米医療保険大手エトナ(現在はCVSヘルス傘下)のバイスプレジデントを務めたビブハ・ジャー氏。
Vibha Jha
ビブハ・ジャー氏は、米医療保険大手エトナ(2018年に米ドラッグストア大手CVSヘルスが買収)でバイスプレジデントまで務めた人物だ。
2013年に退職した後、彼女は中長期保有を基本とする投資と短期売買を繰り返すトレーディングに熱を入れるようになった。
ジャー氏が株に興味を持つきっかけになったのは、まだエトナに勤務していた1990年代半ば、現金で車を購入したことだった。
当時、投資銀行に勤務していたジャー氏の兄は、車につぎ込む金があるなら、マイクロソフトのような成長企業の株を買ったほうがいいと彼女にアドバイスしたそうだ。
「もちろん、兄の言うことなんか聞きませんでした。小さい頃からの家庭教育の影響です。父の口ぐせは『借金はするな、ローンを組むなら最小限にしろ』でしたから」
ただ、兄の言葉をその時軽く受け流したのは失敗中の失敗だった。
マイクロソフトの株価は1995年時点で5ドル前後だったが、わずか数年後の1999年には57ドル超と、1000%を超える値上がりを記録した。
ジャー氏は当然こう思った。あの金を丸ごと投資に回していれば、今ごろ車数台分になって返ってきたはずなのに、と。
その失敗を取り返そうと、彼女は1999年の最後の四半期(10〜12月)、ドットコムバブルが崩壊するまさにその直前、株価が史上最高値(当時)の更新を繰り返していたマイクロソフトに資金を投じた。
3カ月後、投資額のおよそ7割が相場の波間に溶けて消えた。
「自分の投資欲に火が付いたのは、上昇する時の株価の勢いがどんなものなのかをこの目で見たからです。でも、当時の自分はあまりに無知でした。ピークまで上り詰めた株価が一転、奈落の底まで一気に転げ落ちる恐ろしさにまで思いが至っていなかったのです。
強烈すぎる経験でしたが、その後に生きる教訓を得たことは間違いありません」
ジャー氏がそこで得た最大の教訓は、株を買う前に精査すべきファクターは、財務や業績などファンダメンタルズ(基礎的要因)が強いかどうかだけではないということ。選んだ銘柄は正しくても、買う時期を間違えれば大損する可能性があるのだ。
彼女は間もなく、トレーディングや投資に関する本を読み漁るようになった。2005年からは投資専門紙インベスターズ・ビジネス・デイリーの購読も始めた。
興味を抱いた企業の四半期報告書を欠かさず丹念に読み込むことで知識を積み重ね、ついには四半期に一度のペースで実際に資金を投じるようになっていった。
彼女が採用した戦略は、長期保有に適した銘柄を選びつつ、ファンダメンタルズが弱くなったり、株価が5日移動平均線を下抜けたりしたら手放す柔軟性をもって臨むというものだ。
2021年に最大のリターンを生み出したのは、第4四半期(10〜12月)に大きく株価を伸ばしたアファーム(Affirm)。その前年はトレードデスク(Trade Desk)だった。
ジャー氏は2020年、数学者で著名起業家のノーマン・ザデ氏が運営する「全米投資選手権」にも参戦した。
投資成績確認のため彼女が事前登録した個人年金口座の記録をInsiderが確認したところ、2020年の年間運用益は155.2%、2021年は100.4%だった(同期間におけるS&P500種株価指数のリターンはそれぞれ約16%、約27%)。
稼げるトレーダーになるための「4カ条」
「自身のトレードスタイルを知ること」
例えば、バイ・アンド・ホールド(長期保有前提の買い持ち)と、デイトレード(1日単位)やスイングトレード(数日単位)の短期売買、どちらがあなたの好みだろうか。
どちらを選ぶかは、感覚的な好みというより、あなたがボラティリティ(価格変動)に対してどう反応する人間なのかを見つめ直してから決めるといい。
株価の変動幅があまりに大きいと不安になってしまうという人は、おそらくスイングトレードやデイトレードを選んで、日々の小さな値動きを捉えて利益を積み上げていくほうが向いている。
ファンダメンタルズ分析をどれだけ徹底しても、(チャートからトレンドやパターンを把握する)テクニカル分析をベースにどれだけ正確な戦略を立てても、株式市場の値動きをコントロールできるようになるわけではない。
コントロールできるのは、所与の値動きに対して自分がどう反応するかだけなので、自分の投資のやり方に納得できていないと投資成績は伸びていかない。
「投資とトレーディングでよくある失敗は、何らかの出来事や変化に対して過剰に反応したり、あるいは対応が不足したりすることです。
自身のトレードスタイルをしっかり認識できていないと、健全な市場ではごく当たり前に起きるような出来事や変化に対しても、過剰な取引で反応してしまうことがよくあります」
ジャー氏はそもそもトレーディングに割ける時間が限られており、長期保有の投資あるいは数カ月から1年程度のポジショントレードを基本にしている。
ただし、企業のファンダメンタルズが強くない場合や、相場が過熱してある銘柄が買われすぎの場合など限られた状況においては、2カ月ほどの短期で手放すトレーディングに手を出すこともあるという。
「複数のソースから学ぼうとせず、学ぶべき人を選んで学ぶこと」
戦略や手法を学ぶなら、あなたとトレードスタイルが重なる人から学ぶべし。
例えば、数カ月スパンのポジショントレードが性に合っているという人が、デイトレーダーからテクニカルズを学ぼうとしてもうまくいくはずがない。
自分の好むトレードスタイルに合致しない戦略を採用してみても、自身のマインドセットが戦略の遂行に必要な取引を踏み止まらせたりして、結果的に期待していた結果を得られない可能性がある。
ジャー氏が投資とトレーディングに関心を抱き始めた1990年代は、今日と違ってネットから情報を摂取するという選択肢はまだ存在しなかった。代わりに彼女が選んだのは、本や雑誌、新聞など紙媒体を読み漁ることだった。
全米投資選手権で2度の優勝経験を誇るマーク・ミネルヴィニの投資術を知り、共感を覚えたのも本を通じてだった。
ミネルヴィニは何冊も本を出版しているが、中でもジャー氏のお気に入りはベストセラー『株式トレード 基本と原則』だ。
また、伝説の投資家ウィリアム・オニールが著した『オニールの成長株発掘法』も彼女のバイブルになっている。
「少しずつ改善を続けること」
ジャー氏はポジションを手仕舞いした後にトレードの内容を見直し、もっと良い判断や方法はなかったか検証する作業を通じて改善を続けてきた。
彼女が見直しの際に注目するのは基本的にテクニカルだ。
もっと株価が低いタイミングで銘柄の購入に動くことはできなかったのか。もっと長くポジションを持ち続けられなかったのか。また、取引で損失を出した場合は、ファンダメンタルズを再度精査して何か見落としがなかったかを確認する。
2021年11月22日、彼女は電気自動車(EV)業界の期待株、リビアンの新規株式公開(IPO)直後にポジションを取った。
株価がその後下がり続けたことから、彼女はその日のうちにポジションの半分を解消し、3470ドルの損失を出した。残る半分は持ち続け、株価の回復を待ったが、その日は来なかった。
株式公開は必ずしも適切なエントリーポイントにならないことをこの時の経験から学んだ、ジャー氏はそう振り返った。
また、ホリデーシーズンを前に何かと忙しい時期で、本来なら絶対に疎(おろそ)かにすべきでない銘柄の過去の動きのチェックや足元の株価動向のモニタリングに十分な時間を割けなかった、といった当時の状況も再確認し、反省材料とした。
「ある戦略を放棄して別のアプローチを試す前に、本当にその戦略は有効に機能しているのか確認する時間を取る」
ただし、これは大きな損失を出す前であることが前提。
良い戦略があって、それを銘柄のファンダメンタルズ分析に基づいて適切に運用できてもいる、仮にそんな状況だとしても、株式市場全体の具合が思わしくないとすれば、あなたの戦っている相手は(個別の銘柄ではなく)そうした不調な市場ということになる。
戦略そのものが悪いのではなく、その戦略を採用するならもっとボラティリティの高い相場、あるいはもっと値動きの鈍い相場のほうが適しているという可能性もある。
「何度かトレードを繰り返して、ことごとく損失を出しているという状況だと、もしかしたら自分の発想や戦略がイマイチだからそうなっているのかもしれません。ただ一方で、単に足元の風向きが悪いだけの可能性もあります。
私は四六時中何かに投資しておくべきという考えの信奉者ではありません。何もかも手仕舞いして、現金のままで風向きが変わるのを待っている時もあります」
想定した結果を得るのに必要な戦略の展開期間を担保するには、しっかりとしたリスクマネジメントが必須になる。ジャー氏に言わせれば、ストップロス(損切りライン)の設定やポジションサイズ(資金のうち取引に配分する金額や割合)の管理がそれに当たる。
例えば、彼女が新規株式公開直後のリビアン株で損失を出した時、唯一の救いとなったのはポジションサイジングが極めて小さかったことだという。結果として、ポートフォリオ全体としては大きなダメージに至らなかった。