欧州中銀「不動産投資ファンド」レポートの気になる警告。銀行危機の最中で見えてきた「次なる危機」

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欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁。最新の「警告」を盛り込んだ報告書が専門家の間で話題を呼んでいる。

REUTERS/Heiko Becker

米シリコンバレーバンク(SVB)の破綻に始まる銀行危機は、当初の緊迫した状況に比べれば落ち着きつつあるものの、依然として市場の警戒心は強く、「次の危機の芽はどこにあるのか」といった議論が四方から聞こえてくる。

具体的に言うと、アメリカでは近頃、オフィスやホテルなどの「商業用不動産(Commercial Real Estate、CRE)」に内包されたリスクを指摘する声が多い。

商業用不動産向けの融資(ローン)をまとめて証券化した金融商品「商業不動産担保証券(CMBS)」の価格急落が金融機関を直撃するシナリオなどが懸念されている。

今回の銀行危機で中小銀行の経営不安が指摘される中、商業用不動産向けの融資はそうした中小銀行からの貸し出しがかなり多く(6〜7割程度とされる)を占めるため、銀行側の経営引き締めの影響で融資が減退する懸念もあり、今後の展開から目が離せない。

実は、商業用不動産については、欧州も同じような懸念を抱えている。最近も欧州中央銀行(ECB)がその危うさに警鐘を鳴らしたばかりだ。

ECBは4月3日に『ユーロ圏不動産市場における投資ファンドのますます重要になる役割』と題する論説を発表。商業用不動産に投資するファンドが過去10年間で急激に拡大し、金融安定のリスクになっているとの見方を示した。

ユーロ圏では「不動産投資ファンド(Real Estate Investment Funds、REIF)」が商業用不動産への資金供給源として影響力を強め(ECBは商業用不動産の4割を占めると論説で説明)ており、一部の国においては、市況悪化に伴ってこのファンドが不安定化する展開が懸念されるという。

不動産投資ファンドが抱える「流動性のミスマッチ」

前節で挙げた論説の中で、ECBが「重要な脆弱性(A key vulnerability)」として特に懸念するのが、不動産投資ファンドの抱える「流動性のミスマッチ(the liquidity mismatch)」問題だ。

ファンドマネージャーが「顧客から受けた解約・払い戻し請求に応えるのにかかる期間」と「保有資産を売却するなど手元資金を用意するのに必要な期間」を比べた時、現金化に要する期間のほうがあまりに長いと、ファンドは資金繰りに行き詰まることになる。これを流動性のミスマッチと呼ぶ。

専門的な話なので、さらに具体的に説明を加えておきたい。

ECBによれば、ユーロ圏を主戦場とする不動産投資ファンドの8割は、いつでも解約・払い戻し請求して償還できる「オープンエンド型」ファンドとして、投資家から資金を集めている(逆に、解約・払い戻し不可のファンドは「クローズドエンド型」と呼ばれる)。

不動産市況への懸念が高まれば、投資家から償還の請求が殺到して、ファンドは大規模かつ素早い資金引き出しに直面することが予想される。

不動産投資ファンドはそうした大量の解約・払い戻し請求に応じるため、保有資産の売却に踏み切る必要が出てくる。

しかし、不動産という資産の性質から容易に想像がつくように、売却に踏み切ると言っても簡単なことではない(つまり不動産は比較的流動性の低い資産と言える)。それでも急いで売ろうと思えば、不本意なレベルまで価格を下げて叩き売るしかない

叩き売り、投げ売りが加速すれば、当然のことながら現金化を進めるほどに損失が拡がっていく。だからと言って、売るのを止めるわけにもいかない。流動性の途絶は、ファンドとしての「死」に他ならないからだ。

こうした問題を抱える不動産投資ファンドが市況の悪化につれて増え、金融システム全体の安定性にまで影響してくると、ECBは懸念する。

金融危機が始まってから、早くも「次なる危機の芽」として商業用不動産を挙げる論調は増えていたものの、中央銀行が先回りして危機の存在を指摘するケースは珍しい。

実際、ECBが指摘するように、商業用不動産の取引高は確実に細ってきている。

その背景に、パンデミックによるリモートワークやEコマースの隆盛を含めた(オフィスやホテルの需要に大きな変化を及ぼす)行動様式の変化があることは論を待たない。

ただ一方で、パンデミックの事態収束と入れ替わるように主要国でインフレ鎮圧を目的とする利上げが続き、金利上昇の影響で資金調達コストが上昇したため、結果として投資資金が細ってきたことも無視できない。

「次なる危機」と言える理由

過去10年、商業用不動産市場、並びにそこに投資資金を供給する不動産投資ファンドの成長スピードには著しいものがあった。

ECBによれば、ユーロ圏の商業用不動産市場に占める不動産投資ファンドのシェアは、2012年の20%から2022年の40%へと倍増している【図表1】。純資産総額(NAV)で考えると、3230億ユーロから1兆40億ユーロへ3倍以上に膨らんだ。

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【図表1】ユーロ圏の商業用不動産(CRE)市場における不動産投資ファンド(REIF)の保有資産価値シェア(2013〜22年)。

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不動産投資ファンドのこれほどの存在感を踏まえれば、商業用不動産市場の不安定化が(流動性のミスマッチ問題を通じて)ファンドの不安定化に直結するだけでなく、ファンド側の不安定化が商業用不動産市場全体の不安定化につながる、相互依存的な関係まで見えてくる。

また、不動産投資ファンドだけでなく、銀行など他の金融機関も商業用不動産を抱えているため、経営不安はそこにも広がるだろう。

そして、銀行の経営不安が貸し出しの厳格化につながれば、実体経済の下押しも避けられない。金融関係者が「次なる危機の芽」と懸念する理由もそこにある。

なお、不動産投資ファンドが投資家の資金の引き上げで窮地に陥った場合、流動性確保のために保有資産の売却に踏み切るだけでなく、同時に資金調達を進めようとするだろうから、その動きが市場全体の資金調達コストを押し上げ、家計や企業の活動を苦しめることになる。

不動産投資ファンドから「資金流出」

ECBはユーロ圏のリスクを懸念するものの具体的にどの国に危機が迫っているのか、名指しはしていない。

ただし、欧州連合(EU)の金融システム安定を監視する欧州システミックリスク理事会(ESRB)が1月に発表した調査結果は一定の参考になる。

同調査は、2021年第3四半期(7~9月期)末時点でオープンエンド型不動産投資ファンドの31%が流動性のミスマッチを抱えていると分析。不動産投資ファンドの(商業用不動産市場に占める)存在感が特に大きい国としてアイルランドやオランダなどの名前を挙げる。

しかも、それらの国々はオープンエンド型不動産投資ファンドを抱えつつ保有現金も少ない国として、その脆弱性が強調されている。

実際、商業用不動産市場の雰囲気が悪くなるにつれ、不動産投資ファンドへの資金流入は細っており、すでにオランダなど一部の国では大幅な純流出に直面している【図表2】。

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【図表2】ユーロ圏の不動産投資ファンド(REIF)をめぐる資金の純流出入の国別推移。

European Central Bank

2022年から続くインフレ抑制を目的とした金融引き締めや、3月に始まる米シリコンバレー発の銀行危機は、商業用不動産市場とそこを主戦場とする不動産投資ファンドにとって、「泣きっ面に蜂」の展開だ。

前節で解説したように、「流動性のミスマッチ」問題で窮地に陥った不動産投資ファンドが状況打開に動くことで資金調達コストが押し上げられ、それが実体経済を蝕(むしば)む懸念がある以上、中央銀行としてECBが何も手を打たない可能性はあまり考えられない。

現時点では商業用不動産「危機」がバズワードになるほどの事態にはなっていないが、仮にそうした危険が本当に現実味を帯びてくれば、インフレ抑制という大きな目標を犠牲にしてでも、金利低下を促す利下げに急旋回(例えば、0.50%ポイントの利上げから0.25%ポイントの利下げ)せざるを得なくなる展開もあるだろう。

政策金利の急旋回は市場にボラティリティをもたらし、要らぬ混乱を招く恐れがあるため、中央銀行はそのような判断を基本的には避けるだろうし、避けるべきだ。

とは言え、ECBがわざわざこのタイミングで論説を発表したのは、5月以降の政策理事会でインフレにいくらか目をつむって利上げ幅を0.50%ポイントから0.25%ポイントに縮小する前振り、導線ということなのかもしれない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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