4月17日に創業50周年を迎えた米物流大手フェデックス(FedEx)が構造改革を断行する。演説台前がラジ・スブラマニアム最高経営責任者(CEO)。
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米物流大手フェデックス(FedEx)は4月5日、大規模な構造改革と業務改革の実施に向けたプランを明らかにした。
この改革次第で、同社の歴史は後世、最初の50年と次の50年で大きく異なるものとして語られるようになるかもしれない。
同日開催された投資家向けイベントで、フェデックスのラジ・スブラマニアム最高経営責任者(CEO)は「私たちは事業会社を一つの組織に統合します」と語った。
アナリストや投資家にとって、そのひと言は何年も前から聞きたいと思っていた経営トップの決断を示すものだったに違いない。
と言うのも、同社は地上配送部門の「フェデックス・グラウンド(FedEx Ground)」と航空輸送部門の「フェデックス・エクスプレス(FedEx Express)」を別々の会社として長らく運営してきたが、その非効率性は目に見えて明らかで、業績低迷の要因にもなっていたからだ。
4月16日からスブラマニアムCEOの直下で統合後の事業会社を率いるジョン・スミス氏は、上記の投資家向けイベントで次のように述べた。
「今後は、皆さんが同じ日にフェデックス・グラウンドとフェデックス・エクスプレスの配送トラックを近所で見かけたり、道ですれ違ったりすることが増えるでしょう。そのような光景は、我々が(事業会社再編を通じて)何を達成しようとしているのかを示すものです」
フェデックス・グラウンドとフェデックス・エクスプレスの統合は2024年6月までに完了予定。トラック輸送部門の「フェデックス・フレイト(FedEx Freight)」は独立事業会社として残るものの、経営トップは統合会社を率いるスミス氏が兼務する。
なお、スミス氏は道路・鉄道輸送の全てを管轄し、カリスマ創業者(現会長)フレッド・スミスの長男リチャード・スミス氏(統合会社を率いるジョン・スミス氏とは血縁関係にない)が航空輸送および国際事業を管轄する。
フェデックス経営陣は今回の統合を「ワン・フェデックス(One FedEx)」と呼ぶ。
従来は航空機で輸送していたエクスプレス便(速達)の荷物も、今後は可能な限りコストの安い地上輸送に切り替える。国際貨物の航空輸送については、輸送距離の長い航空路線は維持するが、他社の航空便や鉄道輸送も活用することでコストを引き下げる。
このシフトにより、フェデックスのオペレーションは競合のユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)やDHLに近いものになる。
大規模物流拠点(ハブ)である米テネシー州メンフィスに貨物を集中させ、そこから各拠点(スポーク)に分散させていく、創業者が編み出した「ハブ&スポーク」モデルから脱却し、新たなオペレーションモデルへと一歩を踏み出すことになる。
米金融大手モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)のアナリストチームは4月6日付の顧客向けメールでこの変革を「一時代の終わり」と表現し、次のように結論した。
「(構造改革プランは)これまで多くの憶測を呼んできましたが、フェデックスはこれまでの35年の歴史を覆し、同業他社との決定的な差別化ポイント、すなわちエクスプレスとグラウンドに分かれた配送ネットワークを一つに統合するのです」
モルガン・スタンレーはこの計画を「大胆」で「勇敢」なものだと評価する一方で、フェデックスが並行して計画する全面的な財務改革の実行と達成可能性については若干の懸念を示す。
フェデックスの説明によれば、事業会社の統合とオペレーションの改革に必要な短期的コストは約20億ドルだが、2025会計年度には40億ドル相当の恒常的なコスト圧縮を実現できる上、よりアジャイル(俊敏)な配送ネットワークを構築できるという。
そうした同社の見積もりに対し、ウォール街のアナリストたちからは疑問の声も上がっている。
先述の投資家向けイベントでは、コスト削減目標の達成に向けた計画実行プロセスにおけるリスクの存在を指摘する意見が相次いだ。
「実行力不足」を示す過去の経緯
英金融大手バークレイズ(Barclays)のアナリスト、ブランドン・オグレンスキー氏が指摘したのは「実行力不足」に関するリスクだ。
実際、過去の実績に目を向けると、オグレンスキー氏の指摘通り、同社の実行力には疑問符を付けざるを得ない。
フェデックスが2016年に44億ユーロ(約48億ドル)で買収したオランダの国際物流会社、TNTエクスプレスとの経営・業務統合プロセスは2022年3月にようやく完了したものの、それに要したコストは、航空輸送部門のエクスプレスにとって今なおバランスシートの重荷となっている。
オグレンスキー氏は投資家向けイベントでフェデックス経営陣に次のような質問をぶつけた。
「この会場にいる全ての人間が、TNTエクスプレスとの統合が当初計画通りに進まなかった理由は、経営陣のコントロールが及ばない(パンデミックのような)問題があったことだと理解しています。しかしその一方で、コントロール可能な問題があったのも事実ではないでしょうか。
今回の事業会社再編は、そのように困難を極めたTNTエクスプレスの統合より間違いなく難しくリスクも高いと思われますが、あなた方経営陣は前回同様に想定される数々の問題をどう処理されるお考えでしょうか」
この質問に対し、フェデックスの最高改革責任者(CTO)で、社内IT部門のフェデックス・データワークス(FedEx Dataworks)のプレジデントCEOを兼務するスリラム・クリシュナサミー氏は、統合作業に伴う450のマイルストーン(進捗管理のための中間目標)を着実に達成するために新たに開発したシステムを採用することで、説明責任を果たしていくと応じた。
「説明責任を果たす仕組みがあるかどうかは(TNTエクスプレスの統合プロセスとの)大きな違いです。私たちは今回の統合プロセスにおける全ての取り組みを、実行の道筋やマイルストーン、財務的価値、投資要件などを明確に定義した上で進めていきます」
統合作業の進捗が可視化されてくるまで、フェデックスに対する投資判断を留保するアナリストもいる。
米金融大手JPモルガン・チェースのアナリストは、イベント終了後に投資家向けメールでこう分析している。
「フェデックスは景気後退の影がちらつく逆風の中で事業会社の統合を進めることになります。フェデックスの実行力次第で、そのプロセスは非常にゆっくりとしたものになる可能性があると見ています」
「労働組合問題」の潜在リスク
投資家向けイベントで労働法に関連するリスクを指摘したのは、米ブロートンキャピタル(Broughton Capital)のドナルド・ブロートン氏だ。「部屋の中の象(誰もが触れることを避けている重大な問題)について質問します」と前置きした上で、彼は次のように尋ねた。
「アメリカ国内で(フェデックス・グラウンドとフェデックス・エクスプレスの)2つのネットワークを統合した場合、労働組合はどうなるのでしょうか」
フェデックス・グラウンドとフェデックス・エクスプレスの従業員は、異なる労働法によって保護されている。
前者の従業員が全国労働関係法(National Labor Relations Act)に基づいて組合を組織し、団体交渉を行っているのに対して、後者は鉄道労働法(National Railway Act)の対象となっている。
鉄道労働法の対象となる航空会社や鉄道会社の従業員は、全国規模の組合を組織しなくてはならないため組合結成のハードルが高く、政府の介入があってストライキも実施しにくいとされる。
そのため、競合するUPSの経営陣からは長年、フェデックス・エクスプレスは「特別扱い」されているとの恨み節が聞こえてくる。
ブロートン氏の質問に対して、フェデックスのスブラマニアムCEOは「私たちは統合計画を策定する段階であらゆる可能性を考慮し、準備を徹底しています」に述べるにとどめ、明確な回答を避けた。
仮に、全国労働関係法の下で組合が一本化されると、(鉄道労働法の下で一本化される場合に比べて)ストライキが頻発したり、より高い賃上げを求められたりする可能性がある。
陸送荷物は利益率が低いが……
アナリストが指摘したもう一つのリスクは、利益率の低下に関するものだ。
「ワン・フェデックス」を実現することで、コストは低下し、オペレーションも効率的になる可能性が高いが、これまでスピードを誇ってきたフェデックスの速達荷物が減り、配送に時間のかかる陸送荷物が増えることになる(冒頭の改革案を参照)。
その点について、スイス金融大手UBSのアナリスト、トム・ワデウィッツは率直にこう問いかけた。
「フェデックスが(今回の事業会社統合を通じて)スピードよりも効率を重視することになった場合、利益率の高い速達荷物の多くを失い、利益率の低い荷物をより多く運ぶことになるリスクはありませんか」
この質問に対するスブラマニアムCEOの回答は、「市場はより低コストでの配送を求めています。我々が(配送ネットワークの効率化によって)コストを減らし、市場のニーズに応えることで、業績は上向きます」というものだった。
ワデウィッツはこの回答に納得し、投資家向けメールにこう書いた。
「適切な業務改善が、大きなプラス効果をもたらすと信じています」
事業会社の再編とオペレーションモデルの改革を柱とするフェデックスの企業変革プランは「ザ・ドライブ(The DRIVE)」と名付けられており、2027会計年度の完了を予定している。
達成までの道のりは長いが、パンデミック期間中のネット通販バブルで一時的に上向いたものの、長らく収益性の低迷にあえいできた同社にとって、起死回生のプランであることは確かだろう。
そして、一部のアナリストがこのプランを前向きなサプライズとして受け止めていることも事実だ。
米銀大手バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)のアナリストは、投資家向けイベントの翌日、次のように語った。
「フェデックスが配送ネットワーク変革に関して具体的なプランを示し、市場からの信頼を回復できるかどうかに注目していましたが、期待を裏切られることはありませんでした。同社は今、ある種の革命に向かって突き進んでいると言っていいでしょう」