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3月31日、トランプ前大統領がついに正式に起訴された。
起訴を受けて4月3日にフロリダの別荘マール・ア・ラゴを出発したトランプ前大統領は、プライベート機でニューヨークに飛び、4日にマンハッタン州の裁判所に出頭した。裁判所では指紋を採取され、写真(通称マグショット)を撮られるという刑事被告人としての手続きを受けた。
大統領経験者が刑事被告人になるのは、アメリカ史上初めてのことだ。ダウンタウンの裁判所前には、トランプ支持者、メディア、そしてそれを上回る多数の反トランプ派の市民が押しかけ、大騒ぎになった。
ローリング・ストーン誌が報じたところによると、検察はZoomでの手続きを提案したが、トランプ前大統領はあえて出頭することを選んだという。また検察筋の談話を紹介し、トランプ本人が、地下のトンネルを使ったり夜間に出頭したりするのではなく、日中、公衆の面前で裁判所に入ることを選択したことを明らかにした。
トランプ前大統領については、大統領府に帰属するはずの機密書類を持ち出した容疑と、2021年1月6日に起きたトランプ支持者たちによる連邦議会襲撃事件(通称インサレクション)の関与について、司法省が捜査を行ってきた。
これと並行して、ニューヨーク州の司法当局は、トランプ前大統領の一族が経営するトランプ・オーガニゼーションの不正会計と、女性2人に対し口止め料を支払った際の不正処理について捜査。またジョージア州の司法当局は、2020年大統領選でトランプが選挙結果を覆そうとした疑惑をめぐり捜査を行っていた。
こうした複数の捜査のうち、どの件が起訴に結びつくのか、また、実現するとしてどの件で最初に起訴されるかが注目されていたが、結局ニューヨークの口止め料支払いに関する捜査が一番乗りで起訴までたどり着く結果になった。逮捕とともについに明らかになった罪状は、書類の改ざんや隠蔽に関する34件だった。ニューヨークでは書類改ざんは「felony」(重罪)にあたる。
腹心だった弁護士が証言
トランプ前大統領の元顧問弁護士マイケル・コーエン(写真は2019年2月27日、下院監視・政府改革委員会での証言時)。
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トランプ前大統領の支持者や共和党は、今回の起訴を「司法制度の武器化」と呼び、ニューヨーク州マンハッタン地区のアルビン・ブラッグ司法長官を非難している。だが、起訴を決めたのは司法長官ではなく、大陪審だ。
大陪審は、起訴に値するだけの証拠があるかどうかを判断する16〜23人の陪審員の集まりで、アメリカの国籍を有し、英語でコミュニケーションできる18歳以上の市民によって構成される。
司法長官は、大陪審に捜査によって得られた証拠を提示し、証人を召喚し、大陪審は起訴を正当化するだけの証拠と証言があるかを判断する。大陪審の手続きは非公開で行われるが、実際に起訴されれば、公開の裁判で12人からなる陪審が有罪か無罪を決定することになる。
今回の容疑は、当時トランプの代理人を務め、共和党内でも役職に就いていた弁護士のマイケル・コーエンが、アダルトビデオの女優だったストーミー・ダニエルズさんともう一人の女性に対し、トランプに代わって口止め料を支払い、それを不正に処理したことに起因する。コーエンは、不正会計に関する容疑でFBI(連邦捜査局)の捜査対象になり、自ら出頭して逮捕され、禁錮3年の有罪判決を受けていた。
今回の大陪審の手続きでは、コーエンやトランプ・オーガニゼーション、トランプ本人の関与を示す書類が提示され、コーエンや女性たちが陪審員たちの前で証言していた。
それでも共和党はトランプ支持優勢
気になるのは、すでにトランプ前大統領が出馬の意向を表明している2024年大統領選挙への影響だ。トランプ前大統領は、今回の起訴を自身のキャンペーンと民主党攻撃にフル活用している。2月中旬には、自身が所有するSNSトルゥース・ソーシャルで「逮捕される」と発信し、起訴された3月31日からの24時間で400万ドル(約5億3000万円、1ドル=132円換算)の以上の資金を集めたという(トランプ陣営発表)。
再出馬を表明している大統領経験者が刑事捜査で起訴される事態に、アメリカ国内では「前例なき」という言葉が頻用されているが、過去のケースとして引き合いに出される人物が2人いる。
1人目は民主党本部に盗聴器を仕掛けて辞任に追い込まれたニクソン元大統領だが、後任のフォード大統領によって恩赦を受け、起訴には至らなかった。2人目は、民主党の大統領候補だったエドワーズ上院議員だ。2008年の予備選期間中に愛人に対して口止め料を支払ったことが発覚し、政治資金規正法違反で起訴されたが、のちの裁判で無罪になった。
過去のケースと今回とで決定的に違うのは、所属する政党の関係者たちの反応だ。ニクソン元大統領もエドワーズ元大統領候補も、違法行為が発覚すると自身の政党から見放され、政治のキャリアを諦めることになった。
トランプが起訴されても支持者たちの熱意は変わらない(2023年4月1日、フロリダ州パームビーチにて撮影)。
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これに対してトランプ起訴に対する共和党の対抗馬や関係者たちの反応は、トランプ支援のムードが優勢だ。正式な出馬表明はしていないものの、2024年の大統領選ではトランプの対抗馬として注目されるフロリダ州のデサンティス知事以下、今回の起訴や逮捕を非難している。
家族を愛する家庭人としてのイメージを打ち出すデサンティス知事は、トランプ起訴が現実味を帯びてきた当初こそ、「ポルノ・スターとの情事についての沈黙を確保するための口止め料の支払いが具体的にどういうことなのか分からないが」と嫌味を言って笑いを取ったが、その後、トランプが出頭を拒んでニューヨークが身柄の移送を求めた場合、これを拒否する姿勢を示した。
実際、知事に被告人の移送を拒否する法的権限はないのだが、トランプ逮捕の報にも微動だにしない保守層におけるトランプ支持率を見ての判断だろう。
上院共和党の古参の一人であるリンゼイ・グレアム議員は、ラジオに出演して「(今回の起訴は)トランプ前大統領が共和党の大統領候補になることをほとんど確定するもの」と、今回の起訴・逮捕がトランプ選出の可能性をむしろ高めたことを示唆した。
出馬を検討している元アーカンソー州知事のエイサ・ハチンソン氏や元ニュージャージー州知事のクリス・クリスティ氏がトランプに批判的な姿勢を示しているが、共和党の中では少数派と言える。
トランプはニュースの中心に再登場するのか
一方、共和党の支持基盤の外となると、またムードは違う。CNNが1048人を対象に行った世論調査によると、60%がトランプの起訴を支持すると答えている。
一方、左派からは、最初の起訴が、捜査案件の中では比較的軽いとの印象を与える婚外交渉をめぐる口止め料の支払いであったことに対する懸念の声も上がっている。トランプがこの件を「魔女狩り」として、支持層を盛り上げるために使うことは容易に想像できるからだ。
それよりも深刻と言われる2021年1月6日の連邦議会襲撃に関する捜査、またジョージア州の選挙結果をめぐる捜査も大詰めを迎え、近いうちに大きな進展があるとも言われている。
いずれにしても、またしばらくの間、トランプに関するニュースがメディアを賑わせるであろうことを考えると憂鬱な気持ちにもなる。トランプはかつて、自身についてのネガティブな報道も含め、ニュースの世界の中心に位置することで2020年の選挙を攻略したからだ。
かくいう私も、いまだにトランプに脳内のかなりのスペースを占領されている。いつになったらこの状況から脱却できるのだろうか。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。