インバウンド(訪日外国人観光客)の受け皿となる飲食・宿泊サービス業の人手不足が深刻化している。画像は2022年10月の東京・浅草。
REUTERS/Issei Kato
日銀が4月3日に発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)は、大企業・製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)が前回の12月調査から6ポイント悪化のプラス1となり、5四半期連続で悪化した。
一方、大企業・非製造業は前回から1ポイント改善のプラス20となり、4四半期連続の改善を記録した。
過剰な感染症対策から解放されつつある非製造業と、減速する海外経済の影響を受けやすい製造業、両者の置かれた状況の違いが浮き彫りになった形だ。
ただし、そうした製造業と非製造業の明暗は、先行き(3カ月後)の景況感を見ると逆転する。
大企業・製造業はプラス3ポイントとなり、2ポイントの改善が見込まれるのに対し、大企業・非製造業は5ポイント悪化してプラス15になる見込み。製造業については原材料費高騰の一服が改善要因となる一方、非製造業は国内の物価高止まりと人手不足への懸念が悪化要因になりそうだ【図表1】。
【図表1】大企業・製造業(実線)および大企業・非製造業(点線)の業況判断指数(DI)の推移(2017年以降)。
出所:アイ・エヌ情報センターデータベース(INDB)資料より筆者作成
なお、原材料費の高騰に起因する物価高への懸念はすでに薄らいだと見ていいのか、現時点で断定するのは難しい。
筆者の直感的には、原材料費の上昇や人手不足など、製造業で以前から懸念されてきた問題がタイムラグを伴って非製造業にも広がってきているのが日本経済の実情と思われる。
だとすれば、昨今の物価高の推移から感じ取るべきは、懸念が薄らいで先行きが明るくなる未来より、むしろ経済全体が減速する予兆ではないか。
物価高の懸念は薄らいだ?
パンデミックが発生した2020年以降の3年間、日本企業が直面してきた核心的な問題が物価高だったことは間違いない。
日銀短観の調査項目として、業況判断DIと同時に発表されている販売価格判断DIおよび仕入価格判断DIの推移を示す【図表2】を見ると一目瞭然だ。
【図表2】大企業・製造業の販売価格判断DIおよび仕入価格判断DIの推移(2017年以降)。
出所:アイ・エヌ情報センターデータベース(INDB)資料より筆者作成
ただし、今回の(2023年3月)調査ではここまでの傾向に若干の変調が認められる。
大企業・製造業の販売価格判断DIはプラス41から37へ、仕入価格判断DIはプラス66から60へとある程度の幅をもって低下した。いずれも前回調査から低下を記録したのは2020年6月以来、11四半期ぶりだ。
大企業・非製造業も見ておくと、販売価格判断DIこそプラス28から29ポイントへと1ポイント上昇したものの、仕入価格判断DIはプラス53から48へ5ポイントも下落した。この下落も、製造業の価格判断DIと同じく11四半期ぶりだ。
原材料の高騰や各種の供給制約がようやく緩和され、経済の各段階で続いてきた需要超過状態が解消に向かい始めている兆候は、確かに感じられる。
需要超過が解消に向かえば、在庫の動向にも影響が出てくる。具体的に言い換えれば、需要が減り始めているなら、商品や流通の在庫は積み上がっていくはずだ。
その点、大企業・製造業については、在庫水準判断DIがプラス16から18へ2ポイント増加、流通在庫水準判断DIもプラス3から8へと5ポイント増加、つまりいずれも在庫過大へ傾いている。
そうした動きを見ても、欧米の景気減速(もしくは軽微な後退)がメインシナリオとされる2023年、企業にとっての問題意識が物価高から景気減速にシフトしつつある雰囲気が感じられる。
日本の2022年第4四半期(10~12月)実質GDP成長率が、在庫投資のマイナス(すなわち在庫の取り崩し)によって大きく押し下げられた(GDPから差し引かれた)ことと併せて考えると、企業はすでに過剰在庫を解消する局面に入っている可能性がある。
そして、そうした変化は一般的に景気減速(ないし後退)局面に向かう予兆と理解される。
ただし、大企業・非製造業の先行き(3カ月後)景況感の悪化は、原材料の高騰や人手不足など物価高につながる問題が意識され始めた結果と見ることもできる。
実際、今回の日銀短観で業況判断DIなどとともに示された「企業の物価見通し」を見ると、1年後の物価見通しは規模や業種を問わず全般的に、前回調査より高めの数字が出ている。
例えば、大企業・製造業は前年比プラス2.3%から2.4%へ、大企業・非製造業は同プラス2.0%から+2.2%へと、いずれも物価上昇幅が拡大する見通しの方向に修正された。
4月2日に石油輸出国機構(OPEC)と非加盟の主要産油国で構成するOPECプラスが予想外の協調減産を発表したために原油価格が急騰しており、そうした最新の状況も重ね合わせると、企業が物価高に対する警戒を解くのはまだ難しいように思える。
宿泊・飲食の人手不足が深刻すぎる
日本経済が直面する最大の課題の一つが人手不足であることは論を待たない。と言うと、物価高から話が急に変わったように感じられるかもしれないが、人手不足は賃金上昇につながり、モノやサービスの価格を押し上げるので、物価高に関わる問題とも言える。
今回の日銀短観で示された雇用人員判断DI(人員「過剰」から「不足」を差し引く)を見ると、まず全企業規模・全産業ベースでは前回調査のマイナス31から今回のマイナス32へと1ポイント悪化し、先行きもマイナス34へと悪化が見込まれている。
日本経済全体として労働供給の制約が引き続き強い状態と言える。
さらに、業種別に雇用人員判断DIを見ると、詳細な実態が見えてくる。
特に注目されるのは、インバウンド(訪日外国人観光客)需要の受け皿として貴重な外貨獲得ルートとしての役割を担う宿泊・飲食サービスで、人手不足が極めて深刻になっていることだ。
宿泊・飲食サービスの雇用人員判断DIは、前回のマイナス63からマイナス67へと4ポイント悪化し、先行き(3カ月後)もマイナス70となっており、人手不足の程度は全企業規模・全産業ベース(つまり日本の企業部門全体を見た場合)の「倍」くらいの印象だ【図表3】。
【図表3】雇用人員判断DIの推移。全産業(実績が水色、予測が橙色)と宿泊・飲食サービス(実績が紺の実線、予測が点線)。
出所:日本銀行資料より筆者作成
宿泊・飲食サービスの雇用人員判断DIのマイナス幅は統計開始以来最大。他業種も軒並みマイナスとは言え、宿泊・飲食サービスは頭一つ抜け出ている。
ちなみに、次いでマイナス幅が大きいのは建設だが、前回調査のマイナス52から今回は変化がなく、先行きはマイナス55への悪化が見込まれている。それでも宿泊・飲食サービスとの開き(すなわち人手不足の深刻さ)は大きい。
インバウンドが完全復活しても対応できない
最近では、東京・京都・大阪などの中心街を歩くと、外国人観光客の回復ぶりをはっきりと感じられるようになった。
例年4月から7月頃までがインバウンド需要のピーク、ハイシーズンなので、3月時点でここまで回復を実感できる状況があることは、第2四半期(4~6月)の日本経済にとって明るい材料の一つと言えるだろう。
それだけに、前節で解説したような人手不足を示す雇用人員判断DIの数字を踏まえると、需要の回復に対して供給の修復が追い付いていない観光業界の現実が容易に想像できるし、先行きも懸念される。
2022年末の時点ですでに、スノーリゾートとして世界的にも著名な北海道ニセコ町の深刻な人手不足を報じたメディアもある。
日本経済新聞(2022年12月5日付)は「人手不足のニセコ『満室は諦めた』 稼働率抑えて冬営業」との記事を掲載し、現地のホテルの中には「良質なもてなしをするには人手が足りない」状況を踏まえ、満室経営を放棄してあえて稼働率を落としているところもあると報じている。
最近も、国内居住者向けに実施されている全国旅行支援について、ワクチン接種回数の確認など追加的な手間をかける余裕がないため、参画を見送った宿泊施設があるとのニュースを目にした。
国内需要への対応ですら手が回らないのだとしたら、追加的に海外から発生する需要については言うまでもない。
宿泊・飲食サービスはもともと外国人スタッフの割合が多い業種として知られるが、過去3年にわたってグローバル水準以上に厳格な感染症対策が続いたため、他の業界に移った外国人労働者はかなりの数に上ると推測される。
また、2022年に進んだ記録的円安の影響で、日本で働くことに魅力を感じなくなった労働者が増えている実情もある。
上の日経記事でも、地元観光団体から「日本では現地通貨ベースでの実入りが少ないため、思うように外国人労働者を集められていない可能性が高い」との指摘があり、海外からの労働供給は今後細っていく懸念も強い。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。