2023年4月6日、首都モスクワのクレムリンで、ウクライナ・ケルソン地方のロシア支配地域のリーダーとの会談に出席したプーチン大統領。
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ロシアがウクライナに侵攻してから、すでに1年以上の歳月が経過した。
ウクライナ侵攻を批判する欧米日、特にヨーロッパとの関係が極端に悪化したことを受け、ロシアはそれまでヨーロッパに依存していたサプライチェーン(供給網)の再構築に努めてきた。しかし、そうした取り組みの成果は今のところ、限定的な模様だ。
実際に直近の自動車や化学品の生産動向を確認すると、ロシアが慢性的なモノ不足状態となる道を突き進んでいることが浮かび上がる。
ロシア最大の自動車メーカー・アフトバスの「異変」
サプライチェーンの再構築が必ずしも順調ではないことを物語る象徴的な事例として、ロシア最大の自動車会社であるアフトバス(AvtoVAZ)社の発表がある。もともとは7月24日から始まる予定だった3週間の夏季休暇を、5月29日からに前倒しすると発表した。夏季休暇を前倒しにした理由は、生産に必要な部品の不足にある。
ロシアの自動車産業は、欧米日からの経済・金融制裁の影響を最も強く受けた産業だ。
主にヨーロッパから、ロシア国内の生産に必要な部品の供給が途絶えたことを受けて、ロシアの自動車生産は2022年2月から4月の間に、7割近くの減産を余儀なくされた(図表1)。2023年2月時点でも、侵攻前の5割程度の水準にとどまっている。
(注)TRAMO-SEATS法で季節調整を施した。
(出所)ロシア連邦統計局資料より作成
アフトバス社は、欧米日からの制裁を受けて入手できなくなった200品目を超える部品に関して、その代替供給元を確保したと発表していた。にもかかわらず、ロシアの自動車生産は低調なまま推移してきた。さらにこの春に、多くのサプライヤー企業が納入を終了し、さらに2023年の契約を破棄した企業も少なからずあった模様だ。
このようにして部品不足に直面、供給制約に伴う生産調整を余儀なくされたアフトバス社だが、同社は2023年の目標生産台数を、2022年の販売台数(約19万台)の2倍以上となる40万台と掲げた。夏季休暇後も部品不足がどの程度解消しているか定かではなく、この計画を達成することは非現実的であるように考えられる。
中国製の自動車が増えていることは「モノ不足」のサイン
他方で、ロシアの市場では、中国製品が急増している模様だ。自動車に関しても、新車・中古車を問わず、中国製の自動車が市場を席巻しているようだ。
見る人によっては、「もともと、ロシアの自動車市場は中古車が中心であり、その中古車が中国から入手できるのだから、ロシアの自動車産業が低迷していても問題はない」という見方もあるが、これは的外れに思う。
ロシアにおける中国車の輸入急増は、国内での自動車生産の低迷と同時に生じている。言い換えれば、この2つの現象は、「ロシア国内で輸入品の代替生産がうまく行っていない」ことを意味している。つまりロシアでは、需要ではなく供給に問題が生じている。供給不足に基づく超過需要、これはまさしく、モノ不足につながる流れだ。
ロシアを飲み込み始めた「中国依存」
モスクワのクレムリンで行われた会談後の調印式で、中国の習近平国家主席と握手するプーチン大統領(3月21日撮影)。
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もともと、ロシアの前身国家である旧ソ連は、軍需品の生産には長けていたが、民生品の生産は不得手だった。1991年の旧ソ連崩壊以降、ロシアが克服を最優先してきた課題が、民生品の生産力を高めることであった。それから30年をかけて、ロシアは食料品など、低付加価値の製品に関しては、民生品の生産力を高めることに成功した。
他方で、自動車に代表される高付加価値の製品に関しては、部品や中間財の国産化が進まなかった。そのため、国内で高付加価値の製品を生産するにしても、部品や中間財を海外、特にヨーロッパから輸入せざるを得ず、国産化からは程遠い状況だった。ロシア自身、この状況に危機感を覚えて、国産化を後押ししてきたが、成果は出なかった。
ロシアと中国は、今のところ友好関係にある。しかし中国製品に対する依存度が高まることは、ロシアの経済的な自立を考えた場合、必ずしも好ましいことではない。それに、ロシアと中国の関係がいつ悪化するかも分からない。ロシアが中国に接近するということは、裏を返せば、ロシアが中国への集中リスクを抱えるということと同じだ。
化学品も不足している恐れ
(注)TRAMO-SEATS法で季節調整を施した。
(出所)ロシア連邦統計局資料より作成
もう一つ注目される動きに、化学品の生産の低迷がある。ロシアの化学品生産は、ウクライナ侵攻に伴う制裁を受けて、一時10%ほど生産が落ち込んだ(図表2)。その後は多少、持ち直したが、水準は低迷している。化学品は工業原料として用いられるため、生産が十分でなければ、幅広いモノの生産が停滞することにつながる。
国内での化学品生産が悪化した一方で、ロシアは友好国から多くの化学品を輸入したようだ。例えば中国国家統計局によると、2022年の中国の対ロ輸出額は762.6億ドルと前年比12.8%増、うち化学品(「化学工業(類似の工業を含む。)の生産品」)は67億ドルと同76.9%増、全体の増加率に対する寄与度は4.3%ポイントに達した。
そもそもロシアが通関統計の公表を止めている以上、ロシアが国内で不足する化学品のどの程度を輸入でカバーできたか、数量的に確認はできない。とはいえ、国内生産の減少分の全てを輸入でカバーできたとも考えにくい。そのため、2022年の化学品の総供給量(国内生産量+輸入量)は、2021年よりも減少したと考える方が自然だろう。
反面、ロシアでは、ウクライナとの戦争の長期化で軍需品の需要が強まっている。少なくとも、2021年よりも2022年以降の方が、軍需品の生産量は増えたはずだ。したがって、民生品の生産に充てることができた化学品の量は、おのずと減少したと考えられる。そして化学品の不足は、幅広い民生品の生産の下押し圧力になったはずである。
もちろん、企業は在庫を抱えている。とはいえ手当てが遅れたままだと、在庫の取り崩しが進み、結局、在庫は空になってしまう。
もともと、ロシアにおけるモノ不足の問題は、中長期的に顕在化してくると考えられていた。しかし化学品の動向を見る限りにおいては、思いのほか早期に顕在化する可能性が高まってきたと言えそうだ。
着実に忍び寄るモノ不足の問題
ロシアの最大の武器は、原油に代表される豊富な天然資源だ。天然資源を輸出して得た外貨で、国内で不足するモノを買えば、一見すると問題がないように見える。しかし、こうした経済成長モデルは、原油価格の動向にぜい弱であるし、また他の製造業やサービス業の発展を阻むものでもある。これがいわゆる「資源の呪い」だ。
ロシアの場合、ウクライナ侵攻以降、その資源の輸出で得た外貨を、軍需品の生産や輸入に費やしている。これはまさに、国富の浪費に他ならない。戦争が長期化すればするほど、こうした性格は強まっていくことになる。仮に停戦に達したとしても、軍事費は高止まりするだろうから、国富の浪費が直ぐに改善されるとは見込みがたい。
そもそもロシアでは、欧米日による制裁でモノの輸入が制限されており、新興国からの輸入にも限りがある。一方で、国内で軍需品の生産が優先されるなら、国内に出回る民生品は徐々に減少し、ロシアはモノ不足に苛まれることになる。
いずれにせよ、自動車や化学品の生産動向を確認するに、ロシアは慢性的なモノ不足状態となる道を突き進んでいると感じざるを得ない。
(※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です)