは深刻な経済危機に陥り、ブリセーニョは妻と一緒に国外脱出を余儀なくされた。トレーディングの上達は当面お預けとなった。
「妻が妊娠したんです。想像してみてください、出産に向けて担当医のところに通わなくちゃいけない。でもそのためには、抗議デモと警察・軍の衝突が絶えず、あちらこちらから火の手が上がる通りをくぐり抜けて行かなきゃならない。そんなことできると思いますか?」
ブリセーニョは結局、ベネズエラの大学ではMBAを取得することができなかった。結果的に亡命先のアメリカに渡った後も収入を得る手段を得られず、株取引に食い扶持を頼ることにした。
しかし、それはブリセーニョのそれまでの人生における最悪の決断だった。
初心者というだけでも成功の可能性は低いのに、全く余裕のない背水の陣からなけなしの貯金をはたくとなれば、そこに待ち受けているのはそもそも大失敗以外になかった。
「(自分が置かれた状況から)損をするわけにはいきませんでした。だから、株価が下がって状勢不利になっても、分かってる、でもどうしようもないんだ、この金を失うわけにはいかないんだから、株価の回復を待つしかないさ、となるわけです」
当時のブリセーニョには、保有銘柄を売却して含み損を確定させ、損失を最低限に抑える「損切り」の選択肢がなかったのだ。
この投資を始めて間もない時期だけで、彼はおよそ8000ドルの貯金を失ったと振り返る。
「生計を立てる手段としてトレーディングに手を出すと、悲劇が待っている可能性が高いです。僕自身がまさにそれをやろうとして、罠(わな)にはまりました。
明日を生き延びるため、生活費の支払いに当てるお金を作るため、トレーディングに挑戦して取引口座を2つ空っぽにしました」
ブリセーニョはそうした失敗体験を経てマインドセットを変えるに至り、結果として株取引を本職にできるまでになっていく。具体的には、お金を稼ぎたいという願望に身を委ねることなく、値動きのトレンドやパターンなどテクニカル指標に集中するようになったのだ。
マインドセット変革を経た投資実績は…
何のために自分はトレーディングをやっているのか。その根本的な理由を離れて物事を考えるのは、直感的には何か違う感じもあった。
しかし、我慢してテクニカルに集中するようにしたことで、どうしても良い結果を出さねばと考えるからこそ生じる精神面の浮き沈みに苦しめられずに済むようになった。
ブリセーニョが最初に投じた元手は2万8000ドル。今ではそれが80万ドルを超える資産に成長した。
Insider編集部が確認させてもらった取引明細書によると、彼はまず2020年10月にコブラ・トレーディング(Cobra Trading)の取引口座に元手の2万8000ドルを入金、2020年12月に口座を閉鎖する直前の残高は4万392ドルとなっている。
その後、2021年1月にLLC(有限責任会社)名義でコブラに新たな取引口座を開設し、そこに上の個人口座の4万ドルを移した。各種記録を見ると、彼はその口座から2021年、22年に合計43万7195ドルを出金。2022年10月には4万5000ドルを追加入金している。
また2021年4月には、コブラと同じLLCの名義でガーディアン・トレーディング(Guardian Trading)にも取引口座を開設し、3万5000ドルを入金。2021年から今日までに合計45万7319ドルを出金。2021年11月に1万1000ドル、翌12月にも1万ドルを追加入金している。
ブリセーニョの説明によれば、2万8000ドルの元手入金後に新規もしくは追加入金した分(合計10万1000ドル)は全て投資益とのことなので、それを差し引いた出金総額は78万8551ドル。
したがって、2020年10月から現在(2023年2月時点)までのわずか2年半で、彼の資産はおよそ28倍増、2716%のリターンを得たことになる。
UCバークレーの博士号(オペレーションズ・リサーチ)を持つ数学研究者で、1980年代から「アメリカ投資選手権」を(断続的に)運営するノーマン・ザデは、ブリセーニョの投資実績についてこう評する。
「ブリセーニョ氏が得た投資益は莫大です。ただ、誰もが同じようにできるかと言うとそんなことはなく、非常に稀なケースと言うべきでしょう。
現実には、巨額の利益を得たいと思って夢かなうトレーダーより、何もかもを失って破綻するトレーダーの数のほうがずっと多いのです」
普通の投資家が選ぶべき戦略は何より「バイ・アンド・ホールド」(購入した銘柄を長期保有する手法)で、大幅な下落局面を迎えた際にはポジションを追加し、軽率な売却や手仕舞いを避けることだとザデは強調する。
ブリセーニョ自身も自分と同じアプローチでリターンを得るには高いリスク許容度が必要になることを理解していて、投資を始めた当初に悪戦苦闘の時期を経たからこそ、そうしたリスクを取りながら投資を続けるスキルが身に付いたと語る。
「苦しい時期もありましたが、今はとにかく感謝の気持ちで一杯です。ベネズエラには電気も安全もありませんでしたから。アメリカに移って、お金がなくて、マルちゃんのスープをすすって空腹に耐えた時もありました。それでも、ここには常に安全があったし、その後の(成功につながる)機会も得られました。この国に心から感謝しています」
3つの基本条件、7つの注目ポイント
トレーディングは確率のゲーム。勝つ確率を上げるには、優位性がある時だけ動くのが王道だ。そうでなければ、常に相場優位の不利な勝負を強いられることになる。
ブリセーニョは自らの優位を守るため、慣れ親しんだやり方を崩さないようにしている。そうすることで、結果の予測可能性が高まるからだ。
小型株もしくは株価に勢いのあるモメンタム株を選ぶのが彼の基本戦略。値動きに影響を与えるファンダメンタルが少なく、複雑に頭を悩ませる必要がないというのがその理由だ。
大型株はバリュエーションや相場サイクル、機関投資家の存在など、株価への影響を想定すべき要素が多いので扱いが難しい。
ブリセーニョは朝6時には起きて、3つの基本条件を設定したスキャナーで抽出した銘柄リストに目を通し、それぞれの詳細をチェックすることが多いという。
基本条件とは次の3つを指す。
- 時価総額20億ドル以下の小型株
- 取引高が増加している、つまり注目を集めている銘柄
- アフターマーケット(立会時間終了後)やプレマーケット(立会時間開始前)の時間外取引で20%以上値上がりした勢いのある銘柄
スキャナーで抽出される銘柄の数は、市場の動き次第で20~50銘柄と幅がある。それらを手作業でランク付けし、リストをさらに絞り込む。ブリセーニョが自ら設定した基準を最も満たす銘柄は「A」ランクで、残りは「B」「C」と続く。
投資先として最も好ましいのは「注目度の高い話題のセクターに属する銘柄」だ。高ボラティリティ(価格変動性)と高リクイディティ(流動性)を追い風に株価急上昇を期待できる。
例えば、パンデミックの最悪期には、社会経済復興の取り組みに関連した製品やサービスを提供する企業の株価が上昇した。2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始した時に石油・天然ガス関連の株価が上昇したのも理屈は同じだ。
また、「強力なカタリスト(相場を動かすきっかけとなる材料やイベント)の想定される銘柄」も、有望な投資先と言える。
例えば、政府と物品・役務提供契約を締結したり、新製品について食品医薬品局(FDA)から承認を受けたりすることは、ポジティブなカタリストと言える。
逆に、カタリストが見当たらないのに株価が上昇している銘柄はいわゆる「チャットポンプ」、つまりネット上のフォーラムやソーシャルメディアを通じた宣伝の効果で表面的に盛り上がっているように見えるだけのことが多いという。
この種の銘柄に手を出すと、ハシゴを外されて痛い目に遭う可能性が非常に高いため、ブリセーニョはあまり深追いしないよう心がけている。ただし、合理的な限度を超えて株価上昇が見られる場合は、ショートポジション(空売り)で差益を狙うケースもある。
「浮動株(一般投資家の日々の売買対象として流通する可能性の高い株式)が100万株以下の銘柄」は流動性に乏しく、売買高(出来高)が増えた時に大きな価格変動が想定されるので回避したいとブリセーニョは語る。流動性が低いとポジションの手仕舞いが難しくなるので、売買の自由度も下がる。
また、「機関投資家の保有比率があまりに大きい銘柄は回避したい」とブリセーニョは語る。大型株では普通問題になることはないものの、小型株では厄介な面がある。
機関投資家の保有比率が50%を超えると、株価に対する支配力が強くなるため、投資先として推奨度が低くなる。少しの売りでも、株価に大きな影響を与える可能性が出てくる。
さらに、「新規株式公開(IPO)にたどり着いたばかりの銘柄」も、IPOブームであらゆるトレーダーが注目しているといった特殊事情でもない限り、投資先としては推奨度が下がるという。
特殊事情の実例としては、香港のデジタルソリューション企業AMTDデジタル(尚乗数科)のIPOが挙げられる。
同社が2022年7月にニューヨーク証券取引所に上場した際、公開価格7.8ドルに対し、初日の終値はほぼ倍の16.21ドル、およそ半月後の8月5日には721.23ドルまで株価が跳ね上がった。
それだけの価格急上昇を目の当たりにすれば、二匹目の泥鰌(どじょう)を狙うトレーダーの注目が集まるのは自然な流れだ。同月、ブリセーニョも複数のIPO銘柄に資金を投じたそうだ。
そして、「『希薄化』はおそらく最も注意を払うべきファンダメンタル」だ。
企業が新株発行による増資を行った場合、発行済み株式の総数が増えるため、既存株主が保有する1株当たりの価値は低下することになる。
フリーキャッシュフローが潤沢でない企業だと、配当を期待できず、株式の保有を続ける魅力が低下するため、希薄化から間もなく手放す株主が出てくる。その場合、ロングポジション(買い持ち)を避け、株価下落を想定したショートポジション(空売り)を検討することもある。
ブリセーニョが銘柄のヒストリカルチャートをチェックするのは、「バッグホルダー(高値づかみした銘柄を損益分岐点以上の株価で手放すタイミングを待つトレーダー)がいるかどうか」を判断するためだ。
直近の高値時に大きな出来高を記録している銘柄は、バッグホルダーが多いことを意味する。
具体的な成功事例と活用ツール
ブリセーニョがこれまで取引した中で、独自の「A」基準を完璧に満たした銘柄は、暗号資産取引・決済プラットフォームのバックト(Bakkt Holdings)だ。
2021年10月25日にクレジットカード大手マスターカード(MasterCard)との提携を発表すると、同日のプレマーケット(立会時間前の時間外取引)で株価は50%の爆発的急上昇を記録。これは大きなカタリストだった。ブロックチェーンという注目度の高い話題セクターに属する銘柄でもあった。
ガーディアン・トレーディングの取引口座記録を見ると、ブリセーニョは2021年10月の1カ月間かけて、バックト株の売買を繰り返している。さらに、11月に入って株価が徐々に勢いを失っていくのに合わせ、空売りも始めている。
なお、ブリセーニョは投資判断に向けたデータ収集のために3つのツールを活用している。
「ヤフーファイナンス(Yahoo Finance)」では、浮動株の数量、機関投資家や提携先などインサイダーによる保有比率、営業キャッシュフローを確認する。
「ダイリューション・トラッカー(Dilution Tracker)」を使うと、過去の希薄化や今後の希薄化の可能性を確認できる。
希薄化が確認された場合、米証券取引委員会(SEC)開示資料の調査活用支援プラットフォーム「バムセク(BamSEC)」で種類や詳細を特定できる。
ここまで紹介してきたように、ブリセーニョは細部にまで気を遣ってトレーディングを続けてきたが、それでも常に正しい判断をするのは無理だし、正しい判断の結果必ずしも良いリターンが得られるというわけでもない。
実際、彼は求める基準や条件のいくつかを満たした銘柄に投資し、全資産の15%を失う事態に陥ったこともある。
そうした経験から、ブリセーニョはどんなポジションを保有する時でも、取引口座にある資産総額の2%を超えて資金を配分することは決してないという。
そして、3年間で4ケタという圧倒的なリターンを実現したブリセーニョですら、結局のところ、戦略は投資家それぞれの性格によって変わってくるもので、誰にでも使える一つの必勝法というものは存在しないと考えている。
彼に言わせれば、トレーディングは一種の芸術だ。
他のトレーダーからアイデアを得て、それを自分の投資判断プロセスに加味して戦略を練ることはもちろんできる。
しかし、みなが同じリスク許容度、同じ経験年数、同じ手元資金を持って一斉に投資をスタートするわけではないので、他のトレーダーの戦略を試したり、まるごとコピーしたりするのは極めて難しいことなのだ。
※この記事は2023年4月6日初出です。