撮影:國領実果
「女子は理数系が苦手」
こういったフレーズを皆さんも一度は耳にしたことがあるだろう。
だが、OECD主催のグローバルな学力調査によると、日本の女子学生の理系の成績は世界でもトップクラスで、男子生徒との差もわずかだ。にも関わらず、女子学生のほとんどは理系に進学しない。
“大学の理学部の女性比率は全体の27.2%、工学部は14.5%。[…]日本の工学系の女性の割合は、データの出ている116か国の中で、109位。”
書籍『わたし×IT=最強説』の中でそう指摘するのは、こうした現実を変えるべく、女性やジェンダーマイノリティがIT分野の進路を切り開くための支援を行うNPO法人、Waffle(ワッフル)だ。
同団体の初の書籍であり、進路選択に向き合う人をエンパワーメントする本書の読みどころを、理系女子大学生として実際にITを学んでいる者の視点から紹介する。
女性というだけで評価を下げるAI
履歴書から女性と分かるだけで評価が下がってしまう可能性がある。
takasuu/GettyImages
そもそもなぜ、IT分野におけるジェンダーギャップが問題なのか?
それは、ITの開発現場に多様な視点が含まれないことで、製品やサービスが女性やマイノリティに不利益をもたらす可能性があるためだ。本書ではこんな実例が紹介されている。
“あるIT企業は、人材採用を効率化するために、AIを使って優秀な人を探し出すツールを開発しました。[…]しかし、[…]履歴書の中に[…]女性であることがわかる言葉が記載されていると、その人の評価が低くなるということがわかりました。
なぜなら、この会社では技術職に男性が多い傾向が続いていて、そのデータをもとにしてツールを作っていたため、AIは「技術職には男性を採用するのが好ましい」と認識し、男性ばかり選ぶようになってしまったのです。”
IT分野に携わる女性が少ない状況が続けば、ステレオタイプがさらに増強される負の連鎖が起きてしまう可能性が高い。そして、こうしたステレオタイプを生み出している現場こそが、学校や家庭だ。
「親や教師の理系=男性というステレオタイプの影響は深刻。逆に親や教師の一言があれば、女の子たちの能力を引き出し、可能性を伸ばすこともできる」
Waffle Co-Founderで、以前はデータサイエンティストとしてAIスタートアップで働いていた斎藤明日美さんは2021年の取材でこう語っている。斎藤さん自身も、学校の教師の後押しで理系を志したという経験がある。
Waffle Co-Founderの斎藤明日美さん(2021年撮影)。
撮影:持田薫
「高1の時に『斎藤さん、数学できてるよ、理系に行ったら』と言われて。潜在能力を見て、『大丈夫だよ、できるよ』と誰かに言ってもらえるかどうかが、理系へのスティグマ(偏見)を解消するんです」
16人のロールモデルが登場
だが、理系に興味があっても、親や先生が背中を押してくれるとは限らない。また、押してくれたとしてもロールモデルになるかどうかは別だろう。
そこで本書の最も大きな魅力となるのが、実際にIT分野で活躍する16人が経験や想いを語るインタビューパートだ。
本パートでは、高校生から子育てしている現役エンジニアまで、“「わたし×IT」のパワーで輝く人たちの色とりどりなストーリー” から、「こんな経験ができるんだ」「私にもできるかも」といったポジティブな気づきを得ることができる。
16人全員の想いやその詳細についてはぜひ本書を手に取ってほしいが、私が特に印象に残った3人と、その発言を紹介しよう。
高校2年生の藤原七海さんは、Waffleが主催するプログラミングコンテスト「Technovation Girls(テクノベーションガールズ)」に参加し、英語を使うメンターからフィードバックを受けた経験をこう振り返る。
“英語が通じなくても、コードがあればなんとかなるんだと知れたのは大きいです。[…]もともと言語の壁って大きいなと思っていたのですが、[…]ある時、英語で言われてわからないことでも、コードで言われると、ああそういうことか!とわかった瞬間があったんです。”
「Technovation Girls(テクノベーションガールズ)」はWaffleが主催するプログラミングコンテストだ。写真は2022年開催時のもの。
提供:Waffle
プログラミング言語は世界共通語であり、日本で学んだことを他言語で学び直す必要がない。本書でも、アメリカ・ニューヨークやニュージャージー州、シアトルなど海外で活躍するエンジニアのロールモデルが多数紹介されている。
ソフトウェアアーキテクトの西村知沙子さんは、高校時代は文系で、大学では文理融合の情報学部に進学。新卒でウェブ系の会社に就職するも図書館スタッフに転職。IT業界の職場環境が改善されたと知り、エンジニアに再挑戦した人だ。
“私は根っからの文系ですが、働くなかで「文章を読めること」と「話を聞けること」が大事だとわかりました。[…]コミュニケーションを取りながら業務の内容を理解したり、アプリを作るための知識をつけたり。そういうところで自分の経験や得意なところを活かせていると感じます。[…]
ITエンジニアにならなくても、ITにかかわる仕事はたくさんあります。例えばプロダクトマネージャーや、デザイン方面だとウェブデザイナーやUXデザイナーなど。「理系じゃないから」という理由でIT分野をあきらめるのは、もったいないです。”
これらは数学が嫌いだという西村さんが言うからこそ、説得力のある言葉ではないだろうか。
最後に、ソフトウェアエンジニア・プロジェクトマネージャーとして活躍し、3児の母でもある神谷優さんは、ITエンジニアとして働くメリットをこう語る。
“「手に職」ですね。場所も時間も、融通が聞きやすい。[…]QOLの最大化はしやすいです。[…]
あと、ITエンジニアは比較的収入が高い。しかもずっと需要があるんです。日本ではIT人材は2030年には最大79万人不足するというシナリオがあるくらい!”
私自身、どのインタビューを読んでも、共感したり、憧れる考え方に出合うことができた。きっと、進路選択におけるロールモデルが見つかるはずだ。
「これ、どうにかならないかな?×IT」
「Waffle Camp」では、女子やジェンダーマイノリティの中高生向けにウェブサイトの制作方法を教える。写真は2023年3月に長野県で開催された際のもの。
提供:Waffle
私は、「プログラミングとかAIって、なんかかっこいい」という漠然とした興味を持って情報系学部に進学したはいいものの、ITの知識を使って何をしたいのかが分からず、学生生活における機会選択で悩んだ経験がある。
具体的なイメージが持てるようになったのは、就職活動の一環で技術職のインターンに参加したり、研究室で実際に手を動かして研究をしたりするようになってからだ。
そこで分かったのは、ITは他分野、課題との掛け合わせによって、実社会で役立つ技術になるということ。
本書ではこれを「これ、どうにかならないかな?×IT」という切り口で、具体例を用いながら分かりやすく説明している。ITで何ができるのか、具体的なイメージを持つことができれば、進路として選択する際の障壁が下がるだろう。
Waffle Founderの田中沙弥果さんも、女子やジェンダーマイノリティの中高生向けにウェブサイトの制作方法をレクチャーする「Waffle Camp」の意義を2021年の取材時にこう語っていた。
Waffle Co-FounderでCEOの田中沙弥果さん(2021年撮影)。
撮影:持田薫
「Campではまずは自分のアイデアを形にできる楽しさを味わってもらいたくて。好きなことを突き詰めていったらITがあったという形でいいと思ってます」
好きな気持ちや問題意識を原動力に、ITを手段として使うことで、可能性がぐんと広がるのだ。
いざ、実践!
本書の最後には、「アクションのためのお役立ち情報」が掲載。
初心者から学べるプログラミング教材から各年代ごとのエンジニアのコミュニティまで、読者の興味に合わせて実践の第一歩を踏み出すための情報がリストアップされている。
もちろん、Waffleが提供する「Waffle Camp」や「Technovation Girls」に参加してみるのも良いだろう。本書を読んで得た熱量をそのままに、進路を切り開くきっかけを提案してくれる。
最後に社会起業家でソフトウェアエンジニアの咸多栄さんが、インタビューの中で力強く語っていた言葉を紹介したい。
“IT分野に進みたいと思っているのなら、間違ってないよ!と言いたい。同時に、ちゃんと努力しないといけないよ、とも伝えたいです。ジェンダーギャップに関しては、私たちの世代が社会を変える努力をしているから、まだ足りないかもしれないけど、安心して飛び込んでほしいなと思います。”
「IT分野には興味がないから」「私にはできないだろう」という考えをまずは捨て、本書を、ぜひ手に取ってほしい。本書には人生をカラフルに変えるパワーがあると思う。
國領実果:早稲田大学基幹理工学部情報通信学科4年生。無線通信の研究室に所属。研究テーマはロボット内部の有線通信の無線化で、アメリカで開催された国際学会で論文発表を行う。学習したことのあるプログラミング言語はC言語、Java、Python、MATLAB。趣味は華道、街歩き。2023年2月よりBusiness Insider Japan編集部のインターン生として活動。