New Innovationsの中尾渓人氏。23歳の中尾氏はCEOとCTOを兼務している。
撮影:横山耕太郎
「これまで何をやってる会社なの?とよく聞かれましたが、今年の秋以降、やっと何者かが分かる試験導入が始まります」
AIカフェロボットで知られるNew Innovations(ニューイノベーションズ)は2023年4月12日、シリーズAラウンドで54億1000万円の資金調達を発表した。
第三者割当増資の引受先となったのは、SBIインベストメント、グローバル・ブレインなど。全体の半分以上にあたる27億8000万円は、メガバンク3行(三井住友、みずほ、東京UFJ銀行)を含む金融機関からの融資、リース枠の設定等による調達だ。
一般的に信用力が低いスタートアップの場合、新株発行による第三者割当増資による調達が多いが、CEO兼CTOの中尾渓人氏(23)は「メガバンク3行からの融資は、事業の可能性が認められた結果」だと自信を見せる。
投資家だけでなく、メガバンクを引きつけるNew Innovationsとはどんな会社なのか?
高校3年生で起業
AIカフェロボットのroot C。現在は都内などに計約10台ある。量産化モデルを開発中で、2024年末までに100台の設置を目指すと言う。
撮影:横山耕太郎
New Innovationsは2018年に創業した6年目のスタートアップ。創業時、中尾氏はまだ高校3年生だった。
New InnovationsはAIカフェロボット「root C(ルートシー)」の開発で、注目のスタートアップとして知られるようになった。
AIカフェロボットは、専用アプリで好みの味や香りなどの7つの質問に答えると、AIがオススメの豆やメニューを提案してくれ、指定された時間に淹れたてのコーヒーを作ってくれるロボット。
AIカフェロボットは大阪や都内の駅などに設置され、コロナによる「非接触」ニーズが追い風となり一躍注目を集めた。
ただ、New Innovationsが「事業成長の本丸」と語るのは、このAIカフェロボットではない。
それは2023年秋から導入試験を始めるという「飲食業界向けの自動調理ロボット」などのOMO(Online Merges with Offline=オフラインとオンラインを統合すること)事業だ。
「外資系・飲食チェーン」とプロジェクト続々
OMO事業として飲食店のキッチン作業の自動化プロジェクトを進めている(画像はイメージ)。
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「現在進めているプロジェクトの取引は、小さいもので十数億円、大きいもので70億円〜80億円の売り上げです。事業成長の期待値が大きいプロジェクトにどんどん取り組んでいく」
New Innovationsはこれまでも、OMO事業として外資系ブランドと共同し、ECサイトで注文した商品を非接触で受け取れるショーケースを開発した実績がある。
ただ、現在進めている7つのプロジェクトは顧客の多くが「外資系の飲食チェーン店」だ。
プロジェクトの詳細については非公開だが、主にキッチンでの調理過程を自動化するロボットを共同開発しているという。
「飲食チェーン店のOMO事業のイメージは、例えば飲食店でモバイルオーダーが入ったときに、オーダーとドリンクの機械を連動させることで、そのままドリンクを作ること。
飲食店スタッフの労力を減らすことができ、空いた人手で接客サービスを充実させられます」
今年の秋からは、関東のチェーン店の店舗で実証実験が始まる予定だが、驚くべきはその規模の大きさだ。
「グローバルにおける各店舗のキッチン(厨房)に導入する、自動調理ロボットを開発するプロジェクト。交渉相手は日本法人のトップだけでなく、アジア担当やグローバル本社の役員です。
先行する3つのプロジェクトでは、量産予定のロボの台数を合計すると国内外で10万台になります」
「国内の事業者に比べた場合、外資系の事業者はより労働環境の整備や、作業の効率化に対して投資することへの関心が高いと感じています」
「実証データ」と「量産化」で差別化
中尾氏は「OMO事業の競合企業は少ない」と断言する。
撮影:横山耕太郎
「飲食店の自動化ロボ」といえば、国内外に多くの競合企業がいそうだ。
実際、作業を自動化するロボットを開発するメーカーは少なくない。
しかし意外にも「僕が知っている限り、他社と価格で比べられるような、相見積もりをされたことはない」(中尾氏)という。
「自動化ロボのメーカーは『このロボを使えば生産性が120%上がります』という方向で売っています。一方で僕たちのスタンスは『ビジネスモデルの変革や事業成長にどんな利益をもたらすのか』ということを、ケースごとに実証データを使って示します。
既成の自動化ロボを入れるよりは価格は高くなりますが、ソフトとハードの両面から、包括的に解決策を提示することができることが強みです」
また、いくつかのスタートアップは競合になると認めるが「量産化を目指す点で差別化できている」と強調する。
New Innovationsの特徴は、自前の生産拠点を持つこと。これまでは栃木県佐野市に試作のための工場を持っていたが、2023年4月に、江東区にあるオフィスと同じビルの1階に生産、試作、評価のための工場機能を移転した。
「自社ラインを持つことで、他の工場に生産を委託する際にも、組み立ての工程や納期、金額が妥当かを判断できます。開発の段階から、徹底して量産することを考えているのが他社との違いと言えると思います」
OMO開発はスピードが命
オフィスと同じビルに移転した開発拠点では、ロボットの施策や評価などを自社で行なっている。
提供:New Innovations
開発に成功すれば、会社にとっては大きな利益につながるOMO事業だが、大掛かりな開発プロジェクトには、失敗のリスクもある。
New Innovationsは大型プロジェクトを続々と受注しているものの、プロジェクトの成否は顧客の要望、ひいてはマーケットからのニーズに的確に応えられるかどうか、その開発力にかかっているとも言える。
そのために必要になるのが、「やり散らかす部隊」だと中尾氏は言う。
「顧客との商談がまとまる前から、とにかくまずはやってみるのがこの部隊です。顧客から信頼されるには、とにかく開発のスピードが命。
例えば『オムライスを自動で作るロボ』を考えていた時がありましたが、開発中は床の上に食材が飛び散らかっていました(笑)。それくらいやり散らかす姿勢が必要です」
New Innovationsのメンバーは約60人だが、このOMO事業のロボ開発を担う「やり散らかす部隊」は約15人。今後はこの部隊を「全体の半分程度にまで増やしたい」という。
人材獲得「ロボット競技者」狙い
New Innovationsは「ロボカップジュニア・ジャパン オープン」にスポンサー企業として協賛している。写真は名古屋臨海高速鉄道で掲示した広告。
提供:New Innovations
優秀なロボット開発者をどこから採用するのか?
中尾氏が目をつけたのが「若きロボット競技者」だ。
ロボット競技といえば、全国の高専が参加するロボコンが有名だが、もともと中尾氏は小学生の頃から国際的な自律型ロボットの競技大会・ロボカップの選手だった。
中尾氏は中学生の頃、ロボカップジュニア世界大会に日本代表として参加した実績もあり、ロボット競技の世界では知られた人物だ。
「ロボット競技はハード・ソフト両面の技術力と、チームで課題を開発していくマネジメント力が求められる世界。課題解決のために、まずは手を動かしてやってみて突破力がある人たちで、うちの中の『やり散らかす部隊』にはぴったりなんです」
ロボット競技の大会で活躍する高専生や高校生・大学生は、その後の進路として、メーカーやビッグテックなどの有名企業に入社することが多い。ただ、大手企業の開発は細分化されている場合も多い。
「総合力が求められるスタートアップの開発現場だからこそ、能力が生かせるはずです。
ロボット競技者の中には、ぎりぎりまだ僕のことを知っている人もいる。まずはうちを知ってもらうために、たくさん選手たちに声をかけて仲間集めをしています」
世の中の当たり前「僕らが全部作る」
出典:New Innovationsのウェブサイト
創業からわずか5年で、54億円を調達したNew Innovations。
AIカフェロボットを経て、数年前から進めてきた大型プロジェクトが本格稼働している。ただ、彼らが描く野望はまだまだ大きい。
「これからの30年間を考えた時、まずこの10年は、世の中に顕在化している課題に対して、『僕らの解決能力を使ってください』という10年になる」
そして次の10年は「1歩進んで2歩下がる」という時期を迎え、いよいよ最後の10年で野望を実現するという。
「僕らのビジョンは『あらゆる業界を、無人化する』こと。最後の10年は、社会はこういうあるべきだというソリューションを作っていきたい。
30年後、『世の中の当たり前は全部僕たちが作りました』って言えればいいなと思っています」